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【ガリーナが泣いた理由】

【ガリーナが泣いた理由】


 ガリーナは、昔から泣かない子だった。


 ユキが物心がついた頃から、そうだ。父や母の言いつけを従順に守り、叱られることもほとんどなかった。父や母の本当の子供ではないからという遠慮だったのか、それともガリーナの性格故なのかはわからない。恐らく前者だったのではないかともユキは今更ながら思う。


 ガリーナが涙を見せたという記憶で、印象的な出来事がある。ユキにとって強い罪悪感も刻みつけた出来事だから、強く記憶に残っているのだ。


 何がきっかけだったかは、もうわからない。

 ただ、ユキは辛辣にガリーナに言い放った。


『お父さんとお母さんの、本当の子供じゃないくせに』


 ユキは、ガリーナのことを幼少時疎ましく思っていた。

 ガリーナは良い子で、その美しさから周囲の大人にも可愛がられていた。


 父や母は、自分やレイフよりもガリーナを大事に想っているようで、それでいて模範的な”いい子”であるガリーナに、ユキは良い感情を抱いていなかった。



『本当のおうちに帰ってよっ!ガリちゃんなんか、いなくなっちゃえ!!』



 怒鳴った時、ガリーナは呆然としていた。



 まだ5歳にも満たなかった少女にも、自らが拒絶されているのは理解できたのだろう。

 その後すぐに、ごつんっと頭に衝撃が走ったのを覚えている。



 父が容赦なくユキの頭に拳を叩きつけたのだ。父は、かなり怒っていた。母のサクラが『もう良いんじゃなぁい?』と止めるくらいに、父は激怒していた。子供心に、胸倉をつかまれた恐怖も強く覚えている。



『ガリーナは家族だ。いなくなれなんて絶対に言っちゃなんねぇ』



 怒って声を張り上げるのではなく、父はドスが効いた声音で低く言った。今までになく怒られていることに、幼少のユキは声も出なかった。


『そんなこと言うなら、お前がいなくなれ』


 父は、容赦なかった。


『お前が家から出てけ』 


 本当に、家から閉め出されたのを覚えている。絶対に家にはいれないという意思表示なのか、鍵までかけられて、ユキは家を追い出された。


 ユキは、言葉を失った。親から見放された恐怖で、指一本すら動かせなかった。


 子供にとって、親は絶対の存在だ。彼等に怒られれば悲しいし、彼等の手から離れて迷子になれば喪失感を感じる。ユキは父を怒らせたことで、行き場のなさを感じ、家の前で動けなくなってしまった。


『―――やだーっ!!!』


 ユキは、泣き喚くことなどできなかった。

 でも家の中にいるガリーナは、激怒する父に対して泣き喚いた。


『姉さんがいなくなるのなんて、やだっ!!』


 家の中から騒がしい音が聞こえてくると、家の扉が開き、ユキの身体にガリーナが飛びついてきた。


 その体は大げさに震え、姉がいなくなる恐怖を感じていた。激怒する父に反抗する恐怖も、あっただろう。ガリーナは必死にユキを求め、大粒の涙を流していた。


『姉さんっ!ねえさぁん!!』


 普段模範的な”いい子”であるガリーナとは思えない、大泣きする様子だった。


 ユキはあまりにも意外で、きょとんとしてしまった。


(この子は自分のことを家族と思っているのに、ひどいことを言ってしまった)


 しがみつくガリーナの背に腕を回し、ぎゅっと抱き寄せる。



 ガリーナの中で、ユキは間違いなく家族なのだ。ひどいことを言われようと、姉の自分が家から追い出されることなどあってはならないと考えている。


 泣きながら自分に縋るガリーナに、たまらなく愛しさを感じた。


(ガリちゃんは、家族なんだ···)


 髪色も違う。瞳の色も違う。あきらかに自分と血が繋がっていない妹。

 それでも、自分たちは家族なのだ。


(ガリちゃんを泣かせる奴は、許さないんだから)


「···お母さん、ガリちゃんに何を言ったの?」


 ユキは、レイフとパパゴロドンが出ていったあと、すぐにコナツに言った。コナツはむぐっと口をへの字に曲げる。


(このお母さんは···本当、お母さんっぽくないよね···)


 サクラとコナツは同一人物のはずだが、やはりコナツの方が格段に幼い。自分の母と同じ性格のはずだが、自分たち姉弟を産んで育てたサクラと同じ人物とは思えない。


 いくら同じ顔で、声であろうと、別人物のようだ。


「お母さん〜···」

「お母さんって呼ばないでよぉ!あんたみたいなおっきい子···!」

「検査したんでしょ〜?なら、私とレイフきゅんがお母さんの子供だってわかったでしょ?」

「···わかったわよ。あんた達の言うとおりだったけどぉ···」


 コナツは釈然としない感じで、口を尖らせる。


 自分たちと血の繋がりがあることを、あっさりと認めた。


(さすがに検査してわかったなら、反論もできないってわけか)



 ガリーナも、昔言っていた。

 遺伝子情報は決して嘘をつかない。歴然とした事実しかないため、誰も反論などできるはずがないと。



「じゃあ、操縦権くれる?おかーさん」

「それは話が違うわよ。何言ってんのよ馬鹿」


 コナツがきつい口調で言った。ユキは微かな笑みを貼り付けたまま、かちんとする。


「あんた達があたしの子供であろうと、あたしのマスターの設定は変わらないわよぉ!あたしのマスターじゃなきゃ、あたしは言いなりになんかならないんだから!!」

「···はぁ」


 ユキは深くため息をつくしかない。少し予想はしていたが、そういう理屈になるのか。


「おかーさんは本当さぁ···そのマスターに忠実なんだねぇ〜」

「あったり前よぉ!」

「そのマスターの子供であるガリちゃんが、危険な目にあっても平気なの?」


 ぴたりとコナツの顔が、静止した。


 わからないはずが、ないではないか。


 遺伝子の検査をすると言って2人は部屋に入り、ガリーナは出て行った。

 レイフとユキは、間違いなくコナツの子だ。となれば、もう1つの検査でショッキングなことがわかったのだろう。


 ユキが泣くような事態とは―――。


「お母さんのマスターはさ、アクマだったの?」


 遺伝子は嘘をつかないと信じている、科学者の卵が涙を流す事態。


 そしてコナツが、マスターの名前を言えないようにされている理由。


 クォデネンツを我が家が所有していたことなども考えると、コナツというゴーモもかつてアクマが所有していたのではないかとユキは疑っていたのだ。

「お母さん」

 ユキは真摯に、コナツを見つめた。コナツは真顔で、否定することも、肯定することもせずにいた。


(でも、お母さんのマスターがアクマだったら)


 ユキは自身の考えが揺らぐ。そう、もしコナツのマスターがアクマだったとしたら、おかしいことがある。


(アクマは、アシスのゴーモを所有していたことになる)


 悪名高いアクマは、私設軍アシスのシオン・ベルガーに倒された。 



 コナツは、『あたしはアシスの所有ゴーモだもん』と言っていた。コナツの発言だけがおかしいのだが―――彼女は嘘をついていないと思われる。


(まずは、正しい状況を確認しないと···)


 自分達だって、追われてばかりではいられない。


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