【半獣人の惑星、という意味】
【半獣人の惑星、という意味】
惑星ニューカルーに来たのは初めてだ。
フィトはフードを深くかぶった。
白銀の髪が日の光に照らされないよう、細心の注意を払う。
惑星トナパのアバウは半獣達が多く行き交っているが、半獣でないことはフードを被っていてもわかる。自分が半獣でないことが、自然と目を集めるようだった。
「フィトさん」
共に歩く軍人が、自分に声をかける。彼はアシスの軍服を着ており、肌は鱗でできていた。年齢的には――レイフと年が近いくらいの青年である。
「チン、どうした」
彼はチンという名前の、同じアシスの軍人だ。
「バルメイド総長から、状況報告を求めるように連絡がきておりますが···」
「···俺から総長に、適当な報告をしておこう」
(本当に、あの人は面倒だな)
アシス入隊前からの知人ではあるが、フィトは顔に辟易が出ないように努めた。
(報告など、しない)
私設軍アシスの総長には、秘密であるとティアから命令をされている。
テゾーロの命令は、絶対だ。
自分達ツークンフトを作ったテゾーロの命令なのだから、必ず守らなくてはならない。いくらバルメイド総長が恩人であろうと、フィトは軍人として主人の命令を優先する。
(バルメイド総長だって、アクマには良い思い出はないだろうに···)
フィトは周囲を見渡す。
「星境局員にも協力を要請しているんだろう?その割には見つからないな」
「はい、もしかしたら惑星ニューカルーに協力者がいるのかもしれませんね」
「簡単に見つからないのを考えると、可能性として高いだろうな」
ゴーモのコナツが惑星ニューカルーに落ちたのは確実な情報だ。ゼノヴィアシステムに、コナツが惑星ニューカルーに入国したのは記録されている。
「ゴーモを隠せる場所なんて限られているだろう。いつまでも隠し通せるはずがない」
(とは言っても、セプティミア様からは急かされているからな)
彼女の厳命を無視するのは良くない。彼女の我儘っぷりはよく知っている。早くしろと言われた任務を早くこなさいと、彼女は激怒するだろう。
(ルイス様は穏やかなのに、あの人はご気性が荒いからな···)
宇宙連合の事務総長の父を持つがために、ティアの我儘っぷりは凄い。
(父親に似てくれたら良かったのに)
フィトは意識の下で、ぼんやりと考えた。
ティアには母親がいない。
彼女の出生について、誰も知るものはいない。追及しようとする者もいない。
今の時代、機械人形が人工子宮を使って出産をすることも普通だ。配偶者がいなくても、子供が欲しいからと人工子宮や人工精子をつかって子孫を作る者は少なくない。
(テゾーロなんて子孫を作ることが義務付けられているのだし、大方セプティミア様もそうなんだろうな)
アクマの事件によって、多くのテゾーロの家は滅ぼされている。バーン家にとっても、子孫が作ることが急務だったのだろう。
「ねぇねぇ、お兄さん」
黒い瞳が、自分を覗いてきていた。
自分の進む先に、立ちふさがるようにして現れたのは灰色の毛を持つ半獣だった。細長い顔をした灰色の獣は、ねっとりと自分を見つめている。
慌ててフィトは後退し、顔を隠すようにフードに手をかける。
「観光客だよね?お土産品、あるよ」
青い粒子で構成された映像を、フィトの目の前に表示させてくる。
この惑星ニューカルーの砂漠の映像写真だろう。お土産品として販売していると思われる。フィトはつまらなそうに、それらに目をやる。
「結構です」
後ろにいたチンが冷たく言い放ち、フィトの腕をぐいっと引っ張る。さぁ行こうと自分に促しているのだ。
「あんた、半獣じゃない毛色だねぇ。どこの惑星から?」
フィトは自身の銀髪を指さされているのがわかった。灰色の半獣はどうにかフィトと話をし、商品を買わせようとしているのだろう。
「もしかして、MA?」
「行きましょう」
チンは自分の背中を押してくる。
銀色の髪に、紫の瞳――その特徴から、MAと当てられたのだろう。フィトは唇をへの字に結ぶ。
「地球戦争に徴兵された隊に、MAもたくさんいたからねぇ。あんたみたいに髪と目を隠そうとしてたよ」
ぴたりと、フィトは足を止めた。
「地球戦争?」
疑問を口にしてから、フィトは今更ながら気がついた。
(そうか。この惑星ニューカルーは、地球の元植民惑星で、半獣が多いのか)
地球戦争に、たくさんのMAは徴兵された。同時に、多くの半獣も徴兵されている歴史がある。
戦争で、身体能力に優れている半獣は重宝されたらしい。そもそも、半獣やMAが地球人に作られたのは、戦争用だったと聞く。
「フィトさん」
「MAのお兄さん、惑星ニューカルー名物のピタカもあるよ。甘くてみずみずしいんだ」
フィトが足を止めたことで、鱗の青年は焦りを含んで呼びかけ、半獣は紫色のかたそうな果物をフィトの前にちらつかせる。フィトは黒い半獣を見てから、ラルを起動した。
「2つもらう」
「お、まいどあり!」
通貨をラルで支払うと、半獣は紫色の果物を投げて寄越してくる。フィトはすぐにチンに渡した。
「あ、ありがとうございます。···別に買わなくても良かったですのに」
「地球戦争に徴兵されていた兵士に敬意を払っただけだ」
「もう」
チンはブツブツ言いながらも、しゃくりと音を立てて紫色の果物を食べた。フィトもかぶりつくと、しゃくり、といい音が鳴る。水分を多く含んだ果物で、かじった部分からも甘い果汁が溢れ出てくる。
「MAのお兄さん達、軍人?今日は砂漠には行かないほうがいいよ」
「どうしてですか?」
「どうしてって、注意喚起されてるのを知らないの?今日はアバウの近くの砂漠で、リオカルマーシュ注意報が···」
黒い半獣が言いかけたとき、フィトのラルに通信が入った。
『みつけター!』
と、フィトのラルからシャワナの声が上がり、青い映像が浮かび上がる。自分の現在位置と、シャワナの現在位置の地図だ。
(ガリーナ・ノルシュトレーム···っ!)
フィトは地図の位置表示を見てから、空気を切り裂くようにしてその方向に振り返る。
「行くぞ!」
「は、はい!」
フィトは半獣達にぶつかることを構わず、走り始めた。チンも後から続いてくる。彼はフィトの形相を見て、戸惑いを隠せないようだった。
普段冷静なフィトが、鬼のような形相をしていた。本人も自覚はある。
(今度こそ、確実にガリーナ・ノルシュトレームを捕獲してみせる!)
あの女の娘を、必ず捕獲する。