【コナツのマスター】
【コナツのマスター】
「あたしのマスターは、とにかく強い人だった。誰も彼女に敵う人なんていなかったわぁ。でも、自由なんてなかった。軍人として強くても、いつも誰かに虐められてたしねぇ」
レイフは、ガリーナが惑星ニューカルーの人々に石を投げられたことに怒っていた。コナツもその気持ちはわからなくなかった。コナツだって、ずっと憤っていた。
宇宙の人々の、自分のマスターに対する扱い。
「···アクマの話だよな、それ」
レイフはガリーナから聞いたのだろう。注意深く、自分に気を遣うように彼は訊いている。「アクマ」だなんて蔑みの言葉を、レイフは使いたくなかっただろう。
「···そう、アクマの話。ガリーナが今日惑星ニューカルーの人たちにうけた被害なんて、日常茶飯事だったわぁ」
レイフは口をへの字に曲げる。ガリーナがされたことを思い出したのだろう。
(そういう意味では、あたしはこの子と同じように···彼女を守れなかった自分の弱さを悔いているわね)
コナツはただのゴーモの機体でしかなく、攻撃手段など持っていない。アクマであるマスターが蔑まれ、石を投げられても、コナツは助けることなどできなかった。
どれほど、宇宙の人々を恨んだだろう。
たかだか未確認の生物だからといって蔑まれ、疎まれていたマスターに、コナツは深く同情をしていた。
(皮肉にも、自分の息子も同じことで怒っているのね)
自分のマスターと、ガリーナ。アクマという宇宙で異質な存在に認定されてしまったが故にである。
「でも、アクマなのに石投げられたりするもんなのか?強いのに···」
アクマとは、最強の種族。戦闘能力に卓越した種族であるが故に恐れられている印象が強いのだろう。
「罵詈雑言を浴びせられても、彼女は報復なんてしなかった。自分はアクマだから、されて当然のことって思っていたのよねぇ。···そういう意味では、彼女はあんたと同じで弱かったのよ」
「あ?」
レイフは一瞬目を丸め、バカにしたように笑った。
「アクマがオレみたいに弱い?それはちょっと母さん、妄言じゃないかな」
アクマを弱いだなんて言う人物は、自分以外にはいないだろう。
彼女のことを、コナツはずっと見てきた。
石を投げられても飄々とした態度を取ることや、1人きりで部屋に閉じ込められている彼女のことを、ずっと。
レイフは、そんなことは知らない。
「ねぇ、あんたが本当に欲しい強さって、軍人としての強さなのぉ?」
コナツは静かに問いかけた。
「それなら鍛えて鍛えて、鍛えまくればいつかは手が届くものだと思うわぁ。アシスの軍人達はそうやって強さを手に入れてるんだから」
コナツは戦闘能力がないなりに知っている。
アシスの軍人達はとても強い。彼らは特殊な訓練を毎日こなし、強さを手に入れている。話に聞く限り、フィトやシャワナもそうなのだろう。
かつての、リーシャとシオンがそうだったように、彼らは軍人としての強さを手に入れている。
「あんたの目的は何なのぉ?今、軍人として強くなることが必須なの?···違うでしょう?」
「え···」
先程からレイフは間違っている。コナツはその間違いを指摘したかった。
(自分の息子にこんなことを教える日がくるなんて、思わなかったけれど)
皮肉なことに、コナツは心中で失笑する。息子だからといっても、今のコナツに彼を産んだ記憶はない。だが、自分のマスターがレイフの目の前にいたのなら、必ず間違いを指摘しただろう。
"リーシャ"は、そういう人だった。
「あんたは、大好きなガリーナを取り戻すことが目的なんでしょう?じゃあ強さが目的じゃないわねぇ、強さは武器の1つに過ぎないんだから」
コナツの言葉は、かつてリーシャが言っていたことの受け売りでしかない。
(あたしが教えられるのは、こんなことくらいしかない)
「強さは武器の1つに過ぎない···」
レイフは、言葉を繰り返す。
コナツの言葉の意味を脳内で咀嚼するように呟いていた。自分の弱さに打ちのめされている彼にとって必要な言葉だと思ったから、コナツは言ったのだ。
「あんたは何が何でもガリーナを助けたいんでしょう?石を投げられた時、盾になってあげたいんでしょう?だったら、あんたは自分を卑下している暇なんてどこにもないはずよ」
残酷なほどに、時間は限られている。ガリーナを助けるためには、自分の弱さに卑屈になっている場合ではない。コナツが厳しい口調で言えば、レイフは鈍い光を瞳に灯した。
「ガリーナが大切だと思うのなら、助けなさい。どんな手を使っても、何をしてでも」
コナツが知る”2人”だったら、必ず目的を成し遂げていた。
(この子に2人と同じことを強いるのは酷なのかもしれない。けれど、ガリーナを守りたいということは―――)
”2人”がしていたことと、同じことをレイフはしなくてはならない。
自分の息子に、そんなことができるのか。
(諦めるのなら早い方が良いでしょう。あたしの息子に、あの2人と同じことを強いるのは違うものね)
コナツは諦念まじりで、レイフの姿を見つめた。
自分の息子だからといってコナツは彼に期待などしていない。長年育てた訳でもないのだ。思い入れもない。
「母さん···」
レイフは、自分のことを見つめていた。彼の黒い目は、少し目が潤んでいるようにも見える。
(え···)
正直コナツは諦められるかと思っていたので、予想外の反応だった。
「やっぱり···母さんなんだな」
「はぁ?」
「よく母さんが言ってたこと、そのまんまだよ···本当」
(あたしが、よく言っていた?)
コナツは当惑する。
自分は彼に、同じことを言っていたのか。
空白の23年間、コナツは”2人”のことを忘れていなかったのだろう。
「よく母さんは言ってた。オレやユキ、ガリーナちゃんを守るためなら、どんな手をつかってでも、何でもするって。ちょっと怖い考えだけど···て。母さんは、よく言ってた」
「それは···」
確かにコナツは怖い考えだと思っていた。
それは、リーシャがよく言っていたことだ。
『どんな手をつかってでも、何をしてでも―――私は彼を、奴らを苦しめたいんだよ』
リーシャが言っていたことを、コナツは思い出す。
怨嗟が込められた語調には、ゾッとしたのを覚えている。
怨嗟。執念。激しいほどの嫌悪感。
彼女が抱えていた心の問題。
「母さん、目的があるのなら成し遂げなさいって言ってたもんな。···そっか、オレの目的って、強くなることじゃないもんな」
コナツは自分自身が言ったことが、レイフの心に影響していることがわかった。
自分の言葉が、レイフの心にちゃんと響いている。
「オレの目的は、ガリーナちゃんを助けることだ」
レイフの黒い瞳は、きらきらとしていた。
”2人”とは全く違う瞳。
黒い瞳は、コナツとよく似た瞳をしていた。
「ガリーナちゃんが泣いてたら、オレは慰める。ガリーナちゃんが石を投げられたら、オレは盾になる。ガリーナちゃんが奪われたのなら、オレは絶対に取り返す。例え、ガリーナちゃんが1人になりたいと言っても―――オレは一緒にいたい」
レイフの笑った顔を見て、コナツはハッとした。
(一緒にいたい?)
『さよならだよ、コナツ』
かつてリーシャに言われた言葉を思い出す。
当時そう言われてしまった時、突き放されたと思った。不要だと言われ、コナツは絶望し―――彼女の後を追わなかった。
また突き放されるのが怖くて、コナツは追えなかったのだ。
(あたしは、あたし以上に強い子を育てたんだ···)
自分ができなかったことを、息子はやると言っている。
リーシャの子供の、ガリーナに対して。
「···あんたは、あたしとは違うのね」
当たり前のことではあるが、コナツは改めて再認識させられた。
自分が果たせなかったことを、未来のコナツは息子にちゃんと教えていたのだ。
「――ガリーナは、アシス本部に連れていかれているわ」
コナツは、ユキにもパパゴロドンにも告げていないことを話した。
レイフは目を丸める。
「えっ?宇宙連合じゃなくて?」
宇宙連合に連れていかれたと思っていたのだろう。ユキやパパゴロドンも、そう思っているようだった。
「ガリーナのラルがアシス本部で反応しているから、そうみたい。通信機能は制御されてるみたいだから、直接連絡は取れないけれど、アシス本部で捕えられているみたいねぇ」
「じゃあすぐにアシス本部に···」
「何の策もなく敵の本部にぃ?それは無策も良いとこだわぁ」
「ぐっ···」
そういうところ、とても”似ている”と思った。
彼の場合、無策であっても何とかしてしまうパワーがあったが。
「ひとまず、ユキやパパゴロドンにも相談しましょう。あと」
レイフだけでなく、ユキやパパゴロドンの意見を聞くべきだろうと思ったのと―――。
「話してあげる。あたしが知っていること」
コナツは微笑を浮かべ、言った。レイフはコナツを見つめる。
ここまできたら、コナツは話をすべきだろうと思った。
「あなた達の父親、シオン・ベルガーについて」