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2.ちょっ……召喚早々、追放されたんですがっ!?

 聖女――?

 ぽかんとする凛を置いて、エイブラハムは説明を続けた。

「邪神族について、少々お話をいたしましょう」

 彼の話は壮大ではあったが、荒唐無稽とも思えた。



 邪神族とは――
 どこからきたのか、どこから発生したのは、さっぱり起源のわからない種族である。

 わかっているのは、彼らは世界を破滅へと導こうとする強い意志を持っているとうことだけ。

 その性格は邪知深く、そして狡猾。
 争いごとが大好きで、人間が破滅していくのを見るのが大好きだという。

「文字どおり邪悪な心を持っている種族なのです。そのうえ人間の姿を取れるので、容易に探し出せません。お手上げなのです」

 エイブラハムが、ふーっと息を吐くと、同じような格好をしたひとたちも彼の背後で息を吐いた。

「なんとか対策を講じようと、さまざまな文献や書物を読みあさりました」

「そして、ようやく打開策を見つけたのです」

 ここまで聞いて、やっと異常事態なのだと凛は悟った。

(まさか……ほんとうに、ここは異世界――?)

「邪神族を滅ぼせる能力を持つ聖女を、異世界から――」

「それって、私になにか関係あるの? ないですよね?」

 先ほどまで、ブルブルと震えていた女の子が、突然こう言い放った。
 茶色に染めた髪を、指先でクルクル回しながら、エイブラハムをねめつける。

「説明聞いても、さっぱりわからないんですけど? どうでもいいんで、そろそろ帰らせてもらってもいですか?」

 先ほどまでと、うって変わって横柄な態度の女の子に凜も唖然としてしまう。

(えー……さっきは、めっちゃびびてったのに)

 話の腰を折られたエイブラハムが、困った顔で髪をカリカリと掻く。

「関係あるのです。私の話を聞いてください」

「じゃ、巻きでよろしく。あと、もうちょっと要点まとめてくんないかな?」

(つ、つよー……私、こんな異常事態で、そんなにはっきり言えないよ。それもすごく年上のひとに)

(さっきの態度は、なんだったの……)

 エイブラハムが話を再開した。

「……かつて同じように邪神族の侵略があったとき、聖女を異世界より召喚したという伝承分が見つかったのです」

 聖女の持つ、聖魔力で邪神族を追い払い、世界は再び平和を取り戻した――
 聖女はその後、この国の王太子と恋仲になり、王妃として迎え入れられた。

「……というのが伝承のあらましです。それで再び聖女を召喚しようと、我々は魔法陣を組みました」

 凜は視線を床に向けた。

(これが魔法陣……)

「聖女……つまり我が国の王太子にふさわしい花嫁を、異世界から召喚するために――」

「ほんとうに、ここは異世界……」

 半信半疑で呟く凜に、エイブラハムが肯定の意でしっかりと頷いた。

「はい。召喚魔法は成功しました。あなたがたは聖女です」

「はあ……」

(意味わからないし。そもそも私に、邪神族を退治できる力があるように思えないんだけど)

 そのとき扉がバンッと大きな音を立てて開いた。

「聖女の召喚が成功したとは、まことか!」

 ひとめで高貴だとわかる青年が、大股で近づいてきた。
 サラサラとした金髪に、甘めのフェイス。
 着衣が少々華美だが、その青年には似合っていた。

 青年は、にやけた顔で凛と女の子を交互に見てくる。

「エイブラハム。どっちが聖女だ?」

「それが……」

 エイブラハムが青年の耳もとで、コソコソとなにやら話す。

「聖女がふたりも召喚できただと? すごいぞ! これまで幾度となく失敗してきたというのに」

「しかし、どちらが真の聖女が判断できないのです」

「ほう?」

 青年は腕を組むと、凛と女の子をねめつけてきた。

「伝承では、聖女は王太子と恋に落ち、結婚したそうだ」

「つまり王太子である私と結婚したほうが、伝承どおりの聖女になる」

 冗談ではない。
 聖女という話も突拍子ないが、その気もないのに勝手に結婚を進められても困る。
 それも高飛車な王太子が相手など。

 凛はゆっくり立ち上がると、言いかえそうと王太子をねめつけた。

「あの……」

「うぇえん……」

 突然、倫の足元で女の子が泣き始めた。

「おうちに帰りたい……寂しいのはイヤ……」

 見ると、彼女がうるうるとした瞳で、王太子を見つめている。

(ええと……?)

(な、なんかまた、印象が変わったんですけど?)

(なんなの、彼女……)

「怖い……ひとりにしないで……」

(こんなキャラだっけな?)

 王太子が膝をつくと、女の子を手を取った。

「怖くなどあるものか。私がそなたを守ってやる」

「あなたが? ステキな王太子さま……」

 ステキと言われ、王太子の顔に「どきゅ―――ん♡」という文字が浮かびあがる。
 単純な思考すぎて、凜は呆れてしまう。

「私はこの国()()の王太子カルヴィンだ。私の聖女よ」

「私は美羽(みう)です。カルヴィン……」

「ミウ……愛らしい名だ」

 カルヴィンがエイブラハムに向かって、こう宣言した。

「ミウをこの国の聖女と認定する。そして、そっちは……」

 凜をピッと指さし、カルヴィンが高慢そうな顔を向ける。

「とっとと、ここから追い出せ。聖女はふたりもいらん」

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