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【知らないことが多すぎる】

【知らないことが多すぎる】

 惑星ニューカルーから去るということは、家族と離れ離れになるということだった。

 ガリーナは、離れていく砂の大地を窓から見ながら、泣き出したい衝動に駆られた。アシスのゴーモは座席を振動させることなく、静かに惑星から発進する。


「あーア、みっともナイ恰好にナッテ」


 捕まったガリーナは、特に縛りあげられることもなく、座席に座っていた。軍人達が乗っているゴーモから、もう逃げることもできないと思われているのだろう。確かに、フィトやシャワナ、数人の軍人がいるゴーモのリビングルームから、逃げることなどできるはずがなかった。


 自分の顔を、ぐいっと強引に布で拭われる。冷たい布は水分を含んだもので、シャワナは強引に自分の顔を拭いてきた。果汁が拭われ、さっぱりする。


「ちょっ···と」

「ナニ?あんタは、これからテゾーロのセプティミア様に会うノヨ?汚い恰好で会えないでしょウガ」


 テゾーロの、セプティミア・バーン。


 自分を指名手配にすると言った、テゾーロだ。ガリーナは途端に緊張感を覚える。ずっと地球人を崇拝するように教えられていたため、その子孫であるテゾーロに会うということは緊張する。


「私は、これから宇宙連合に···?」

「いや、私設軍アシスの本部に連れていく」


 フィトが横から口を出す。彼は座席に腰かけ、不満そうに自分を睨んだ。


(すごい···この人から本当に嫌われてる···)


 ガリーナは、フィトが自分を見る目に委縮する。


「セプティミア様が早くお会いになりたいそうだ」

「···セプティミア様が」

 自分と会いたい?テゾーロが何故と疑問に思うが、大罪人のアクマの子を見てみたいのかもしれない。

(私は···どうなるのかしら。逮捕されたけど、この後は···)

 レイフを助けたい一心で、フィトに捕まった。自分の身がどうなってしまうのかなど想像もしておらず、アシスのゴーモに乗ったことで不安になる。

(殺されたり···)

 ゾッとするしかない想像だが、ありえない話ではない。

 王位の簒奪者の子供が命を奪われることは、歴史上よくある話だ。戦争の火種があるというのなら、先に火種を取り除いておくのは懸命である。

「しかしフィトさん、コナツを回収しなくて良かったんですか?」 

 チンと呼ばれていた少年が、心配そうに言った。

「コナツはアシスのものです。長年行方不明だったゴーモが、ようやく見つかったんですよ」

「セプティミア様のご関心にはないからな、捨ておいておけ」

「ですが、あのミヤ・クロニクル博士が開発したゴーモですよ?勿体ないです」

「そんなに言うのなら、星境局員に回収させておけ。惑星ニューカルーにあるのはわかっているんだ」

 2人の会話に、え、と大げさなまでにガリーナは反応してしまった。

 何気なく発せられた言葉に過ぎなかったのだろうが、ガリーナが初めて知る事実だったからだ。

「コナツは、ミヤ・クロニクル博士が開発したんですか?」

 開発者について、コナツは何も言わなかった。

 ミヤ・クロニクル博士というのは、ガリーナが憧れるテゾーロの名前だ。彼に憧れ、自分は研究者の道を歩みたいと思ったほどだ。彼は研究者としても名を残しているが、政治家としてもかなり優秀だったと聞く。宇宙連合の事務総長候補とまで言われていた人物だったが、彼の政治手腕を恐れたアクマに殺された。

「知らなかったのか?」

 フィトが反応し、怪訝な目で自分を睨んだ。彼の瞳にどきりとし、ガリーナは俯く。

「え、えぇ」

「君は、何も知らないんだな。アクマの子として、父親から聞かなかったのか」

「···父のイリスからは、私の出生について、何も聞いていません」

 ガリーナは、何も知らない。きっと自分よりも、このゴーモに乗っている軍人達の方がアクマについて詳しい気がする。

 アクマについてだけではない。

 自分の父のイリスや、母のサクラについても、ガリーナは知らないことが多い。

「···コナツのマスターがアクマだったということは、聞きました。つまり、アクマはアシスにいたんですか?」

「そんなコトもしらなかったノ?実の母親のことなの二?」

 隣にいたシャワナがけらけらと笑った。

 実の母親――ガリーナには受け入れがたいことだが、それは遺伝子検査によって判明してしまった。だけれど、やはりガリーナにはアクマが母親とはどうも思えない。

 母親と呼べる存在は、ガリーナにとってはサクラだけだ。

「俺の父親がアシスの総長だった時、アクマはアシスの軍人として所属していた」

「アクマが、私設軍アシスに?でも、それじゃあ」

(歴史上、シオン・ベルガーがアクマを倒したと言われている。元々彼らは仲間だったということ?それに)

 ガリーナは、フィトをちらりと見た。惑星トナパで、彼が言ったことを思い出す。

「お前の母親と、俺の父親は、元々は仲間だったんだ」


 ガリーナが考えていることを先回りして、フィトは言い放つ。

 フィトの父親は、アクマによって殺されたと言っていた。仲間に殺されるなど、誰が想像しただろうか――アクマとフィトの父親の関係値がわからないが、ガリーナは口を閉じるしかない。


(私もお母さんが壊されて、すごい悲しかった。MAの人だって、父親が殺されたとなれば)


 家族を失うという意味を、考えない訳にはいかない。自分を襲った半獣達だって、そうだ。


「お前の母親はアシスを裏切り、テゾーロに反逆したんだ」


 アクマがアシスに在籍していたというのならば、フィトの言う通りなのだろう。憎悪の目で睨まれ、ガリーナは疑問が浮かんでいても、これ以上何も言うことができなかった。


(どうして、アクマはアシスを裏切ったんだろう)

 アクマがテゾーロに反旗を翻す理由は、何だったのだろう。

 宇宙を支配したかったなどという理由は歴史書などで読んだことがあるが、ガリーナはその根本の理由が知りたかった。


 何故アクマは、宇宙を支配したかったのだろうか。


(歴史上のアクマのことは知っていても、私は彼女については何も知らない)


 惑星ニューカルーから、アシスの本部はそれほど遠くはなかった。

 ガリーナはフィトに睨まれながら嫌な時間を過ごしたが、アシスの本部に着いた瞬間、ガリーナは緊張感と不安でいっぱいになる。

(私はこれから、どうなるのだろう)


 自分の身がどうなるかわからない不安に押しつぶされそうだった。


「ガリーナ!!」

 アシスに着いた直後、ゴーモの部屋に乗り込んでくる女性がいた。

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