3.口封じの術って……聖女であることを口外なんてしません!
――とうことで。
凛は、異世界に召喚されたその日に、追放されてしまった。
(なんなの? なにが、起こっているの? はぁ????)
カルヴィンは凛を追放すると言い放ち、美羽の肩を抱いて、イチャイチャしながらその場を出ていった。
凛はエイブラハムに、すぐさま詰め寄った。
「なんだか失礼なんですけど」
「申しわけございません。王太子は自分の本能に正直なものでして……」
「知らないわよ! それより、私はもう用なしなんでしょ? もとの場所に還してください」
エイブラハムが、困った顔で頭を掻き始めた。
「それは、できません。いえ、できないのです」
「召喚できたなら、戻せるでしょう?」
「戻す方法は、文献のどこにも記載されていなかったのです」
「はい?」
(……ええっ? 中途半端な知識だけで、召喚したというの?。信じられない)
「じゃあ、私は……どうなるの?」
その問いに、エイブラハムはなにも言葉を返してこなかった。
(このひとたち……ひどい……あまりにひどすぎる……)
勝手に異世界に召喚され――
聖女として選ばれず、出て行けと言われ――
あまつさえ、元の場所に戻ることもできないと――
(このひとたちのせいで、私の人生、詰んじゃった……?)
§§§
王城のエントランス前。
凛は無表情な警備兵に左右を挟まれ、エイブラハムを先導にして歩いていた。
この世界に合わないからと、制服を取り上げられた。
代わりに、この国の平均的な服と路銀、そして少しの着替えを詰めたバッグを与えられた。
民族衣装のチロリアンドレスと、かごバッグみたいで可愛いが、凛としてはそれがどうしたという気持ちである。
そして今、城下町へと追い払われるところであった。
(ふざけている。勝手すぎるよ)
城門の前でエイブラハムが立ち止まった。
振り向くと、今日何回目かわからないほど聞かされたことを、最終通告のように言われてしまう。
「申し訳ないが、聖女がふたりいては混乱を招く。あなたには早々にここから立ち去っていただきたい」
「……」
返事もしたくない凛は、エイブラハムをキッと睨みつけるだけにした。
すまなさそうに目線を逸らすが、ほんとうにすまないとは思っていないだろう。
(根性で生き延びるしかないのね……どうなるの? 私)
(お父さん……お母さん……もう一度会える日まで頑張って生きてみるよ)
ふっと視線を感じて振り向くと、王城の主塔から人影が見えた。
窓から顔を出しているのは、凛と一緒に召喚された美羽という女の子だ。
その隣で、彼女の肩を抱きしめ、どうでもいいという表情で宙を見ているのはカルヴァンである。
(あの王太子~~~あいかわらず憎たらしい)
凛の目から見て、美羽は必死そうに見えた。
凛のことを心配するような、なにか問いたげな目を向けてくる。
(心配してくれているのかな?)
凛は彼女に向かって、心の中で呟いた。
(私のことは大丈夫。なんとしても生き延びるから)
(そっちも聖女として、期待を一身に受けると思うけど……頑張ってね)
彼女に、凜の気持ちがどこまで届いたかわからない。
しかし異世界に突然召喚されたという不遇仲間だ。ある種の連帯感があるのは確かである。
「じゃ、私は行きます。二度と会わないでしょうが、お元気で」
そう言い残し、凛が城門から出ようとしたとき。
エイブラハムが声をかけて、引き留めてきた。
(非道なひとたちだけど、別れの挨拶くらいするのかな?)
……と思ったら。
エイブラハムが人差し指を凛の額に当ててきた。
「えっ……?!」
パチンッと音を立てて、凛の額に静電気が走る。
「なに? 今の……」
凛からは見えないが、額に謎の紋章が浮き上がった。
すぐに消えて見えなくなるが、パチパチと静電気だけ残っている。
両手を額にあてて、なにごとが起ったのかとエイブラハムを見返す。
彼は、なに食わぬ顔を向けてきた。
「あなたが異世界召喚舎であることと、聖女の可能性があることを口外しないよう口封じの術をかけさせていただきました」
「口封じ? 術? え? なにをしたっていうの?」
「あなたがこの件に関して口を閉ざしていれば、なんら問題ありません。ただし――」
エイブラハムの目が細くなり、不穏な表情を浮かべる。
「ひと言でも異世界召喚された聖女であることを漏らした場合、命の保証はできかねます」
「っ……な、なにを……」
凛は誰にも言う気などない。
知り合いだっていないし、これからの運命がどうなるかだってわからない。
そもそも異世界召喚が珍しいできごとなら、誰も信じてくれないだろう。
それなのに、凛の同意も許可もなく、妙な術をかけるなんてあんまりではないか。
……と文句を言おうとしたら、鼻先でガシャンッと鉄製の城門が閉じられてしまった。
エイブラハムも衛兵も、さっさと背を向け去って行く。
「信じられない……なんだっていうの。このひとたち……」
(美羽さんが、こんな連中の中で、ひどい目に合いませんように……)
それだけを願って、凛は王城に背を向けた。
§§§
とぼとぼと王城から去って行く凛を遠目に眺め、美羽は肩を震わせていた。
美羽の異変を察知し、カルヴァンがそっと抱きしめる。
「大丈夫か? ミウ」
「ええ……彼女のことが心配で……」
「そなたは優しいな。聖女にふさわしい慈愛に満ちた女性だ」
美羽は、カルヴァンの胸にそっと身を寄せると、姿の見えなくなった凛に向かって小さく呟く。
「ヒロインは、ひとりでじゅうぶんなの」
美羽は笑いを堪えるのでせいいっぱいだ。
「この世界の王妃として君臨するのは、わたしよ」
美羽の目が怪しく光る。
「カルヴァン。あなたが国王となる日が、待ち遠しいわ……」