第4話「ねじれたモノ⑦」
「スイ、ぶつかった人は見たのか?」
「見たけど、見てない。黒くしか見えなかった」
俺はその言葉に、先日、暗闇で出遭った翔の姿を思い出す。黒い影、虚ろな眼。
「男とか女とか、大人とか子供とか、そういうのはどうだったの?何かわかる?」
スハラに重ねて問われて、スイは俯いて考え込む。その表情からは、おそらく何もわからないのであろうことが推察される。案の定、
「わかんない。おとこの人のような気はしたけど…」
少しの沈黙。そして、スイははっとしたように、顔をあげた。
「一瞬、変なにおいがした気がした」
「変なにおい?」
それってどんな?とスイへ先を話すよう急かす俺に、スハラは、落ち着いてと止めにかかる。
スイは困ったような顔をして、自信なさそうに話し出した。
「…この間の、尊の同級生のときのような…なんか変なにおいが、すれ違ったときにしたような気がする」
それは、どういうことだろう。聞きたいことはいろいろあるのに、俺の頭に浮かぶ疑問はうまく言葉になってくれない。
スハラを見ると、俺と同じなのか、難しい顔をしたまま黙ってしまっている。
その時、ミズハの動く気配がした。
「う…ん、あれ、…みんな集まって、こわい顔してどうしたの?」
「ミズハ~!!」
気が付いたミズハに、テンが泣きながら飛びつく。ミズハは、一瞬びっくりした顔をしてから、優しくテンの頭をなでた。
「ええと、これは…何かあったのかしら?」
本気で言ってるのかわからない、いつものミズハのペース。
「ミズハ、階段から落ちたって聞いたよ。大丈夫?」
起き上がるミズハに、スハラは手を貸しながら、何があったか覚えているか確認していく。でも、ミズハからわかることは、スイから得た情報と大して変わりはなかった。
犯人に関する情報は、スイが感じたという“変なにおい”だけ。
さすがにその情報だけでは、犯人を特定するのはかなり難しいだろう。
「たまたまぶつかっただけだと思うんだけどね~」
のんびりと言うミズハは、こんなときでもその雰囲気を変えない。
でも、あれだけ急な階段で「たまたま」ぶつかるなんて、不自然すぎる。
「ミズハ、せっかくなのに悪いけど、見回りはやめたほうがいいかもしれない。これ以上は本当に危険な気がする」
スハラの言葉に同意するように、スイが首を縦に振る。テンはミズハにくっついたまま動かない。
「だけど、人手が足りないでしょう?私なら大丈夫。怪我もしてないし…」
危機感を募らせて怖い顔をするスハラを前に、この期に及んでまだのんきなことを言って微笑むミズハ。いや、それがミズハの強さではあるんだけど。
「でも、スハラがそこまで言うなら、単独で行動することはやめるわ。外人坂の階段も使わないようにする。それでいいでしょう?」
そもそもミズハはテンとスイと一緒にいるため、単独で行動することはほとんどなかったから、この提案は譲歩したようで譲歩していない。しかし、こうなってしまったミズハが引くことはないとわかっているスハラは、しょうがないかとしぶしぶ頷く。
「ミズハ、無理だけするなよ」
俺はミズハに念を押して、本堂を出ていくスハラについていった。