【コナツが教える真実】
【コナツが教える真実】
「シオン・ベルガーが、私達のお父さん···?」
ユキは驚愕し、コナツをじっと見つめた。
コナツの機体の中のリビングルームに、レイフやユキ、パパゴロドンは集まっていた。
驚くのも無理はないだろう。レイフだって先ほどコナツに聞かされて、まだ信じられずにいるからだ。しかし、パパゴロドンは無表情のまま何も言わなかった。
シオン・ベルガーは、アクマを殺したとされる英雄だ。
「ええ、これが証拠。シオン・ベルガーの写真よ」
コナツは指先を振るい、映像をその場に表示させた。青色の粒子が構成され、2人の人物の映像が表示される。
狼耳の男性と、鮮血色の髪をした女性が隣同士で映っている。
男性の方は若いけれど、確かに父イリスの顔だった。狼の獰猛さを秘めた荒っぽい男は、間違いがない。
「お父さんと···アクマ···」
ユキはごくりと息を呑んだ。
鮮血の如き赤い髪が示すのは、この宇宙で唯一地球人が手を加えていない種族――アクマだ。
「ガリーナちゃんの、母親···」
レイフも食い入るように彼女の顔を見つめてしまう。
若い父親の姿よりも、ついつい異性として彼女の姿に目を奪われる。彼女の暴力的な美貌を前に、レイフほど若い男は抗いようがない。母親が蠱惑的で妖艶な美しさを感じさせる一方で、ガリーナは知的で冷たい印象だ。
「パパゴロドンさんは、お父さんがシオンだって知ってたの?」
「あいつは会うたびに名前を変えてる感じなんだよなー、その中の1つがシオン・ベルガーだったっていうだけだなー」
やはり、パパゴロドンは知っていたのだ。
「でも、あいつがアクマと知り合いだったとは流石に知らなかったなー。どういうことだー?」
「···アクマと呼ばれる彼女と、シオンは、アシスでコンビを組んで仕事をしていたの。彼女は、幼い頃からアシスで育てられた。アクマは、テゾーロの保護下で育てられるという宇宙連合の決まりがあるからね」
コナツは真顔で説明する。語り口に何の感情も挟まないように努めているように見えた。
「コンビを組んでいる女がいるって聞いたけど、それがアクマ···」
パパゴロドンも、さすがに衝撃をうけているようだった。
先ほどレイフは、パパゴロドンの口から父イリスがガリーナの母親に惚れているようだったと聞いた。その人物こそが、アクマだというのは――レイフも閉口する。
「でもどうして、コンビを組んでる2人が···?」
最後に殺しあう運命になってしまったのか。
「あたしには途中までしか記憶がないけれど、わかることを話すわ。少なくとも2人はすごく仲が良かったわぁ。あの2人が結ばれてくれたらどんなに良いかって思うほどにねぇ」
コナツは叶わなかった本当の望みを話すようにして言った。
レイフとユキは目を合わせる。何故なら、父イリスがもしアクマの彼女と結ばれていたら、自分達は存在しないのだ。
結果として父イリスが結ばれたのはコナツだったのに。
「でも、2人が結ばれることはなかった。だって彼女は、ずっと監禁同然の暮らしを強いられてたんだもの」
「か、監禁?アクマが?」
ユキは聞いたことがない単語に、ギョッとする。
アクマが監禁されていただなんて、歴史上習ったこととは全く違う。
「1人のテゾーロに···ルイス・バーンという男に、異常なほど執着されていたのよ。あの美しさだもの。仕事をしていない時はあいつの相手をさせられていたわぁ。シオンは何度も彼女を救い出そうとしたけど、テゾーロに逆らえる訳もなくてね」
「ルイス・バーンって、今の宇宙連合の事務総長のことだよなぁ?」
ルイスという単語をコナツの口から聞き、どこかで聞いたことがある名前だと思ったが、パパゴロドンのおかげでレイフは理解できた。
そうだ、ガリーナからも名前を聞いたことがある。
「彼女は子供を孕んだわ。その子には、セプティミアと名付けてた」
「セプティミアって···」
ユキがぽつりとつぶやく。
レイフも見たことがある女性の名前だ――テゾーロで、あの高慢そうな女。
「ガリーナは、間違いなくアクマと呼ばれた彼女の娘よ。遺伝子検査で確かめたもの。だからセプティミアとは姉妹になるわけだけど···ガリーナは、あたしがよく知っている男の娘でもあることもわかった」
「それって、ガリちゃんが事務総長の娘ってこと···?」
「いいえ、ガリーナはあたしの開発者の娘」
「開発者?お母さんの開発者って···」
コナツの開発者の話なんて、聞いたことがない。
彼女は機械人形だったが、誰に作られたのか。
「あたしの開発者はミヤ・クロニクル。テゾーロで、かつて宇宙連合の事務総長候補と呼ばれた男よ」
レイフも、聞いたことがある名前だった。
(あれ、それって···)
聞いたことはあるが、記憶力の悪いレイフにはわからない。
「ミヤ・クロニクルって、ガリちゃんが憧れていた科学者だよね···?」
ユキが囁くように言って、初めてレイフは合点がいった。
そうだ、昔からガリーナが憧れていた科学者の名前だ。
「科学者としてだけではなく、政治家としても凄かった感じだよなー?宇宙連合の議員としても悪法改正とかもしてたしなー」
「ミヤはとても正義感にあふれた人だったし、多才な人だったわぁ。科学者としてゴーモや機械人形を開発して、私設軍アシスに寄贈していた。あたしも、その中の1つ」
コナツの開発の秘密を、初めて知った。コナツがアシスのものだというのは、ミヤという科学者が寄贈したからなのだ。
「···そこで、ミヤ博士は、アクマと···?」
「···わからないわ。リーシャは彼に惹かれていたけど、ルイスがそれを許すとは思えない。あたしには、その後がわからないのよ」
コナツは自分自身の記憶を呪うようにして言った。
記憶していないことを呪うように――。
「リーシャは、ずぅっとルイス・バーンを恨んでいた」
「それは、監禁生活を強いるから?」
「それもあるけど、決してそれだけじゃないわぁ。それだけで、宇宙を敵にはしない」
アクマは宇宙を敵にし、宇宙を支配しようとしていた。それが一般的なアクマ像である。レイフやユキはそうやって教えられた。
「ねぇ、地球って何で滅んだと思う?」
「地球?」
レイフは思わず訊き返してしまった。
(今、オレ達はアクマの話をしていたのに···)
「えっと、核の打ち合いだろう?長年戦争が続いてて、地球人の戦争で滅んだって」
レイフは歴史書で習った通り、答えた。
「そうね、そう教えているものねぇ。あんた達子供がそうやって答えるのは、至極当然のことだわぁ」
「教えている?って何?」
ユキが鋭く問う。
「昔から歴史というのは、勝者が”作る”ものよぉ。地球の歴史だって、そう。勝者が物語を作るの。アクマの彼女の話だってそうなんだから」
「···どういうことだ?」
レイフにはわからなかった。疑念ばかりが頭に浮かび、コナツが何が言いたいのかわからない。ユキやパパゴロドンも、コナツが言いたいことがわかっていないようだった。
「地球人を滅ぼしたのは、現代人であるツークンフト」
コナツはひどく静謐な声音で言い放った。
「なっ···」
誰もが口を開けたが、次の言葉が出てこなかった。
レイフやユキが学んできた歴史として、それはありえないことだったからだ。
「ありえないだろ!?そんなこと!」
コナツの言葉に疑問を投げかけたのは、レイフだった。
「だってよ、地球人は神様みたいなもんなんだろ?地球人の血をひくからテゾーロはテゾーロな訳で···」
ノホァト教という、地球人を崇める宗教だけが存在する宇宙で、地球人を滅ぼすなんてありえないことだ。
地球を滅ぼそうなんて考えること自体が、罪深い――とレイフは思う。
「正確に言うと、地球人の血を引くテゾーロ達が、地球を滅ぼすことを決定したんだけれどね」
「はぁ!?ど、どうして」
「あんた達は知らないだろうけど、地球人が栄えていた時から、ツークンフト達への搾取が酷いものだった。ねぇ、パパゴロドン?」
沈黙していたパパゴロドンに、コナツは話を振る。彼は真顔だった。
(そういや、惑星ニューカルーの人々は···)
地球戦争時代に、徴兵されていた半獣ばかりだったと言っていた。
ノホァト教が宇宙の宗教なのに、惑星ニューカルーの人々は違うのだろうかとレイフは考えてしまった。彼等が地球に対して抱えている感情は、敬虔な信徒とは思えないものだったからだ。
「まぁなー。男の半獣やMAは地球戦争に徴兵されるのが当たり前、女は慰安婦。地球人は横暴すぎて、正直俺は好きじゃない感じだったなー」
「地球人を、好きじゃない···?」
そんなことを言っても許されるのかと、レイフは疑問に思う。
(地球人はオレ達を作った神様みたいなもんで···)
だがパパゴロドンの言うように、横暴にも彼等の戦争に徴兵されていたら、ツークンフト達はどう思うのだろうか。
例えば家族を、恋人を、長年にわたって地球人たちに奪われていたら、滅びて欲しいと思って当然ではないだろうか。
「地球人からツークンフト達を守るために、テゾーロ達は地球を滅ぼした。地球を滅ぼして、自分達テゾーロの権力を強固なものにしたのよ。でも、それをアクマの彼女は良しとしなかった。あの子は、地球を好きだったから」
「地球を好きだった?アクマが?」
パパゴロドンは、鼻で笑うようにして言った。彼からしたら、地球が好きだなんて話は信じられないのだろう。
「アクマと呼ばれる彼女は、地球戦争にも幼い頃から参加してた。だから地球には何度も行き来して、知っていたのよ。地球人には、良い人もたくさんいることを。決して悪い奴だけでないことを知ってたから、地球に対しての思い入れが強かった。あたしの名前も、地球の名前だといって名付けてくれたんだもの」
コナツの話から、どれだけガリーナの母親が地球が好きなのかが伝わってくるようだった。彼女は隣で、ずっと見ていたのだろう。
地球戦争や、地球のことが好きだったアクマと呼ばれた女性のこと。
「地球を滅ぼされて、ずっと彼女はルイス・バーンを恨んでいた。ルイスは地球を滅ぼそうと強く推した議員だということも、彼女は知っていた。あたしの開発者のミヤ・クロニクルも、地球を一方的に滅ぼしたことに対しては疑問があるようだったわ」
「···それが、アクマが宇宙を支配しようとした理由だというの···?」
コナツは何も言わなかった。
――テゾーロに反旗を翻した”理由”について、どの歴史書にも載っていない。
彼女のことは、徹底的な悪人としか書かれていないのだ。
アクマがテゾーロに反逆したことには、当然”動機”があってもおかしくないはずなのに。