Ⅱ ツクモグサのつくもん
「あわわわわわわ」
もう落ちちゃったかと思った。でも、目を開けたら、下の方にお母さんたちが見えた。わけが、わからなくて。ツクモグサもよく見たら集まっていて、なんかもさもさした人みたいな形。早く帰りたいから足を動かして前に行こうとするのだけれど、全然進まない。お母さんたちはにこにこして。ツクモグサが私に向かって声をかける。
『あはは。早くこっち来なよ。アイリス』
「む、むぅ! 私だってそっち行きたいよ! 動き方分かんないの! 助けて!」
『マリア、クライミングローズ』
「だめよ。あの子は羽ばたき方を覚えないと」
「あんなに過保護だったのに。あなたも変わったわねぇ」
「変わらないわ。今こうすべきというだけよ」
『アイリスー。背中に羽があるでしょ』
「ない!」
「うふふふぅ。あるわよぅ。アイリスちゃぁん」
「え?」
後ろを振り向くと、ぐるんと回転する。もう、訳が分からなくて。わたわたしていると。空に鏡が現れた。水でできた、鏡。きっとクララさんが出してくれたんだと思う。そして、私の背中を見ると……。
「お……おぉ……!!」
背中に、羽があった。金色に輝く。それはそれはキレイな羽。でも、どこかで 見たことがあるような。
『アイリス。肩甲骨の辺り。えぇっと……もずもずと言えばあなたには伝わるかしら。そこを意識してみて』
優しい、声。その声に従っていれば大丈夫なような気がした。だから、その『もずもず』を探してみた。あった、肩甲骨のあたり、それにぐっと力を入れると、前に。でも、それ以上は進まない。困ってしまったから力を抜くと、また前に。ということは……。
「こ、こう?」
力を入れて、抜いて。入れて、抜いて。それを繰り返すと、ちょっとずつだけど前に進んでいく。
『そうです。アイリス。良い子ですね。それが羽ばたき。あなたが空に浮いているのは、私の力ですが。どちらに進むかはあなた次第ですよ。さぁ、お行きなさい。またね。アイリス。わたくしはいつもあなたとともに』
ちょびっとずつだけど前に進んでいく私。それを、ツクモグサが受け止めてくれる。さっきみたいにいじわるじゃなくて。優しい声だった。
「羽ばたきを教えてくれたのは、つくもん?」
『つ、つくもん?』
「え。あなたのこと」
『あははは! 違うよ。私はなにも言ってない。アイリスが急に羽を動かして前に進んだんだよ。ほら、まぁ良いじゃん。契約成立【羽を持ちし者に道を拓かん】』
――ゴゴゴゴゴ。
山がへこんでいく、そこを進んでいくお母さんたち。私は、置いてかれないようにあとをついていく。お礼を言おうとして、振り返るとつくもんはいなくなっていて。そこにはただのツクモグサが風に揺れているだけだった。
「……? おかーさーん! まってぇー」
「はやくいらっしゃい。閉じちゃうわよ」
「だめー!」
歩くよりも飛んだ方が早そうだったから、もう一度羽を開いてみると。私はお母さんのお胸に飛び込んでいた。
「きゃっ」
「あらあらぁ。アイリスちゃんは甘えんぼうねぇ」
「え? なんで? 私、お母さんの背中に飛び込んだはずじゃ……」
「細かいことはいいの。ほら、お羽を仕舞って。前が見えないわ」
「う、うん」
なんだか、不思議なことばかり起こっているような気がする。でも、お母さんがいいっていうんだったら、きっと大丈夫。羽をたたむと、すぅっと小さくなっていく。お母さんに抱っこされて。背中をなでられる。
「んっ」
「あら。くすぐったい?」
「うん……あはは! やめて。お母さん」
「ふふ。羽が、少し大きくなったわね。骨はないみたい。さわっても痛くないかしら?」
「うん。だいじょうぶ。ちょっとぐってしてみて?」
「こうかしら」
「んんっ……なんか……気持ちい……」
「あらあらぁ……かわいい声をだして……私がいること忘れてないかしらぁ」
「くららさんはいいの」
「あらぁ、そう」
「ね、お母さん。もっと、して?」
「だぁめ。そういうものじゃないの。ほら、最後までたたむの」
「やりかた、わかんない。さっきみたいに教えて?」
「さっき?」
「お母さんじゃないの? じゃあ、くららさん?」
「私も知らないわぁ。羽が含有する水分のコントロールはできるけれどぉ」
「むぅ。みんないじわる。さっき教えてくれたのに」
「ふふ。とりあえず、このお話はおしまい。下に降りるわよ。ちゃんとつかまって」
「へ? また落ちるの? って、ひゃああああああああああ――」