第4話「ねじれたモノ12」
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旧寿原邸を出て、堺町通りへ降りていく。
客寄せの威勢のいい声や、ケーキやチョコの甘い香り。ふと聞こえるオルゴールの音。
人通りは絶えず、たくさんの楽しそうな声が聞こえてくる。
賑やかさに足を止めた俺の前を、猫が伸びをしながら通り過ぎていく。
町は、今日も平和なようだ。
蒸気時計が14時を告げる。
それを合図にするかのように、俺は歩き出した。
この間、町を騒がせた事件は、俺たちの目の前で犯人が消滅するという最悪の結果を残してひっそりと幕を下ろした。
あれ以来、事件そのものについて、スハラとは話をしていない。そのスハラは、サワさんとは何か話していたようだけど、それ以外には、特にいつもと変わった雰囲気はないし、サワさんやミズハ、オルガも、特に変わった様子はなかった。
一連の事件で、翔やキタが言っていたことは、人間と付喪神の関係に大きく関わることだ。
自分が正当であるかのようなあの言い方は、お互いの存在を決して認めず、敵対するだけのもの。
あれを聞いて、俺は違和感しかなかったけれど、スハラたちはどうだったのだろう。
“付喪神”という彼女たち自身の存在をどう考えているのか。
気づくと、旧岩永時計店のそばまで来ていた。
あの事件以来、オルガにも会ってないなと思って、俺は時計店へ足を向ける。
扉越しに中をのぞくと、オルガの姿が見えた。難しい顔をして、何か本を読んでいるようだ。俺は、こんにちはと声をかけながら、扉を開けた。
「あら、尊、いらっしゃい」
オルガは本から顔をあげて、いつもと同じ笑顔で迎えてくれる。
「今日は一人なのね」
「あぁ、依頼もないし、たまには散歩でもしようかなって思ってね」
スイとテンみたいに、いつもあちこち行くわけじゃないけど、たまには事件も便利屋への依頼も関係ない、ただの散歩もいいんじゃないか。
お茶とお菓子を勧めてくれるオルガにお礼を言って、椅子に座る。
「オルガは何見てたの?なんか難しい顔してるように見えたけど」
オルガの手元に目をやると、それはお菓子作りの本だった。裏には、図書館のラベルが貼ってある。
「お菓子づくりでも始めるの?」
時計店には、いつもお菓子が置いてある。今日みたいに突然ふらっと遊びに来ても、お茶やたくさんのお菓子でオルガはもてなしてくれる。
軽い気持ちで聞いた俺に、オルガはため息をついた。
「う~ん…ちょっと、始めてみようかなって」
オルガにしては歯切れの悪い返事だ。
「何かあったのか?」
俺は何か深刻なことでもあるのかと心配して聞くと、オルガは、部屋の奥を伺うようにしながら、声を潜めた。
「実は…」
「こんにちは!サワー!遊びに来たよー!」
時計店の扉が勢いよく開けられ、オルガの声をかき消すかのように表れた突然の来訪者。
ぶんぶんと音がしそうなくらい尻尾を振りながらご機嫌で現れたのは、スイとテンだった。
そして、その声に呼ばれたサワさんが、いつもの不機嫌な顔で奥から現れる。
「…どこに行く?」
不機嫌そうな声は、意外にも遊びの誘いに乗り気なようで、いそいそと出ていこうとする。
その手には、半透明のビニール袋。透けて見えた中身は、たくさんのお菓子。
「…行ってくる」
サワさんは当たり前のように、スイとテンと出かけて行った。
1人と2匹が嵐のように去っていったあと、ぽかんとする俺の横で、オルガがため息をついた。
「見たでしょ、今の」
うん、見た。何だったのだろうかというくらい、一瞬のできごとだったけど。
「最近、ああやって出かけていくのよね。いえ、出かけるのはいいんだけど…」
オルガが言いたいことはわかる。多分、サワさんが手に持っていたものが問題なんだろう。
「…お菓子が、大量に消えていくの」
消えていく先は、テンとスイのおなかの中。
オルガが再びため息をつく。
「…だから、いっそ作ったほうがいいかなって…」
三度目のため息をついたオルガは、手元の本に目を落とす。
俺は、そこでちょっとした違和感に気づく。オルガが本当に悩んでいるなら、サワさんは気づくはずだ。だけど、さっきのサワさんは気にしているようではなかったし、だとすれば、オルガは本気で悩んでいるわけではないのだろう。だったら、俺が言えることは。
「オルガ、作ったら、俺にも食べさせてよ」
俺はとびきりの笑顔を向ける。
それにつられて、オルガも笑顔になる。
「まったくもう。勝手なんだから」
後日、オルガが事務所に届けてくれたクッキーは、甘くて、とてもやさしい味がした。