【肉を、斬る】
【肉を、斬る】
その生物は、肉食獣のように吠えていた。
砂漠の大地の覇者として君臨しているような、勇ましい吠え声だ。
「ガリーナちゃん···っ!!」
生物が近づくに連れ、レイフはガリーナのことが心配になる。
リオカルマーシュは、地球でいうライオンのような形をしていた。大量の水分で身体が構成されており、日に照らされるときらきらと身体の中が光って見える。大きなたてがみのようなものが頭部にあるが、たてがみはシャワナの髪のように1本1本が意思を持った触手のようにうごめいている。
リオカルマーシュは口を大きく開き、地面に向けてその大きな牙を向けていた。
ばくり、と何かを食べようとする仕草をみて、レイフはゾッとせざる得なかった。
女性の甲高い悲鳴も、聞こえてきたのだ。
「ガリーナちゃん!!」
近づくと、リオカルマーシュの牙に電流が走っているのが見えた。水で構成された牙に、電流が走ってもーーーリオカルマーシュは痛みに顔も歪めない。
「くっ···なんなんだ、こいつは···っ!!」
フィトが、悔しげに声を上げていた。彼はガリーナの前に立ち、リオカルマーシュと対峙している。傍目から見ると、ガリーナを守っているように見えた。
「レイフ···っ!」
ガリーナは砂漠の上に膝を付き、座り込んでいた。
整っていた髪はざっくりと切られているし、果物で汚れた姿はぼろぼろと言っていい。初めて見る姉の姿に、レイフは首都アバウに住む半獣に怒りを覚えた。
(よくも···ガリーナちゃんを···っ!!)
先程果物を投げつけた半獣全員を探し出し、同じ目に遭わせてやりたくなる。
しかし、今はそれどころではない。
「お前は···レイフ・ノルシュトレーム!」
「んだよ、お前···!MAなら、さっさとこいつ倒せよ!」
フィトは驚いて目を丸め、レイフは彼に対し怒鳴った。彼は電流でリオカルマーシュを攻撃しているようだが、効き目はないのが見てわかる。
(こいつ···MAってのは、万能じゃないのか?)
パパゴロドンから指摘された通り、MAは万能ではないのだろうか。レイフは怪訝にしながらも、ガリーナとフィトの間に入り、ガリーナの手を握る。彼女の手には、自分で切った髪が貼り付いていて、ざらざらしていた。
「やってる!!こいつに電気は効かないんだ!」
「地震とか起こせるくせに、何言ってんだよ!!」
レイフは怒鳴りながらも、地震などでこの巨大な生物が倒せるとは思っていなかった。
瞬間、大きな風を感じた。
リオカルマーシュがまた口を大きく開いたのだ。レイフはラルで、クォデネンツを具現化した。大きくクォデネンツを振るい、牙を受け止める。
「ふっ!」
全長10メートルの生き物の牙は、とてつもなく重い。
しかし、クォデネンツは牙を確かに受け止めた。がきん、と重々しい音が鳴り響く。
(クォデネンツだから、受け止められた?--いや、エミュルブトーでも牙は受け止められた)
先ほど、パパゴロドンは砂がどうだと言っていた。
(砂を、どうしたら良いんだ?)
「危ないっ!!」
自分の隣に、フィトが出てきた。ハッとすると、レイフとフィトは大きなリオカルマーシュの前足に横から殴られていた。ガリーナが小さく悲鳴をあげたのが聞こえた。
リオカルマ―シュにとっては、簡単に前足を振り払っただけだろう。それだけの力で、レイフとフィトの体は砂の地面に叩きつけられ、痛みを覚える。フィトは受け身を取ったようだったが、レイフは着地に失敗し、地面の上で痛みに呻く。
「このっ」
フィトのフードは脱げていたが、彼は慌ててフードを被る。
レイフは、よろりと立ち上がる。クォデネンツを構え、リオカルマーシュに対峙する。
「さっき、あいつには砂が弱点って聞いたんだ」
「砂?」
フィトが鋭く反応した。レイフは頷く。
「砂をどうするって言うんだ?」
フィトが馬鹿にするように言った時、再びリオカルマーシュは大きく吠え、前足を振るってきた。レイフはクォデネンツを大きく振るい、リオカルマーシュの前足を大きく斬ろうとした。
が、やはりエミュルブトーと同じだ。水の中で剣を振るっているだけのようで、重々しく水を斬るだけに過ぎなかった。
(クォデネンツなら斬れる――訳じゃないのか、やっぱり!)
最強と言われていた種族の剣ならば、何でも斬れる訳ではないのだ。
「ねぇ!!」
ガリーナが、後方から大きく叫んだ。
「そこのMAの人、風を起こせない?風を起こして、あいつに砂をぶつけるの」
「何?」
フィトは、さも不愉快そうに顔を顰めた。ガリーナはびくりと身体を跳ねさせる。
「アクマの子が、何を」
「おい!」
レイフはフィトを睨んだ。先ほど自分を助けるようなことをしておきながら、ガリーナにそんなことを言うのか。
「あ、あなただって、生き残りたいでしょう?このままじゃ、皆ここで死ぬだけよ」
「――アクマの母親のように、MAを駒のように扱うつもりか?」
フィトは、憎悪の目でガリーナを睨んだ。ガリーナに何かを言われているのが気に入らないと、彼の全身が訴えているようだった。
リオカルマーシュの牙が、フィトに襲い掛かろうとしていた。レイフはすかさずにクォデネンツで牙を受け止め、フィトは驚く。レイフに助けられたことに驚いたのだろう。
「やってくれないか!!」
レイフは叫んだ。牙は重いが、牙ならばクォデネンツでも受け止められる。重々しい牙を受け止めながら言えば、フィトはレイフとガリーナに聞こえるように大きく舌打ちをした。
「風で、良いんだな!」
彼は瞳を砂の地面に向けた。
何の変哲もなかった砂の大地が、途端に吹き上がる。今まで風などなかったのに、砂が風によって舞い上がる。大きな砂の風は、レイフの視界を遮った。
砂の吹雪によって、リオカルマーシュが後退したのがわかった。ぐぉん、と弱気そうな声を、獣があげる。
「レイフ!斬って!!」
ガリーナは、声を荒げた。
レイフは目を細め、フィトが起こした砂嵐を見据えた。
リオカルマーシュは、確かに砂に怯えている。砂を如実に嫌っているのが、わかった。
砂が、リオカルマーシュの身体に貼りつくからだ。水で構成されている身体に、細かな砂がびっしりと貼りついていくのが見えた。
レイフはクォデネンツを前足に向けて、大きく振るった。
(この感覚は―――)
水を斬った時とは違う、確かに肉を断ち切るような感触だった。重々しく、力を入れなければ最後まで斬れはしない。
生き物の肉を斬った時の、独特の感触。
前足を斬れば、大量の水をレイフは浴びることになる。口にも入ってしまったが、血液などではなく、ただの水だった。
リオカルマーシュが、身をよじり、悲鳴をあげた。レイフに前足を斬られ、後ずさる。レイフはあえて後を追わず、自分の顔を濡らした水を拭う。
「追わないでっ!」
ガリーナの静止によって、レイフはぴたりと足を止めた。獣の足を切断したことで体力を使い、息が自然と荒くなっていることに気が付く。はぁはぁと荒い息をしつつ、弱々しく叫びながら砂の大地に逃げていくリオカルマーシュを見つめる。
リオカルマーシュは前足を傷つけられ、戦意を喪失させたらしい。
「斬れた」
レイフは、ぽつりとつぶやく。感動して、どっと疲れが身体を襲う。
自分がやったことと思えなかった。
(エミュルブトーは斬れなかったけど、あの巨大な生き物は斬れた)
敵を倒せたことに、高揚感がじわりじわりとこみ上げてくる。自分が成し遂げられると思わなかったが、自分はできたのだ。
(パパゴロドンさんも同じように砂をぶつけてからエミュルブトーを倒してたのか···見えないくらい速い動きだったけど)
パパゴロドンがエミュルブトーを倒せていた理由を知り、レイフは納得する。
「ガリーナちゃ――」
レイフはガリーナを振り返る。この喜びを彼女と分かち合いたかった。
(ガリーナちゃんがいなきゃ、オレにはできなかったけど――)
彼女の的確な判断力のおかげで倒せたのだ。