【砂漠のヒビ】
【砂漠のヒビ】
アラ、とシャワナが硬化した髪の動きをぴたりと止めた。
「フィト」
惑星トナパで自分を捕らえようとしたアシスの軍人は、厳しい顔つきをしていた。
彼はぎろりと半獣の男を睨む。
「捕獲しろと命じられた女を、傷つけるなっ!テゾーロが···セプティミ・バーン様のご命令だぞ!」
「ぎゃっ!」
半獣の男が、ナイフを持った手を引っ込める。彼の腕に、小さな電気が走ったのだ。
「な···MAか···?」
半獣の男が疑念を含んだ目を、フィトに向ける。彼は冷たく半獣を睨み据えた。
2人が視線を交じらわせる一瞬の隙を、ガリーナは逃がすわけにはいかなかった。
(えいっ···!)
ガリーナは震える手で男のナイフを奪い、男の手が捕らえている自らの髪を断ち切った。
「なっ」
金色の長い髪が、ばさりと地面に落ちる。
半獣の男は慌ててガリーナに手を伸ばしたが、ガリーナは自身に果物を投げつけていた人混みの中に飛び込んでいた。
「逃げたぞ!捕まえろ!」
半獣の誰かが、怒鳴った。
果物を投げつけていた半獣たちの手を振り払い、ガリーナは街中を走り抜けた。
走るのは得意ではない。しかし、恐怖に震える足をとにかく動かすしかなかった。
「ガリーナちゃん!!」
レイフの声が、もう遠くに聞こえた。ガリーナは、自分の髪を切ったナイフだけがせめてもの武器だった。ナイフをぎゅっと握りしめ、アバウの街中を走り抜けた。
髪が、軽くなっていた。ずっと長かった髪が、歪に肩くらいの長さに変わっているのだ。それを惜しんだり、悔やむ時間は、ガリーナには与えられていなかった。
「あっ」
足首に痛みが走り、ガリーナは顔から地面に倒れた。足首に走った電気の痛みに、後ろを振り返る。
「待て!ガリーナ・ノルシュトレーム!!」
フィトだった。ガリーナは強くナイフを握りしめ、慌てて起き上がると、また駆け出す。
アバウの街中を抜け、砂漠地帯に入ろうとしていた。
(苦しいよ···)
ガリーナは枯れ果てた目の乾きを癒やすため、何度も瞬きをする。涙が出そうなほどの恐怖なのに、もう泣くこともできなくなっていた
石や果物を叩きつけられた額や体も痛いし、無理矢理動かしている足も限界だ。後ろを振り返ることもできないが、このままではフィトに追いつかれるだろう。
(武器なんて、持ってないし···)
手に持っているのはナイフだけ。
レイフやユキのように武器をラルで具現化することもできない。体術なども、父のイリスから教わってはいない。
(アクマの子だというのなら···せめて能力があれば良かったのに···)
悔やんでも、ガリーナには何の力もない。
(あ···あれが···)
ガリーナは走りながら、自らのラルを操作した。走っていると言っても、もう体力の限界であるガリーナはふらつきながら歩いているだけに過ぎなかった。
そうだ、自分には唯一の強みがある。
(でも···ここには···水がない···)
唯一の起死回生の術を見つけかけたかと思ったが、そんな都合は良くはなかった。
この乾いた土地に、水がないのだ。
「ガリーナ・ノルシュトレーム!」
声は、すぐ後ろから聞こえてきた。ガリーナが振り返ると、そこにはフィトがいた。
彼は息も乱さず、ゆっくりとガリーナに向かって歩いてくる。
「もう逃げても無駄だ。大人しく、我々についてこい」
(捕まるの···?)
ガリーナは、限界だった膝を地面につけ、崩れ落ちた。汗が遅れて、どっと吹き出てきた。乾いた舌が、水を欲しがっていた。額を濡らしていた果汁は、いつのまにか乾いていて肌にひへばりつき、気持ち悪い。
「ここに···水があれば···」
ガリーナはぽつりと呟いた。砂漠の大地に言ったところで、どこにも声は届かない。
「···ん?」
突如、地面が静かに揺れた。
フィトが怪訝に顔を顰める。
今ここにいるのは、自分とフィトだけだった。砂漠の大地の中、2人は顔を見合わせた。
周りには、誰もいない。
(···なに?)
ガリーナは細かに揺れる大地に、疑念を持つ。
砂の大地が、ぴしりとひび割れた。