【潜入作戦】
【潜入作戦】
「あれが地球なんだね~」
暗い宇宙の中に無数のゴーモの光が輝く中で、1つだけ目立つ惑星があった。
ユキは窓の外を見つめ、感動的にため息を吐く。
感慨深そうに言う姉の姿を見て、レイフは肩を竦めた。
「敵の本陣よりも、そっちかよ」
「だってだって、初めて見たしさ~地球」
コナツの機体の窓から見える地球――それも勿論気になるが、地球よりももっと近くの惑星に、レイフは目を奪われてしまう。
銀色の、人工的に作られた惑星。
アシスの本部だ。
これから赴く人工惑星であり、ガリーナが囚われている惑星だ。
その遠くに地球は見えている。見えているが、レイフにとってはまるで背景のように思えた。
これから行こうとしている人工惑星に、どうしても目は奪われてしまう。
レイフとユキだけが、コナツの機体の廊下にいた。コナツは着陸の準備、パパゴロドンは武器の準備をしている。
パパゴロドンの特訓から解放され、レイフはあえてユキと2人きりになった。
ユキはレイフに対し、いつもの通りに接する。
「母さんやパパゴロドンさんの話聞いたら、どうしても気になっちゃうよね~。私達は教科書くらいでしか地球を知らないけど、当時徴兵された人とかってどういう気持ちで地球を見るんだろうとか」
「ああ、それはあるな」
「やっぱ、私達ツークンフトは地球人に便利なように作られてるんだもんね。MAも、半獣も、あのシャワナとかいうツークンフトも、皆戦争に適してる。地球戦争に使おうと思って作られた人類なんだから、徴兵もするよね~」
皆、戦争に適した人類――地球人の都合の良い人類。
レイフはそんなことを言われても、何とも思わなかった。
レイフやユキ、自分達が知らないことだからだ。
地球人が生きている時に、自分達は生きていない。
「そりゃ、怨む人も出るよね~。ツークンフトだって意思あるんだしさ~」
ユキは何の気なしに、地球を見つめながら言った。彼女は地球に対して何も思わない世代として、第三者的な冷静な口調で言った。
「地球のこと知ったら、ガリちゃんが何て言うか、気になるね~。早く、助けなきゃね~」
ユキは明るく微笑んだ。彼女が笑った顔を見て、レイフの胸の罪悪感が耐えきれなくなった。
「あ、あのさ、ユキ」
「ん?」
「ご、ごめんな!さっき、励ましてくれたのに、酷いこと言った」
ユキは、目を瞬かせた。
心底不思議そうにレイフのことをしげしげと見つめる。謝罪したことは決して恥ずかしいことではないのに、自然とレイフの顔は赤くなる。
「オレ、ユキに対して、ずっと嫉妬していた。学校の教官からも比べられるし、ユキすっげぇ強いし、姉弟なのにどうしてだろうって」
羞恥心からか、慌ててレイフは言葉を紡ぐ。しかし余計に顔を赤らめることになる。
(言葉にすると、ほんっとみっともねぇな。ちっさい男だ。グチグチと悩んで)
言い繕うとすると、余計に自分の心の小ささが露呈するようで、恥を重ねている気分になった。
「レイフきゅん」
ユキは珍しく顔から笑みを消した。レイフの想定と、違っていた。謝れば、彼女は「いいよ~レイフきゅんのこと、大好きだもん!」とか言って抱き着いてくると思っていた。
「レイフきゅんは、やっぱり強いね~。すごいなぁ」
「···えっ!?」
しみじみと、ユキは言った。彼女は大きな瞳でレイフのことを見つめる。
「嫉妬って醜い感情なのに、それを人に話せるってすごいことだと思うよ~?しかも謝られるって···私には、どっちもできないかな~。人に話すことも、八つ当たりして謝ることも」
「い、いやユキならできるだろ!」
「私、そんな聖人君子じゃないもん~。私、母さんやガリちゃんに八つ当たりしてなぁなぁにしたこと何十回もあるもん。銃を教えてくれた父さんには何百回もあるかな~?」
「そ、そうなのか!?え、ガリーナちゃんに八つ当たりとかしたことあんのか!?オレ知らねぇけど!」
家族なのに、レイフも知らなかったことだ。驚いて声をあげると、ユキはからからと笑う。
「ちなみに私だって、レイフきゅんに嫉妬なんて沢山してるんだからね~?母さんや父さん、レイフきゅんに甘くない!?とか、レイフきゅんだけ特別扱いじゃん!とかね~」
「そ、そうなのか?いや、ユキの方が···」
「家族なんだから、そりゃ色々思うことはあるよ~。家族みたいにすごく近しい関係だから、嫉妬することも、怒ることも、当然。逆に、謝れないこともあるよね」
ユキはレイフの腕に抱き着いてきた。ぽすりと身体を預けてくれるユキの身体を、レイフは受け止める。彼女は自分の服をぎゅっと握りしめた。
「ありがとね~、謝ってくれて。本当、レイフきゅんは強い子」
ユキは自分の髪を撫でた。レイフの獣耳がぴんと立つ。
「優しくて、家族思いで、とっても強い子。レイフきゅんには良いところがたくさんあるよね~。でも、私が1番レイフきゅんの大好きなところはね···」
彼女はにかりと笑った。
「絶対、諦めないことだよ~。私に嫉妬しても、剣を鍛え続けて、軍学校に入った。ガリちゃんを奪われて、心がめためたになっても、こうやってアシス本部に乗り込む―――諦めない強さ」
「···ユキ」
レイフは気恥ずかしさから眉間に皺を寄せた。いつまでも抱き着いてくるユキに、レイフは改めて姉の懐の広さを確認した。
(やっぱユキはすげぇな···ユキの方が、オレよりもずっと強い)
どうして同じ姉弟なのにこうも違うのだろうかと悲しくなるほど、ユキは優しくて強い。
弟の八つ当たりなどで動揺することなく、レイフ自身を受け入れてくれるようだった。
(ユキの強さに、未だに嫉妬はする。でも、今は···)
ユキばかりどうして強いのだと嫉妬する感情は帳消しにはならない。
けれど、憧れる気持ちがあるのも確かだ。
「···絶対、ガリーナちゃん取り返そうな」
「もっちろん~!あとアシスの軍人達にガツンッと反撃してやろうね~!」
「おうよ!」
レイフとユキはお互いの手をパンッと叩き、窓の外を見る。人工惑星であるアシス本部には、もう入ろうとしているところだった。
『着陸準備するわよぉ!あんた達も準備しなさいよぉ!』
ゴーモの機体から、コナツの音声が響き渡る。2人は母の声に反応し、素早くリビングルームに移動した。
(ついに、アシス本部に殴り込みか――ガリーナちゃん、無事でいてくれ)
どうか惑星ニューカルーのような扱いを受けていないと良い。早く助け出したい焦りの気持ちを抑え、レイフは意気込む。
リビングルームには、すでにパパゴロドンがいた。
彼の姿は、先ほどの姿と異なっていた。顔を隠すように大きな帽子を被り、作業着のような服を着ている。
「おう、来たんだなー。じゃ、お前らも服を着替える感じだぞー?」
「は~い!」
パパゴロドンの言葉に、ユキは明るく返事をした。レイフも大きく首肯する。
『着陸予定の人工惑星、アシス本部から通信が入ったわよ。繋ぐわよぉ?』
アシス本部からの通信――当然、ゴーモが着陸しようとしているのだから通信は入るだろう。
今回は惑星ニューカルーの時のように不法に入国する訳ではない。
「···繋げてくれ、母さん」
レイフ達は、”正規の手段”でアシス本部に入ろうとしているのだから。
『バーンの私設軍、アシスです。そちらはアシスのゴーモではないですね。所属と、アシスに入庫する要件をご説明下さい』
機械的な女性の声だ。人工惑星アシス本部のシステムか何かの自動音声なのだろう。コナツの情報では「イングリッドシステム」という管理システムがあると聞いたが、そのシステムの声なのだろうか。
「当機は···」
レイフは深呼吸をし、緊張しながらも、言い放った。
「宅配業者トプリンです!私設軍アシスにお届け物があってまいりましたー!」
外から見えるコナツの外観に、アルファベットでコナツとはもう書かれていない。
安心・安全・速攻!というキャッチフレーズと『宅配トプリン』という現代語が、コナツの機体の壁面には記されていた。