第2話:新しい人生へ
王国を追放されてしまったボクは、隣国の都市国家ハメルーンを目指すことにした。
「よし、これから頑張っていこう!」
追放されてしまったことには、正直なところ憤りは感じている。
だが気持ちの切り替えが大事。街道を西に進んでいく。
「そういえば隣国までって、どのくらいの距離があるんだろう?」
ボクは五歳の時から、城の地下鉱脈の中だけ仕事をしてきた。
だから一般的な外の世界のことが、まるで分からないのだ。
「さっきの衛兵も、何かっていたような。とりあえず街道を真っ直ぐいけば、たどり着くんだろうな。よし少しスピードアップしよう」
街まで何日かかるか分からない。
早く着きたいから、歩く速度を上げていく。
「おお、街道は走りやすいな? これはいい感じだ!」
今まで十年間、足場の悪い鉱山の中で、ボクは移動してきた。
特に最下層のミスリル地層は、かなり悪路だった。
だから平坦で整美された街道が、楽ちんに感じるのだ。
「ふむ、これならもっとスピードアップしても、いいかな? あっ、空気も美味しいな!」
ミスリル鉱山の中は空気が薄く、更に魔素も高い。
それに比べたら地上の空気は、こんなに美味しくて、呼吸が楽だったのか。
改めて感動する。
「ん? 身体も軽いな。あっ、そうか、重力の違いか」
最下層は異常な空間。重力も地上より“少しだけ”強い。
だから今は体重が軽く感じる。
全身が羽のように軽くなって、駆け抜けていけるのだ。
「よし、全力で走ってみるか!」
生まれて初めて、地上で全力疾走してみる。
ビューーン!
おっ、何かの獣を今、追い越したぞ。
かなり速そうな獣だけど、休んでいたのかな?
こんな鈍足のボクでも追い越せるくらいだから、きっと、そうだろう。
ビューーーン!
おっ。
今度は空を飛んでいる鳥を、追い越したぞ。
もしかして空中で止まっていたのかな。きっと、そうだろう。
――――そんな感じで、周りの素早い魔獣が、ドン引きする超高速で、ハルクは移動していく。
「ん? 何だ? あれは?」
けっこう移動した所で、ボクは何かを発見する。
街道から外れた場所で、何かの集団がいるのだ。
「あれは、もしかして……馬車と馬だ! もしかして人がいるのかな⁉」
国境沿いから今まで、獣しかいなかった。
初めての文化ある人族の集団に、思わず嬉しくなってしまう。
あの人たちに聞いたら、隣国の都市国家までの距離が、分かるかもしれない。
「よし、聞きにいこう!」
嬉しさのあまり、さらにペースアップする。
だが近づいて、集団の異変に気がつく。
「ん? あれは……『馬車の集団が、魔物に襲われている』のか⁉」
異常な光景だった。
かなり大きな魔物が、馬車の集団を襲撃しているのだ。
今のところ死者は出ていなそう。
だが馬車の方が劣勢に見える。
「あっ、やばい。近づくのは止めておこう」
明らかに修羅場だ。
ボクみたいな戦闘の素人が駆けつけても、間違いなく邪魔になるだろう。
むしろ怪しい盗賊だと、警戒をされてしまうに違いない。
「よし、止まろう。ん? 止まれないぞ⁉」
久しぶりに地上の道を、全力疾走していた。
だからボクは自分の足を、急に止めることが出来なかったのだ。
「あっ……ぶつかる⁉」
気がついたから、大きな魔物が目の前にいた。
とっさに腰の鉱山ハンマーで防御する。
ピキッ、ドーーーン!
魔物と正面衝突してしまう。
だが次の瞬間、巨大な魔物は木っ端みじんに吹き飛ぶ。
えっ……一体に何が起きたのだろう?
ボクは理解できずにいた。
でもお蔭で何とか、止まれることが出来た。
全身を確認してみたけど、怪我もない。
鉱山ハンマーに少しだけ、魔物の肉片がこびり付いているだけだ。
ふう……無事でよかった。
ん? でも、どうしてあの魔物は、木っ端みじんになったのだろう。
たしかにハンマーには軽い衝撃があったけど。
「あっ、そうだ。道を聞かないと」
ふと我に返る。
馬車の集団の方に向かって行く。
礼儀正しく挨拶して、道を聞くことにした。
「あのー、すみません。この先のハメルーンという都市国家に行きたいのですが? 道はこのままでいいのですか? あと徒歩だと何時間くらいかかりますか?」
しーーーーん
だが向こうから反応はない。
馬車の護衛の人たちは、ボクを見ながら固まっている。
ん?
どうしたのだろうか。
何かザワつき始めているぞ。
「あ、あの“|地走竜《アース・ドラゴン》”は、どうして、木っ端みじんになったのだ……」
「あの少年が……倒したのか……⁉」
「と、というか……少年は、どこから来たのだ⁉ 耳鳴りがしたと思ったら、次の瞬間には|地走竜《アース・ドラゴン》”が吹き飛んでいたが……⁉」
「も、もしかて、何かの剣術スキル……だったのか⁉」
「い、いや……だが剣を振った素ぶりもなかったぞ……⁉ というか鉱山ハンマーしか持っていないぞ……⁉」
「な、何者なんだ、あの少年は……まさか、魔族が化けているのか⁉」
護衛たちの様子はおかしかった。
全員が目を丸くして、オレのことを見つめてくる。
かなり怯えた様子で、こちらを警戒していた。
(ん? どうしたんだろう? そして、なんかマズイぞ……これは)
とにかく怪しげな雰囲気。
もしかしてボクのことを賊だと、思っているのだろう。
あっ、そういえば。
自己紹介をしていなかった。
「自己紹介が遅れました。ボクの名前はハルクといいます。この先のミカエル王国から追放されて、今は引っ越し作業中です。敵意はなく、賊でもありません!」
両手を上げて、敵意がないことをアピール。
よし、これで分かってくれたかな。
「「「ザワザワ……」」」
だが護衛の人たちは警戒を解いてくれない。
剣先は向けてはこないが、明らかに怯えている。
どうしよう。
気まずいから、こっそり立ち去ろうかな。
――――そう思った時だった。
「お、お待ちください! ハンマーの勇者様!」
立ち去ろうとした時。
馬車から出てきた、少女が叫ぶ。
銀髪で色白の女の子だ。
歳はボクと同じくらいだろうか。
かなり豪華な令嬢の服を着ている。
しかも遠目でも分かるくらいに、綺麗で可愛い子。
こんな可愛い女の子は、生まれて初めて見た。
どうやらボクと話をしたそうだ。
「えーと、ボクは“ハンマーの勇者様”という名前ではなくて、ハルクといいます、お嬢さん。あと、なにか用ですか?」
「ハルク様……素敵なお名前ですわ……あっ、私はマリエルと申します! ハメルーンの国主の第三女です。この度は命を助けていただき、本当にありがとうございました、ハルク様!」
「いえいえ。というか、ボクは何もしていないので、気になさらずに」
ボクは急に止まることが出来ずに、魔物に正面衝突しただけ。
おそらく護衛の人たちが、先に致命傷を与えていたのだろう。
あと何かの魔法で、攻撃した直後だったのだろう。
そこにボクが偶然到着して、魔物を倒したように見えたに違いない。
偶然とは恐ろしいものだ。
「ん? ハメルーンの国主の第三女……?」
目的地の街の地名が出ていた。
そうか、この子はハメルーンの国の人なのか。
これなら情報を聞けそうだな。
ん?
でも“国主”って何だろう。初めて聞く言葉だ。
「先ほどの言葉だと、ハルク様はこれから我が町に向かっているのですよね? 是非よろしければ私と一緒に来てください。今回のお礼をしたいので、是非、父に会って下さい!」
「えっ、ハメルーンの街にこれから? はい、こちらこそよろしくお願いします!」
すごくラッキーだった。
まさか目的の街まで。同行してくれるのか。
でも、お礼を貰うのは、何か気がひけるな。
到着してから、やんわり断ることにしよう。
今、ここで無下に断るのも、失礼な感じがするから。
「では、参りましょう、ハルク様!」
「うん、こちらこそ、よろしく、マリエル」
馬車に乗せてもらい、マリエルの隣に座る。
こんな可愛い子の隣に座るのは、とても緊張する。
しかも、やけにマリエルはボクに近寄ってくる。どうしてだろう。
あと護衛の人たちはまだ怯えていたけど、マリエルの指示に従っている。
その辺は、あまり気にないでおこう。
(いよいよ、ハメルーンの街に向かうのか。着いたら《冒険者ギルド》っていう場所に、行ってみたいな。本で読んで密か、密かに憧れていた《冒険者》になれるかな、こんなボクでも?)
――――こうして鍛冶師ハルクは都市国家ハメルーンに向かう。
だがマリエル第三王女を初めて、ハメルーンの市民は気がついていなかった。
自分たちの街に引っ越してきたのが、超規格外の鍛冶師であることを。
一人の鍛冶師の少年ハルクの出現によって、ハメルーンの街は大変貌。
隣の独裁国家からの侵略も一方的に返り討ち。
一大国家として急成長して、大陸中に名を届かせていく。
「ハメルーンか……どんな街なのかな? よし、これから頑張っていこう!」
だが当人ハルクは何も知らずに、無自覚に突き進んでいくのであった。