1.ここが異世界ってほんとうですか? なぜに?
(教室で授業を受けていた……はずなんだけど?)
(ここ、どこ?)
目の前には、ズルズルした白い服を着た年配の男性たち。
周囲には石膏の柱がいくつも並び、荘厳な赴きはまるで神殿のようだ。
凛以外にも、派手な印象の女の子が横でへたりこんでいた。
制服のデザインが違うので、おそらく別の学校だと思われる。
凜の髪は黒髪ストレート。制服もシンプルブレザーで、スカートもひざ丈くらい。
彼女はくるくるした茶髪に、スカートが短めな制服を着用しており、カラコンにグロスたっぷりのリップ。
まったくの真逆キャラである。
(陽キャっぽいこ……うちの学校にはいないタイプ)
それにしても、ここはどこなのだろう。
男たちは怪訝な顔で、凛ともうひとりの女の子を交互に見てくる。
(なんだろう。ヤな感じ)
とりあえず同じ年頃のようなので、彼女に小声でそっと訊いてみる。
「あの……ここって、どこなんでしょうか? なにかご存知ですか?」
「ひっ!」
「え?」
茶髪の女の子が飛び跳ねんばかりに驚き、ブルブルと小さく震え始めた。
「な、なによ?! 急に話しかけないでっ!」
「……はあ、ごめんなさい」
(確かに、この事態は異常だけど……)
(そんなに怯えられたら、なにも訊けなくなっちゃうよ)
リンは彼女から事情を聞くことを諦めた。
(どうしよう……)
困り果てていると目の前の軍団から、ひときわ派手な服装をした人物が一歩足を踏み出した。
「聖女たちよ。我らの王国へようこそ」
「聖女……?」
意味不明なことを言われ、首を傾げるしかない。
「私は聖ヴィツィニル王国の大司祭エイブラハムと申します」
「はあ……」
エイブラハムという初老の男は、空咳を数回すると、凛と横にいる女性をなんども凝視してきた。
(うーん……やっぱり、嫌な感じだなあ)
(早く、この事態の説明をしてほしいよ)
「ここはどこですか? 映画のセット? それとも素人ドッキリ?」
「は? ドッキリとは?」
しらばっくれるエイブラハムに構わず、凛は周囲をキョロキョロと見回した。
あまりによくできているセットなので、16世紀あたりのギリシャに迷い込んだような気分になる。
「……どこかに、カメラマンが隠れているの?」
床に手のひらを置くと、ひやりとしていた。
大理石の床はセットと思えないくらい高級そうだ。
(なんだろ? 文字盤みたいなのが書かれている)
エイブラハムは凜の問いに答えず、なにやら勝手に話はじめた。
「聖ヴィツィニル王国は建国1,000年を誇る、巨大な国家です」
「はあ……」
(なんだろ? ストーリーの説明? なにがしたいの? このひとたち)
「大陸一の栄華を誇っており、国民はみな豊かに、幸せに暮らしておりました」
「内紛や他国からの侵略など、困難や危機に陥ったこともありますが、なんとか乗り越えてきたのです」
突然エイブラハムと、その背後にいる男たちが神妙な顔つきになる。
「十年前ほどでしょうか……未曾有の厄災に襲われました」
「はぁ……」
「邪神族という恐ろしい種族の連中が、我が国民の中に紛れ込み、混沌へと陥れたのです」
「なるほど」
(それがこの映画だか、ドラマだかのストーリーなのね)
「それで? 私はなにをすればいいの?」
凜がそう返すと、エイブラハムの後ろに控えていた男たちが、一斉に感嘆の声をあげた。
「おおっ! 話が早い!」
「よかった、よかった」
(エキストラかな? それにしても、どういう方法でこの場につれてこられたんだろ? そこだけは文句を言いたいよ)
エイブラハムが、大仰に両手を広げた。
「聖女となって邪神族を追い払い、王太子と結婚して、ゆくゆくは王妃となっていただきたいのです。末永くこの国を護ってください! 聖女よ」
「聖女? それって結構重要な役じゃ……」
「そうですね。重要です」
うむうむとエイブラハムも男たちもうなずいている。
「そんな役を私がやれると思わないんだけど」
「いいえ。あなたがたでないとできません」
「我々の執り行った召喚魔法に反応し、魔方陣に現われたあなたがたにしか……」
(は……?)
(召喚……魔法?)
(なに言ってるの、このひとたち)
「異世界から呼び寄せた救世の聖女にしか、邪神族は退治できません!」
ここで、やっと食い違っていることが気がついた。
は――――?
異世界――――?
救世の聖女って――――?