第4話「ねじれたモノ⑧」
水天宮を後にしたスハラは、事務所に戻るのかと思いきや、反対の方向へ足を向ける。てっきり帰るものと思っていた俺は、不思議に思ってどこへ行くのかと聞くが、返って来た返事は意外な場所、旧岩永時計店だった。
「もし、見回りしてるところを狙われたとしたら、オルガも危ないかもしれない」
旧岩永時計店に着くなり、スハラは中に声をかける。しかし、返事をしたのはサワさんだけだった。
「お前ら、どうしたんだ」
「サワ、オルガは?」
「ちょっと前に図書館に行くって出かけたぞ。それよりお前ら、酷い音だな」
サワさんに言われて、俺は「火の鳥」を思い浮かべる。「カスチェイ王の魔の踊り」の冒頭のような恐ろしさが、身体中にまとわりついているのかもしれない。
そんな音を聞き取ってか、普段表情をあまり変えないサワさんが眉をひそめる。
「オルガがどうかしたのか?」
サワさんの声に、少しの怒気と少しの不安が含まれる。
「まだわからない。…私、探してくる。尊、行こう」
スハラはすぐに踵を返し、時計店を後にする。背中に、サワさんから声がかけられるが、スハラはかまうことなく足を進めていく。
オルガが向かったという図書館は、旧岩永時計店から少し離れたところにある。歩いていくなら15分くらいか。
道すがら、俺はスハラに話かける。
「どうしてオルガが狙われると思うんだ?ミズハだって、偶然だったかもしれないだろ」
「確かに偶然かもしれない。オルガも何ともないかもしれない。だけど、嫌な予感がするの」
こういうときのスハラの予感は、当たることが多い。
「この間、尊の同級生に遭ったとき、付喪神に否定的なこと言ってたでしょ?あれがずっと気になってるんだ」
あのときの翔の違和感に、やっぱりスハラも気づいていたようだ。
「今までも私たちの存在に懐疑的な人はいたし、いろいろ言われたこともあったけど…最近はあそこまではっきりと態度に出す人はいなくなったと思ってたんだ。だけど、あの人はすごくはっきりと、敵意みたいなものを隠してなかった」
俺にとってスハラやミズハは当たり前の存在だけど、それを認めない人も確かに存在する。だけど、彼女たちの存在は、この街の歴史において彼女たちの“本体”である建物や物が大切にされてきた証拠で、街の誇りと言ってもいいもののはずだ。それを認めない、否定するということは、ある意味では街の歴史まで否定することになるだろう。
「私たちの中にも、過去にいろいろ言われた経験から人間嫌いを隠さないヒトはいるし、態度にはっきり出さなくても、なるべくなら人と関わりたくないって思っているヒトがいるのも事実だよ。だけど、せっかく同じ時代に同じ時間を生きてるのに、そんないがみ合うなんてもったいないと私は思ってる」
俺も、スハラの言うとおりだと思う。
俺自身も、ヒトと仲良くするなんてって言われたことはあるし、ヒトから人間のくせにって言われたこともある。だけど、スハラやミズハは変わらずにいて、街のことや人々のことを想ってくれている。
「もし、あの人のような敵意が、人間だけでじゃなくてヒトにも広がっているなら、私もそうだけど、人間と仲良くしてるヒトは危険だろうと思ったんだ」
話しているうちに、国道まで来てしまった。
「おい」
突然腕をつかまれて、俺はうわっと驚きの声をあげてしまう。そんな俺の声に、スハラも振り返って身構えた。