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【迫害】

【迫害】



 レイフはカーチスと、シャワナと対峙しながらも、決して逃げようとはしない。



(私が捕まってるから、逃げれないんだ)



 ガリーナが捕らえられている以上、レイフは決して逃げないだろう。長年一緒にいた、家族だからこそわかる。例え手を切断されようと、レイフはこの場から逃げるはずがない。

 ガリーナがここにいるのだから。



「··········っ!」



 ガリーナは、どうにかしか逃げられないか考えた。身体はシャワナの髪によって縛られている。自身の手や、足も使えない。



(でも···!)



 横を向けば近くにいるシャワナはレイフの動きに合わせ、髪を動かしているだけ。

 ガリーナは、息を吸い、口を大きく開けた。



「いっ···っ!!!」



 シャワナの耳に、ガリーナは噛み付いた。

 反射的に、シャワナは自らの手で自分を殴った。ガリーナは頬を叩かれ、小さな悲鳴を上げる。



「何スんのよ!!あんたっ!!」



 シャワナに頬を叩かれた衝撃で、ガリーナは砂の地面に倒れたが、自身を縛るシャワナの髪が一瞬緩んだため、すぐに身体を起こした。



「ガリーナちゃん!!」



 レイフは自分に手を伸ばしかけたが、カーチスが放った青いレーザーをかわすために、手を引っ込めざるえなかった。



「こいツっ!!」

「きゃっ···」



 シャワナの硬化した髪が、再びガリーナの身体に巻き付こうとしたが、空気砲のようなものが放たれ、シャワナの髪が弾かれる。



「させないんだなー!」

「はっ!?」



 パパゴロドンが、脇にバズーカをを抱え、シャワナに向けていた。彼はにんまりと笑い、のっそりとガリーナの前に出る。



「星境局員···!?あんタ···」

「逃げろって感じだなー、嬢ちゃん」

「···あア!あんタがいたから、見つからなかっタノネ!なるホド!!」



 シャワナは、再び硬化した髪を伸縮させ、パパゴロドンに向けて振りかぶっていた。



(すごい···痛い···)



 ガリーナは頬を手で擦り、ふらりと立ち上がる。

 父や母に殴られたことなどなかったガリーナにとって、初めて人から受けた攻撃である。あまりの痛さに涙が出るのを抑えられない中、今度は額に衝撃を与えられた。



「っ!!」



 紫色の果物が、ガリーナの額とぶつかり、砕け散った。水分を大きく含んだそれは、額とぶつかると弾けて、ガリーナの顔を果汁で汚す。しかもそれは一発だけではなく、次々と投げられた。



「逃げようとするなよっ!アクマっ!!」



 果物を投げたのは、嫌な視線を送ってきていた半獣の人々だった。ガリーナに向けて、彼らは果物を投げていた。



「アク···マ···?」



 ガリーナは顔を腕で隠したが、それでも身体に向けて果物は投げられる。



「アクマ!アシスの軍人さん!しっかり捕まえてくれよ!」

「アクマが起こした戦争のせいで、うちの母さんは死んだんだ!人殺し!」

「毒婦の子供が!さっさと捕まえろ!」



 ガリーナに叩きつけられた果汁が、ぽたりぽたりと地面に落ちる。砂の地面はすぐに果汁など吸い取ってしまうが、投げつけられる果物よりも、浴びせられる罵詈雑言にガリーナは恐怖した。



「おい!やめろ!」



 レイフは叫ぶ。彼はカーチスに剣を振りかぶる。ガリーナを助けに行きたいが、レイフはできずにいるようだった。



(ダメ··ここから、逃げなきゃ···)



 ガリーナは恐怖に竦む足を、動かそうとした。膝がかくりと項垂れそうになるが、ここにいるのは良くない。



「おい!!逃げるな!!」



 大きな獣の手に、がしりと両肩を捕まれた。声にならない声を、ガリーナは押し留める。



「ガリーナちゃん!!」



 レイフが、悲鳴を恐怖であげられなかったガリーナに代わり、叫ぶ。

 屈強そうな男の半獣だった。大きな爪をガリーナの肩に力強く食い込ませ、建物の壁にガリーナの身体を強引に押し付けた。



「アシスの軍人さんっ!!捕まえたぜっ!!」



 ガリーナを捕らえている半獣は、黄金の瞳で睨んでいる。



「あ···」



 痛みにガリーナは呻いた。また一発、また一発と果物が投げつけられる。中には大粒の石も混ざり額から紫色の果汁だけでなく、赤い血が混じり始める。

 鮮血の色が、ガリーナの額から流れ落ちた。



(アクマの子供って···こんな···)



 蔑まれ、疎まれなくてはならないのか。

 理屈ではわかっていた。だからこそショックで、先程もレイフに自分の絶望を話していた。



 アクマの子供であるというだけで、指名手配犯になり、夢を諦めなきゃいけないことに絶望した。

 現実は、もっと過酷だ。





(ただ···アクマは、地球人が作っていない種族なだけで···髪が赤いだけなのに···)





 リーシャという自分の母はテゾーロに反旗をひるがえしたことで、大罪人とされているがーー。



(···アクマというだけで、彼女も、石や果物を投げられたりしたんだろうか···?)



 テゾーロに対して戦争を起こす前は、どうだったのだろうか?この地球人崇拝が普通とされる世の中で、未知の存在であるアクマは、どういう扱いを受けていたのだろうか。



「いたっ···!」



 長い金髪を無遠慮に捕まれ、引っ張られる。頭皮にはしる痛みに顔を歪めると、黒い半獣は愉快そうに笑った。



「売女ゆずりの綺麗な顔が台無しだな、アクマ」

「···さわらないでっ!!」



 黒い半獣は自分の顎を掴み、顔を強引に自らに向けさせた。首がぐきりと痛む。



「この顔でどれだけの男をたぶらかしたんだよ?え?」

「···下世話なっ」

「世のためには、こんな顔も傷つけてやりたくなるな」

「···ひっ」



 ガリーナは、息を呑む。

 髪を再び引っ張られると、眼前に刃物を突きつけられた。それはラルで構成した訳ではない、本物の刃物だった。露店の解体作業で使っていたものだろう。短いナイフだ。



「やめろ!ガリーナちゃんに乱暴するな!!」



 レイフが叫ぶ声は、最早ガリーナにとっては背景でしかない。自分に目の前に突きつけられたナイフに、冷や汗が流れる。



「俺の父親もな、アクマのせいで死んだんだよ。20年前の戦争でな」

「あ···」

「アクマに復讐してやりたいと思ってたが、まさかその子供が惑星ニューカルーに来るとはな」



 男の瞳は、黒い感情で染まりきっていた。自らを見る目は、父を殺した犯罪者に向けられるものと同じだ。

 彼にとっては、犯罪者であろうと、その犯罪者の子供であろうと、同じなのだろう。



「アクマめ」



 自分はアクマと違って、何の力もないのに。

 ガリーナは壁についた手に、爪を立てた。恐れでカタカタと震えている指先が、どうしようもなく惨めだ。



「何をしている!」



 場を、一喝する声音が響いた。



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