【自分の子供】
【自分の子供】
(まさかガリーナを奪われるだなんて···)
コナツは、心中で苦渋していた。
彼女を奪われることが不味いということくらい、記憶がないコナツにだってわかる。
(ジェームズとは連絡も取れなかったし···)
唯一連絡が取れる相手であるジェームズ・バルメイドとは、連絡が取れなかった。一応惑星ニューカルーに自分がいることは連絡しておいたがーーー。
(シオン···)
現代では英雄とされている男の名前を、コナツは反芻する。彼との連絡の術を、現在コナツは持ち合わせていない。
「ガリちゃんは、宇宙連合にいるんですかね?」
「多分なー、今回の件はセプティミア・バーンの命令な感じなんだろー?」
リビングルームで、2人は向かい合わせで話し合いを始めている。
コナツのリビングルームには机が椅子が粒子によって構成されており、コナツの機体に乗っている者が話し合えるような部屋になっている。コナツのかつてのマスターが望んだレイアウトだ。
「お父さんと連絡が取れたら···宇宙連合に乗り込むって感じかな〜」
「おいおいー、イリスと2人だけでも無謀だろー?私設軍アシスと、宇宙連合相手に」
「···例え無謀でも、ガリちゃんは家族だもの。絶対に助けなきゃいけません。···もしも父イリスが捕まっていたのなら、私1人でもガリちゃんを助けます」
ユキは、力強く言った。
コナツは彼女が自分の娘ながら、家族を大事にするユキを不思議に思った。
(本当にこの子はガリーナのことが大事なのねぇ)
「イリスと連絡が取れないとか、痛手だなー。さっき、アシスの奴がまだイリスは捕まえていないと言ってたけどなー」
「お父さんと連絡が取れたら···」
ユキが言ったセリフには、コナツは辟易してしまう。パパゴロドンは何も考えないのだろうか。
(”あの2人”なら、決して人を頼りにしなかったわぁ)
自分のマスターと、”彼”は強かった。きっと彼等だったら、ガリーナを連れ去ったアシスの軍人などは一蹴できただろう。
(”あの2人”は強かった。だからこそ、最後には···)
コナツは記憶がなくとも、ようやくある仮説をたてることができた。
(多分、あたしが考えられる1番最悪なことが起こった)
「コナツ、お前は···」
パパゴロドンが何かを言いかけた。彼が何を言いたいかわかり、コナツはギクリとする。
「あたし、ちょっと席を外すわねぇ」
コナツはあえてリビングルームから姿を消した。そのままスリープモードになることも考えたが、気がかりだった部屋にコナツは姿を出現させる。
レイフを残した、医務室だ。
彼は身体を動かせないまま、両手で顔を隠していた。ユキに八つ当たりしていたのを見ると、今の彼は絶望の淵に追い落とされているのだろう。
(弱い子ね。あたしの遺伝子を半分継いでいるからなのかしら)
レイフはコナツの姿に気が付いていない。1人でうずくまっている。
子供のようだと、コナツは思った。
狼の獣耳も尻尾もしょぼんと垂れており、情けない犬にも見える。
(あいつが、あんな姿を見せたことがあるかしら。···ないわね。あいつは1人で立ち直って、1人で責任を負うような奴だった)
大切な人を奪われた時、”彼”だったらどうするかなど容易に想像がつく。
(まさかこの子、ずっと落ち込んでいたい訳じゃないでしょう)
”彼”と違って、レイフは自分の息子なのに、この後どうしたいかわからない。
「ねぇ」
コナツは彼に話しかけた。彼は顔をあげる。虚ろな彼の瞳を見て、コナツは仕方なく息を吐く。
「ご飯」
「···ごはん?」
「そう、食べなさいよ」
コナツは指を振るい、レイフの前に食べ物を構成して出現させた。
機体に貯蔵していた食べ物を、同じく貯蔵していた調味料で簡単に構成してみた。
「あ···」
レイフは目を瞬かせ、目の前に構成された料理を見つめた。
「懐かしいな···」
コナツにとっては、初めての反応だった。懐かしいなどとは、コナツが作った料理を見て言った者はいない。かつてのコナツのマスターも、『随分簡素な料理だね』と言っていた。
「食べたことあるのぉ?」
「あるよ。母さんは、よくおにぎりを作ってくれたから」
自分は息子に対し、おにぎりと呼ばれる地球の料理をよく作っていたのか。
彼はおにぎりを手に持つと、三角形のおにぎりを半分に割った。中の具を見て、彼はやんわりと笑った。
「梅干しなんて、よくこのゴーモの中にあったな。母さんは惑星トナパでも簡単に手に入らなくて怒ってたのに」
コナツが起動していない間も、食糧事情は変わっていないのか。そもそも梅干しなんてもの、地球のとある小国でしか食べられていないものなのだ。広い宇宙において、それをわざわざ入手しようだなんて奇特な者はコナツくらいだろう。
「ユキも···ガリーナちゃんも、母さんの作った梅干しおにぎり、大好きだったよ」
コナツに彼らを育てた記憶はないが、20年近く育てた子供たちに自分の得意料理が好きだったと言われ、喜ばないはずはなかった。自分と同じ遺伝子を受け継いでいるであろうレイフやユキ、そしてマスターの子供であるガリーナが喜んでいると言われれば、コナツだって満更ではない。
「あんた、ガリーナのことは好きでも、姉のユキとは仲が悪いの?」
レイフの目が覚めるまで、ユキはひどく心配そうにしていた。仲が悪いはずはないと思いながらも、先ほどのレイフの様子から、コナツは訊かずにはいられなかった。
「仲は、悪くない。むしろ良いと、思うけど···」
バツが悪そうな返事だった。少し時間が経ったからか、レイフが持て余していた激しい怒りは消え失せたようだ。
「父親に、差別されて育てられた?」
「それは違う!」
レイフは大きな声で否定した。コナツが驚いて目を丸めると、レイフはすぐに「ごめん!」と謝ってきた。
「違う、父さんは差別なんかしなかった。ただユキが銃が好きで、オレは剣が好きで、父さんは銃が得意だったから必然的に···」
言葉を迷わせながら、レイフは口を動かしていた。必死にコナツに、父の無罪を説明しようとしている。
(···だからユキには銃を譲って、レイフにはクォデネンツな訳ね···)
コナツは妙に納得してしまった。ユキに銃を受け継がせて、何故レイフにクォデネンツを渡したというのか。
それは父イリスの、せめてもの誠意なのだろう。
(あいつは、剣術を教えられないものね···)
2人の姉弟の武器の好みの問題に、父イリスは悩んだに違いない。配偶者であったコナツも、思うところがあったのではなかろうか。本当ならかつてのコナツの記憶も気持ちも、今のコナツ自身も知りたい。
「ユキは才能に恵まれてるんだ。あいつは強くて、でも、オレは弱いんだよな。姉弟なのに」
コナツの周りには、強い軍人しかいなかった。かつてのマスターも、また同僚としてのジェームズ・バルメイドもそうだ。彼らは強かった。
「···軍人として強いことが、羨ましいのぉ?」
コナツはレイフに対し、首をかしげて見せた。
「そりゃあなぁ、オレも軍人な訳だし。アシスの連中の奴らとか、本当に強くて羨ましいぜ」
「へぇー、あたしはそうは思わないし、あたしのマスターもそうは言ってなかったわ」
え、とレイフは驚いた。コナツは構わず続けた。