【セプティミアの語る真実】
【セプティミアの語る真実】
ガリーナは部屋に入り、周囲を見渡した。
(ここは···?)
粒子によって具現化された机や、書籍のデータが本棚に並べられ、1人の人型のツークンフトが使うには大きすぎる寝具が構成されている。
「イングリッド、部屋を施錠。誰の入室も許さないで」
『かしこまりました、セプティミア様』
ティアが誰ともなく告げると、部屋の中に女性の声が響き渡る。機械的な女性の声は、このアシス本部を制御するシステムの声なのだろう。
「さて」
ティアはむふふと笑みを浮かべ、部屋の中央に構成された机の上に座った。自分を見つめ、満足気にしている。
「ガリーナは、どこまでママの話を知っているの?シオン・ベルガーはすべてをお前に教えて、お前を育てたのかしら?」
「マ、ママ···?」
「そう。アクマのリーシャ」
ガリーナは目を点にさせるしかない。
何故ティアは、ガリーナと英雄シオン・ベルガーが接触していると思うのか。
そんな英雄、会ったこともあるわけが無い。
「もしかして、ティアがお前の姉ということも知らないの?」
「···姉!?」
ガリーナには、目の前の人物が姉だと言われても、信じることはできなかった。テゾーロは、雲の上の存在だ。
それに、アクマの子だと生物学的に証明された自分にとっては、どういうことなのかまるでわからない。
ティアは苦笑しているが、何だかそれは自分が何も知らないことを馬鹿にされているようにも思えた。
「···セプティミア様、私は父からも母からも自分の出生について聞いていません。本当の母を殺したシオン・ベルガーとも面識はありません」
「何も?本当に、何も知らずに育ったの?」
「えぇ。なので今回の指名手配された件も、身に覚えがまるでありません。父は本当にアクマ信仰なのでしょうか?少なくとも私は、宇宙連合に宣戦布告などしてはいません」
何故自分があらぬ罪で、アシスに捕獲されたのか。
目の前の人物は、全てを知っているはずだ。
ならば直接対決しようと思った。
「指名手配したのは、ティアがお前を欲しかったから。罪状は適当。ただそれだけのことよ」
傲慢にティアは言い放つ。本人に傲慢という自覚は、皆無である。ただ当然のように、自分が欲しがっただけだーーそれだけでガリーナにあらぬ罪を着させる価値があると言うようだった。
「そもそも、お前がシオン・ベルガーに育てられたこと自体が間違いだわ。お前はティアと一緒に引き取られるべきだったのに、シオン・ベルガーがお前を誘拐してしまったんだもの」
「···先程も申し上げましたが、私はシオン・ベルガーとは面識は···」
「お前の養父、イリス・ノルシュトレームが、シオン・ベルガーなのよ」
ガリーナは愕然とした。
アクマを殺したシオン・ベルガーと、イリスが、同一人物?
「父は、名前を変えていたと?」
ガリーナは確かめるように言うと、ティアは当然のように頷く。彼女が嘘をついているように見えなかったが、確かに父イリスが英雄シオンだったならば、クォデネンツを所有していたことやアクマの子であるガリーナを手に入れられた理由も、わかる。
(お母さんも名前を変えていた。なら、お父さんも名前を変えていてもおかしくない)
父がシオン・ベルガーであるという隠した本当の理由まではわからないが、ありえない話ではなかった。
「でも、おかしいです。セプティミア様と私が姉妹?私の本当の父親は、今の事務総長ということですか?それに、それではセプティミア様も···アクマの子だということになります」
ガリーナは言いにくそうに言った。
姉であると言われても、目の前の人物はテゾーロだ。そんな人物に、アクマの子なんですか?と訊くのは不敬である。
「本当に、何も知らないのねぇ。可哀想なくらいに」
ティアはため息混じりに言った。深々としたため息に、ガリーナはかちんとする。また、馬鹿にされているように思えた。
「良いわ。1からティアが教えてあげる。ママのこと、それにお前の本当の父親についてもね」
ティアの傲慢さに、既にガリーナは辟易していた。彼女はガリーナよりも情報を知っていることを驕っている。
ティアは自らのラルを操作した。彼女の指輪型のラルは、高級そうな青色の宝石がはめ込まれていた。自分やレイフが持っていたラルとは違い、値段の違いを見た目から感じ取れた。
彼女のラルからは、映像が浮かび上がる。粒子によって構成された映像は、1人の女性の姿を映し出した。
「この人は···」
ガリーナは目を大きく見開き、映像の中の彼女を凝視する。
彼女の鮮血の髪色が、一体彼女が何者なのかを現していた。
この宇宙において、鮮血のごとき深紅の髪色の女性は、たった1人だけだからだ。
「あたし達のママの、リーシャよ」
母の顔というものを、ガリーナは初めて見た。
悪名高いアクマの写真は、一般に公開されていない。その美しさが惑星の権力者達の思考を惑わしたとされているからだ。
確かに、彼女には絶対の美貌があった。絶世の美女という言葉は、きっと彼女のために作られたのだろうと他者に思わせる。彼女自身も自分の美貌を自覚し、蠱惑的な笑みを赤い唇に湛えていた。
ガリーナは自らも顔が端正であると自負していたが、自分は母の美貌をほんの欠片しか受け継げなかったのだと、少し落胆する。
「ママはね、アシスで育ったの。アクマはテゾーロの保護下で育てられるって決まりがあるのよ。戦闘に適した種族だからね。アシスは男女がコンビになって仕事をするわ。ママが組んだのは、シオン・ベルガーという狼の半獣だったの」
アシスに在籍しているフィトやシャワナも、コンビだと言っていた。軍に詳しくないガリーナでも、コンビ制というのは他の軍にない仕組みだとはわかる。
「ママはアクマながら、アシスでナンバーワンになって働いてたみたい。そんなママを見初めたのが、ティアのパパのルイス・バーンなのよ」
何故かティアは誇らしげだった。誇らしげにガリーナを見て、何故か自分を見下す――ようにガリーナには見えた。
「パパはママを愛して、ティアは産まれてきたわ。ママは美人だから色んな男が言い寄ってたみたいだけど、ママだってパパを愛してた。でもね、ママは悪い男に出会ってしまった」
「···悪い男?」
「そう!名前を聞いたことがない?ミヤ・クロニクル博士」
「···聞いたことがあるも何も···テゾーロで、科学者で、政治家の」
科学者として、ガリーナが憧れている人物だ。
「それが、お前の父親の名前よ」
「······えっ」
「アクマのママを、悪い方向にそそのかした男よ」
ティアは嫌悪するように言った。ガリーナの、半分の血を恨むように。
(父親?私が、アクマと科学者の娘?···でも、ミヤ・クロニクルはアクマに殺されたはず···)
ガリーナの疑念など気にせず、ティアは続ける。
「ミヤ・クロニクル博士は、パパと政治的に対立していたわ。だからママをそそのかして、赤ん坊だったティアを利用して、宇宙の支配権を握ろうとした。ママに王権代理者を名乗らせて、表舞台にはママを立たせたの」
「そんな···歴史上のアクマの行いを、ミヤ・クロニクル博士が企てたことだと言いたいんですか?」
ティアは重々しく頷く。ガリーナには、受け止めきれない。
(でも、セプティミア様の言う通りで···歴史的事実として、誰が宇宙連合の事務総長になるかをミヤ・クロニクルと、ルイス・バーンが競っていた事実はある)
ガリーナは以前歴史書で覚えたことを思い出す。
結局宇宙連合の事務総長になったのはルイス・バーンだった。ルイスの方が民衆に人気があったからだ。ミヤの場合は科学者として、政治家としても名を馳せていても、民衆からの支持については、ルイスには勝てなかった。
「パパはママを愛してた。だからずっと他の男からも守ってきたのに、ミヤ・クロニクルは違ったみたい。ママの美しさも利用して、宇宙の支配権を握っていった。ママも···完全にミヤ・クロニクルに騙されていて、言いなりになってたみたいね」
「···騙されて」
自分の父親に騙されて、自分の母親が悪者になってしまったなど、どう信じられるだろうか。目の前の映像の女性が、自分の母親だと受け入れるのですら難しいのに。
「パパはシオン・ベルガーに、ママを連れ戻すように命じていたみたい。だけどママは、何を言っても無駄だった。シオン・ベルガーは、ママを殺すしか反逆軍を止める方法はなかったみたいで、結局ママを殺してしまった。パパはすごい怒って、シオン・ベルガーをアシスから追い出した――そうしたら、シオン・ベルガーはティアとガリーナを誘拐した」
決して穏やかではない話で、ガリーナは眉を顰める。
「シオン・ベルガーはティアとガリーナを、自分が育てると言ったみたい。パパは当然ティアを取り戻すためにアシスを派遣して、ティアを取り戻そうとした。その時、シオン・ベルガーとアシスは不可侵条約を結んだのよ。ティアを返すから、ガリーナを育てたいって。ガリーナはミヤ・クロニクルの娘でもあるから、パパはティアだけを取り戻すために苦渋の決断をしたみたい。お前も取り返したかったみたいだけれどね」
父イリス――ではなく、シオンは2人の姉妹を連れて、アシスを出たというのか。
それが、サクラが言っていた不可侵条約か。
「どうして、お父さん···シオンは、私とセプティミア様を、育てたいと?」
「惚れてたからじゃない?ママに」
ハッと吐き捨てるようにしてティアは言ったが、すぐに肩を竦めた。
「実際には、わからないわ。ティアは誘拐についての話を、今のアシス総長に聞いたの。ママとシオン・ベルガーはすごい親しかったんだって。俺が育てる!と言って聞かなかったって」
「···お父さんなら、言いそうです」
アクマとシオンがどういう関係だったのかはわからない。
しかし、ティアの話でわからない部分だってある。
ティアの話は、歴史上の事実として要所は抑えてある。
「セプティミア様···私の父を殺したのは誰ですか?」
「ミヤ?知らないわ。シオン・ベルガーじゃないの?」
ティアはそれについては興味がなさそうだった。彼女にとってみれば、この話についての主役は、アクマと、自分の父親なのだろう。
だが、ガリーナからしたら違う。
「シオン・ベルガーには、父を殺す理由があったというのですか?」
「な、何よ、お前」
ガリーナは、ティアを見据えた。
自分の父親がミヤであったかどうかを信じるよりも、何故ミヤが殺されたかが気になった。尊敬していた科学者が父であるということも理由の1つだが、ティアの話が腑に落ちないのだ。
「あるでしょう?仲間がたぶらかされたのよ?」
「そうでしょうか。そうは一概には言えないでしょう。セプティミア様が事実をご存じないのでしたら、多面的に物事を見るべきです。例えば、歴史上はアクマがミヤ・クロニクル博士を殺したとされています。シオン・ベルガーが父を殺したのにも関わらず、母が父を殺したと言われているのは何故でしょう?父が悪者であったなら、父が亡き後、母の悪行に話をすり替える必要性すらないのではないでしょうか」
ガリーナはいつもの調子で、淡々と語り始める。歴史学は専門ではないが、物事を論理的に考える行為はどの学問でも同じだ。
「何?じゃあティア達のママが悪者だって言うの?」
「そうは言っていません。セプティミア様のお話しは、大変参考になりました。けれど、穴があるのは事実です」
「穴?」
「えぇ、だって私の父が本当は誰に殺されたのか、シオン・ベルガーが何故私だけを育てようと思ったのか、わかりません。歴史的事実は別として、私の育ての父親だったら、セプティミア様だけを手放すようなことはしないと思います。セプティミア様を自分の手で育てようとしたはずです」
父ならば、なにか特別な理由がない限り、絶対にセプティミアを手放さない。ガリーナは、そう固く信じていた。
「失礼ですが、まだセプティミア様がご存じない事実があるのではないでしょうか?」
ティアの話は一見正しくも思える。
だが――微妙に歴史的事実と、ティアの話がかみ合っていないことがガリーナにとって気がかりだった。
「不愉快なほど父親に似ているのね、お前」
ティアは不愉快そうにガリーナを睨み、ガリーナの顎をつかんだ。強引な手つきに、ティアへの嫌悪感が募る。
「顔はママに似ているから、手に入れたのに」
「···先ほども顔がどうのと仰っていましたね。そんなに似てはいないと思いますが···」
似てはいないと思える。ちらりともう一度リーシャの映像を見るが、彼女の美しさの片鱗しか受け継げていない。
「お前は、ママに似ているわ。ティアよりね」
高慢なティアの口調が、突如として弱々しくなる。
彼女自身の発言に、自信がないように。今まで高慢だった分、覇気のない発言である。
映像のリーシャと見比べると、ティアは似ていない。きっと父親の方に似ているのだろう。
決して彼女が醜い訳ではないのだが、ティアは母親に似ていないことをコンプレックスに感じているようだった。
「だからお前を、手に入れたのよ」
「···どういうことですか、それは」
自分を指名手配にした理由。
アクマ信仰など、ティアがガリーナを捕獲するためのでっちあげでしかない。シオンとは不可侵条約を締結したというし、不可侵条約を破ってまで、ガリーナを手に入れた理由は何なのか。
「お前を、パパに献上するわ」
「パパって···事務総長に、ですか···!?」
ティアの父親、つまりは宇宙連合のトップであるルイス・バーンである。
何故自分を彼に――?シオン・ベルガーとのやり取りで、自らの血を継ぐ娘を優先して手に入れたのではないのか?
「パパはね、深く深くママを愛してる。今でも、パパはママしか愛していないのよ」
ティアの口調には寂寥感も含まれているように思えた。物寂し気な彼女の瞳は、ほのかに揺らめく。
(ルイス・バーンの統治は、民衆からの支持が厚い。政治的には何も問題がない事務総長のはずだけれど···)
政治上の統治でしか、ルイス・バーンという人をガリーナは知らない。
そんな彼に、自分を献上する――?
「ティアにもね、あまり興味がないの。···ティアは、ママに似ていないからね。他のことに関してもそう。ママとの思い出しか興味がない。本当に、何にも興味がないのよ」
彼女は父親のことを話す時、自然と目が潤んでいた。ガリーナは深い疑念を持つ。
「···でもセプティミア様の話では、私は最愛の人を奪った男の娘ですよね?だからシオン・ベルガーが誘拐した時も、私じゃなくセプティミア様を取り戻して···」
「シオン・ベルガーがティアを誘拐した時、パパはティアの外見を知らなかったらしいわ。それに、お前がムットゥル賞を受賞した時、パパは言ったらしいの」
ティアは、言った。
「リーシャに似てるって、パパはお前を見て言ったらしいの」
ムットゥル賞を受賞した時、ガリーナの顔は世間に知れ渡った。もし受賞していなかったら、今回のような事件に巻き込まれなかったのではなかろうか。
「あのパパが、お前のムットゥル賞受賞の映像をじっと観ていたらしいの。今までそんな反応したこと、一度もなかった。ママが死んでから、今まで一度も···!」
ティアの顔は嬉しそうだった。ガリーナの顔をまじまじと見て、何かを期待している。
(この子は、事務総長のことが好きなんだ)
ガリーナには、すぐにわかった。
ティアは父親のことが好きで、父親に少しでも何かに興味を持ってもらいたくて、ガリーナを捕えたのだ。自分の外見では父親の興味を引けないのがわかっていて、寂しくてもその感情を押し殺し、ガリーナに期待を寄せている。
(例え、自分の恋人を奪った男の娘であろうと、喜ぶものなの···?)
今まで恋愛をしてこなかったガリーナには、全くわからないが―――。
(私は、そのために連れてこられたの?指名手配されて、ムットゥル賞も取り消しになって···)
連れてこられた本当の理由を聞き、ガリーナは絶望する。
彼女の父親に献上されるがために、自分はすべてを壊されたのか。
「お母さんまで、壊されて···」
つい、声が漏れ出てしまった。
母のサクラが壊された理由が、宇宙連合の事務総長に献上されるがためだなんて、受け入れられるはずがない。
「パパはこれからアシスに来るわ。きっと喜んでくれるはずよ!ママに似ているお前を見たら!」
「セプティミア様···私は···!」
ガリーナは言葉を選び、どうやってティアに話をするべきか悩む。姉妹であると言われても、彼女はテゾーロである。不敬な発言をする訳にはいかないとガリーナの理性が言葉をせき止め、当惑させる。
「私は、そんなことのために···っ!」
『セプティミア様』
先ほどティアが呼んだ、イングリッドシステムの声が部屋に響き渡る。ティアは眉を顰めた。
『バルメイド総長からご連絡です』
「バルメイドぉ?無視よ、無視!」
『緊急でのご連絡ということです、セプティミア様』
「···あー、もう!」
ティアはうざったそうに声をあげると、机の上から飛び降りた。
「この部屋で待ってなさいよ!少し話をしてくるわ!」
大きな声を張り上げてティアが怒鳴ると、慌ただしそうに部屋から出て行ってしまった。ガリーナは呆然としたまま、ティアが出て行った扉を見つめる。
「私は···」
ガリーナは思うように言葉を紡げず、ただ1人、リーシャの部屋に残された。