【味方がいない】
【味方がいない】
「レイフっ!!」
ガリーナは、必死に彼に手を伸ばした。
レイフは自分に駆け寄ろうとするが、自分を捕らえているシャワナの硬化した髪の触手に攻撃を仕掛けられ、近寄れないようだった。
「ガリーナ・ノルシュトレーム···っ!手間かけさせないでヨ!」
シャワナは自分の体を、ぬいぐるみのように抱きしめる。自身の胸に顔を埋め、ぐりぐりと頬を寄せる。ガリーナは身をよじり、嫌悪を顔に出した。
「離してよっ···!!」
「ガリーナちゃん!」
レイフは大声で叫ぶ。彼は軍支給の剣を手に具現化させ、硬化した髪の攻撃をはじく。シャワナの硬化した髪は、レイフに向けて降り落とされる。
「な、なんだ!?」
露店の片付けをしていた半獣たちが、自分たちの大声によって、ただごとではないと気づき始めていた。人々は、露店の後ろをこわごわと覗き始める。
「シャワナさん···っ!」
黒い軍服を着た軍人が、駆け込んでくる。彼は自分を見て、目を大きく見開いていた。軍人の後ろにいた星境局員も、驚愕しているようだった。
「私設軍アシスのコンビ成績ナンバーワン、シャワナが、アクマの子を捕まえたワヨ!」
「いや···っ!!」
シャワナは、宣言するように高らかに言い放つ。その言葉から、道行く半獣たちの目に動揺がはしった。
「アクマ?」
「テゾーロ様が緊急報道で言われていた?」
半獣の人々が、ひそひそとガリーナの姿を見つめる。
その目は、疑念に満ち、浴びせられて心地良い視線ではなかった。
「皆さん、ご安心ください!我々はテゾーロのバーン家の私設軍、アシスです!宇宙連合の名の元に指名手配犯を捕獲中です!近隣の皆様にはご迷惑をおかけしておりますが、どうぞご理解をーーー!」
軍服を着た男が大声を張り上げる。
何もガリーナは悪いことをしていないのに、あまりに屈辱的な発言である。顔を赤くし、せめて半獣たちの視線を浴びないように顔を背ける。
(私が···っ)
今までガリーナは、天才少女と言われて育ってきた。自分でも研究が好きだった。
憧れているテゾーロもおり、彼を目指そうと思って日夜努力してきた。
それが今や、指名手配犯。
「ふざけるなっ!!」
周囲をハッとさせるほど、軍人よりも大きな声が空気を切り裂く。
まるで、獣の吠え声のようだった。
ガリーナは、信じられずにレイフを見つめた。
(···レイフ···?)
レイフの声だが、レイフの声だと一瞬認識できなかった。
彼の声は怒りに満ちていた。
「ガリーナちゃんは何もしてない!!何もしてないのに指名手配犯だと!?ふざけるなっ!!」
彼の怒りは、獣のように獰猛だった。ガリーナを貶められ、心の底から沸き起こる怒りを抑えきれないのだろう。
吠えるようにして、彼は怒鳴る。その真っ直ぐな瞳に、男の軍人は顔をほのかに強張らせた。
「か、彼女はアクマの子で···」
「アクマの子だからってなんだよ!!何もしてねぇだろ!!人も殺してない!人を傷つけてない!ガリーナちゃんは、ただ研究だけが好きな女の子だよ!!何も悪いことなんかしてねぇんだよ!!」
軍人の声さえかき消すように、レイフは吠える。
父のイリスから聞いたことがある。狼という地球の生き物は群れで生き、群れを大切にするのだと。一匹狼という言葉もあるが、基本的に群れで行動するため、互いを大事にするのだと。
(レイフが怒ってる···珍しい···)
ガリーナはぼんやりと考えていた。
昨日もコナツが壊されたときには激怒していたが、普段のレイフは怒らない。彼は優しい少年だ。姉を気遣い、守ろうとしてくれる。
その大事な家族を無下にされれば、決して許さないーー彼の遺伝子がそうさせるのだろうか。
「ガリーナちゃんを、離せよ!!」
彼は牙を見せて吠える。彼が大きく口を開くと、その牙がよく見えた。
「さすがアクマの子ネー」
「な」
シャワナは楽しげに言い、自分の体に絡みついてくる。自分の体に、触手のような髪が絡みついてきた。
「アクマって、男どもを籠絡する力があったんでショ?なるホド、この身体も受け継いでるヨネー。このカラダ」
「ちょ···やっ···」
ガリーナは身をよじろうとするが、逃げようとすればするほどに身体にシャワナの髪が食い込む。
ガリーナの豊満な胸、豊満な臀部が強調される。2つの形のいい乳房の大きさ、尻肉の柔らかさが、シャワナの髪によって浮き彫りになる。
「あの男の子も、その身体つかって籠絡したんデショ?さすがアクマの子」
「···っ!非常に不愉快な考え方···っ!!」
ガリーナは恥辱に顔を余計に赤らめる。公衆の面前で、胸や尻を強調するように縛り上げられているのだ。しかも、姉弟の絆を下世話に言い換えられーーー指名手配犯などと言われるよりも、よりガリーナは屈辱感を感じた。
「あなた···最低ねっ···!!」
ガリーナは、シャワナを強い瞳で睨んだ。
自分だけでなく、レイフの美しい家族愛ですら汚されている。
「さ、そコの星境局員!その坊やのラル奪って!」
「はー?ラルー?」
シャワナに指図されたのは、パパゴロドンだった。彼は大人しく傍観していたが、ラルを奪えと言われ、目を丸める。
「何でオレのラルなんか···」
「あんタはクォデネンツを所有してるデショ?アクマが持っていた剣よ!セプティミア様がご所望ナノ!」
アクマの剣を持ってる?と、周りの半獣たちが敏感に反応した。彼らのレイフを見る目も、突如として変化する。ガリーナに向ける視線と同様に、嫌な光が灯った。
「クォデネンツを、持ってる?」
パパゴロドンも、同じだった。
彼は顔を強張らせ、信じられないようにレイフを見つめる。レイフは、パパゴロドンの視線にハッとしていた。
(···レイフ、彼にあの剣は見せなかったの···)
利口な判断であるが、パパゴロドンの信頼を失ってしまったかもしれない。
何故自分達がクォデネンツを所有しているのか。単純に考えれば、アクマ崇拝と疑われても全くおかしくない。
「カーチスでも良いワヨ!さっさとクォデネンツを奪いなサイ!」
「了解!」
カーチスと呼ばれたのは、黒い軍服の男だ。彼は手にレーザー銃を出現させ、構えた。ユキが持っている6JLよりも小型の、灰色の銃だ。
「最悪、手ごと切り取ればイイヨネ?身体の本体はいらないみたいダシ···」
ガリーナと身体を密着しているシャワナが、こっそりと囁いてくる。独り言のつもりだったのだろうが、悪趣味な発言にぞくりとする。
(なに、この女···っ!!)
ラルを手に入れられるなら、レイフの生死など関係ないと思っているのだ。
(アシスの軍人は···頭おかしいんじゃ···)
コナツを壊したのも、このシャワナだった。好んで残虐な方法で相手を貶めようとする人間など、ガリーナの周りにはいなかった。父のイリスやユキ、レイフだったら絶対にしないことだ。
「んだよ···ぜってぇクォデネンツも、ガリーナちゃんも渡さないからな!!」