第4話「ねじれたモノ11」
スイが持ってきたのは、キタ自身である小さめのガラスの浮き球だった。
「2匹に見つけてきてもらったわ」
浮き球を受け取ったスハラは、それを夕日にかざす。薄汚れたそれは、もとは薄い緑色のはずだが、夕日を浴びて赤く染まって見える。
「…それをどうするつもりだ?」
「どうもしないわ。ただ、あんたがまた馬鹿なことをしないように、預かっておくだけ」
焦りの表情を浮かべたキタに対して、スハラはまた誰かを傷つけるようなことをされては困るからとあっさりと答える。
じゃあこれでいいわねと、スハラはサワへ目配せをし、サワはキタを縛っていた縄をほどく。
瞬間、強い風が吹き抜けた。
突風に目を閉じたスハラの隙を狙って、キタが体当たりをする。
その衝撃で、スハラの手から落ちた浮き球が転がり、俺のそばで止まった。
「尊、拾って!」
突然のことに動けないでいる俺を嘲るかのように、またカラスが不気味に鳴く。そして、ひゅっと何かが落ちてくる気配。
―――ガチャン。
呆気にとられた表情のまま、キタが霧散していく。
あとに残されたのは、割れて砕けた浮き球と、それを砕き割った石。
「…石なんて、どこから…」
スハラのつぶやいたその声に空を見上げると、たくさんのカラスが黒い影となって舞っていた。それに混じって違う鳥が見えたような気がしたけれど、それは見間違いだったかもしれない。サワさんのなんだあれとつぶやく声が耳に届く。
オルガが、キタだった割れた浮き球を拾い集め、それをミズハに渡す。ミズハは悲しそうな目のまま小さく頷いて、それを受け取った。
「今日はもう帰ろう」
沈黙を割くようなサワさんの声に促されて、俺たちはその場をあとにする。
俺は、キタの人間への悪意が棘となって刺さったようで、言いようのない不安感に囚われていた。
後日、俺とスハラは、ミズハに会いに水天宮へ行った。
いつも賑やかなスイとテンが散歩で不在のせいか、遠くでウミネコの鳴く声がとてもよく響いている。
「キタは、私が供養しておいたわ」
可哀そうなことをしてしまったというスハラを励ますように、ミズハはいつもの笑顔で応えてくれる。
ミズハは、スイが買ってきたという団子を俺たちに勧めながら、街の様子などたわいもない雑談をする。ふと、ミズハが何かを思い出したような顔をした。
「そういえば、あのあとテンが気になることを言っていたわ」
あのあととは、浮き球が壊れたときのこと。キタが消滅した日。
「テンがね、変なにおいがしなくなったって言うのよ。何かしらね?」
キタの時も、翔の時にも言っていた“変なにおい”。
俺はそんなにおいは感じなかったし、誰もそういう話はしていなかった。それを感じているのは、この間も、その前もスイとテンの2匹だけだ。
「そのにおいに何かあるのかもしれないわね」
自分も襲われたのにもかかわらず、のほほんとしたペースを崩さないミズハに、俺は半分あきれてしまう。
だけど、それがミズハらしいって言えば、そうかもしれない。
「うん、そのままのミズハがいいと俺は思うよ」
ミズハは、俺の意図を知ってか知らずか、いつもの笑顔を浮かべていた。