vsハルロネ
――ミエ・ベル・メイリア組 vs ハルロネ戦
「ああもう、しつっこい!」
「それはこっちのセリフだ!」
「…………」
「えいっ、えいっ!」
戦況は膠着状態と言えた。主に自身で戦えるミエとベルがゴーレムと戦い、横槍を入れてくるハルロネをメイリアが牽制しながらゴーレムも攻撃する形である。ベルが戦えるのは勿論サブリナのお陰であるし、ミエはグレイスに鍛えられていたからだ。一方、鍛錬をそこそこに切り上げざるを得なかったメイリアについては未知数となっているが、主な役割が魔法の使用であるため問題は起きていない。
「ちくしょーが! アルモよぉ!? これじゃ押しきれねーっつってんだろ! 聞いてんのかゴルぁ!!」
「お前、口が悪すぎないかぁ!?」
「下品ですね」
「くおら! そこのメイド! 聞いてんぞ! テメエんとこの飼い主は男の股間を蹴り上げるのを最上の楽しみにしてるってなぁ!」
「えいっ、えぶふっ!」
突然の言葉の不意打ちに、メイリアの集中が途切れる。
「あっ、こらメイリア! 気を抜くな! そんな言葉遊びにやられてるんじゃない!」
「ご、御免なさいっ!」
「……失敬ですね。誰がその様な本当の事を?」
そこに冷静に真実だと肯定した上で「だから?」と言わんばかりのベル。
「ぶふっ!」
「えっ? ちょっ! ……ぶははっ! 何だそりゃ!? って、ヤメロこらぁ!?」
これにはメイリアばかりでなく、ミエの腹筋まで巻き添えを食うのであった。
「ええぇ……何でそんな反応? ダーリンも蹴られたってか、最初の犠牲者だって聞いたんだけど」
「うわははは! ヤメロっつってんだ……めい、りあ?」
「「………………」」
ハルロネのダーリン発言と、最初の犠牲者というキーワードを切っ掛けに、メイリアから極寒を思わせる、昏い怒りが噴き出してきた。その異質さに、思わず3人の動きが止まる。
「ダーリンって……誰のこと?」
「……っ!? ひひっ、だ、ダーリンはダーリンよぉ? 私の、良・い・ヒ・ト」
「誰のこと?」
「ぅなっ、何よ! あんたも薄々気付いてるんでしょうが! バモンよ! バモン・グラジアスよ!」
「……そう。とりあえず貴女を倒してから詳しく聞かせてもらうわね」
「はぁっ!? アンタ如きに私を倒せると……」
ズドドドドンッッ!
それまで小石程度の石礫を高速で飛ばしていたメイリアが、拳大程の大きさに変えて速度も増し、ゴーレム達を一掃したのだ。それまでの石礫でもゴーレムの身体にヒビを入れたり一部砕いたりしていた物が、二回り以上大きくなって速度も増したのだから当然とも言える。
「………………」
「おいおい……こんな事できるなら最初からやってくれ」
「……は? はぁっ!?」
「はぁふぅ……。じゃあ、倒すね?」
「ちっ! 野郎共! 出てこい! ……やっぱり血肉の通わねえ土塊じゃ意味ねえなぁ。士気なんざ関係ねえからよぉ」
「……新手か。メイリア行けるか? 次はヒトの形所か人間そのも……」
「関係ありません。あの女を倒します」
「お、っおう、そうだな(大丈夫か? あいつ……)」
「(我々で補佐致しましょう)」
「(そうだな。……お前本当に優秀だったんだな。何か分かんないけど凹むわぁ……)とりあえず、邪魔な雑魚から片付けるぞっ!」
「はっ!」「はいっ!」
「やれるもんならやってみなぁ! ソイツ等ぁうちの部隊のなかでも精鋭中の精鋭だからよぉ!」
そうして投入された敵部隊と交戦を始める。メイリアが小さな礫でもって上手く敵を分断し、ベルとミエを1対1ないし1対2に調節し、隙あらば自身でも敵兵を屠っていた……のだが、ここで問題が起こった。
「ぐあっ!」
「……っ!」
足を大きく斬り裂き、深手を負わせて動けなくなった敵兵への止めを、ミエが躊躇ってしまったのだ。
「ぬぅぅ……舐めるなぁっ!」
「あっ!」
ズドンッ!
「げぶっ!」
「………………」
止めを躊躇って窮地に陥ったミエを助けたのはメイリアだった。大きな礫で敵兵の頭を弾いたのだった。
「躊躇っては駄目ですよ!」
「あっ、ああ、悪い……」
しかしミエの視線はメイリアが放った石礫で確実に死んだであろう敵兵の方へ向けられていた。メイリアは状況のまずさを感じ取り、大きな礫を無くして小さな礫で弾幕を厚く張り、少しばかりの時間を稼ぐ事にしたのだった。
「………………」
バキッ!
「ぐえっ! ぶばばばばっ……」
それでも弾幕を何とかくぐり抜けてきた敵兵は、ベルが殴って流れるような動作で弾幕の外へと投げ飛ばす。哀れ敵兵は投げ飛ばされた先で蜂の巣……と言うより、石礫で袋叩きみたいになっていた。
「いけませんね」
パンッ!
「……あっ?」
ベルが今だ呆けているミエの頬を叩き、襟元を掴んでぐいと自分の方へ引き寄せる。
「相手の命より自分の命。例え相手が命乞いしようと、戦場に留まる限りは全て刈り取る覚悟を決めて下さい。どうしてもできないのなら、せめて相手を無力化して下さい」
「……あ、ああ、そうだよ、な」
「もう一つ」
「な、何、だ?」
「貴女の外の側の人はどう考えてますか?」
「 !? 」
ミエはベルに言われるまで、自分が『ベルミエッタ・サイランス』という人物に転生した事をすっかり忘れていた。フローラは勿論だが、ジュリエッタやエリまでも『外側の人物』との対話をしたことがあるという。今のベルの口ぶりからして、彼女も対話したことがあるのだろう。しかしミエは何となく接触を避けていた。拒否されたらどうしよう、と。
「……このままじゃ駄目だよな」
そうつぶやいたミエは、心の中に深く潜り込んで、中に居る本来の身体の持ち主に話し掛けるイメージを思い描き……
(「たるんでおる!!」)
(うわっ!?)
接触を試みるなり、すぐさま怒鳴られた。
(ご、ごめ……)
(「戦場に立つならば戦え! それが武人であろうが!」)
(そうなんだけど! 私は……人を殺した事が……怪我を負わせた事だって……)
(「で、あろうな。お主の過去はちょくちょく見させてもらった」)
(ええ!? 見れるもんなの!?)
(「普通は無理であろうが、お主は割とガードが甘い」)
(ぬああああ!?)
ミエは何を見られたのかという恐怖と、見られたらやばいアレコレを想像して複雑な感情に身悶えした。
(「まぁな……あの様な平和な世界に育っておったなら致し方無かろうよ。故に少しばかり手を貸そう」)
(……手を貸す?)
(「お主は魔法を使え。私が敵を斬る! それで万事解決ぞ!」)
(そんなことできるの!?)
(「なに、臆病なお主が初めて私に語りかけてくれた故な。少しばかり、私も気張るとしよう」)
(あり……がとう)
「……すまん、迷惑を掛けた。もう大丈夫だ」
「……メイリア様っ!」
「はいっ!」
メイリアは弾幕を解くと、先程と同じくミエとベルに有利な形を作り出す。
「はっ! 穴が分かったならそこから潰せば良いやなぁ!? 野郎共! あいつだ! あいつをぶっ殺せぇ!」
「「「「「おおっ!」」」」」
「そう上手く行くかな?」
「ぎゃあっっ!? ……かふっ」
「……はぁ!?」
ミエは先程までの引け腰から一転、相手をあっさり斬り倒して喉を斬るという、熟練の武人の様な動きを見せた。
「ちょ、何なのそれ! 何でいきなり強くなってるのよ!」
「ぎゃあぎゃあうるさいぞ! うぬの仕事は喚くことかぁ!?」
「ぬあっ!? むっかつく……そこのガキにできることが、私にできないとでも思ってんの!?」
そういうとハルロネは炎の塊をミエに投げ飛ばし、今までやってこなかった攻撃に不意を突かれたミエは直撃を喰らってしまう。
「あっははは! 馬鹿ねえ! 偉そうな口を聞いてるからこうなんのよ!」
「であれば、うぬが一番酷い目を見ぬとな?」
「は!? え!? ……はぁ!?」
「うぬ等がよく口にしているあの『げぇむ』とやらでの私の能力を忘れておるのか? 困ったものよのぉ」
「回避率のアップ……ってそんなレベルじゃないでしょうが!」
「何を言うておる。『げぇむ』での効果と現実の能力は少しばかり齟齬があるじゃろうに? 現にロドミナとかいう輩の士気を下げる能力とやらは、変身能力で敵地に潜入して裏切り工作を行う事で実現しておったろうに」
「っつか、何なのよその鬱陶しい喋り方は! さっきと違うじゃない!」
「これは私の生来の喋り方よ。中の者とは違うて当然であろう? 久々に剣を手に斬り結ぶ事ができて少々気が昂ぶっておるがの!」
「……ああ? 転生先の本来の肉体の持ち主か? ちっ……よくそんな面倒臭い真似しやがんなぁ。しょうがねえ……そろそろ呼んじゃおっかなぁ? ね〜ぇ? だーぁりぃんっ♪」
ギィンッ!
「むっ? 貴公も武人か? しかし……剣筋が甘いなぁっっ!」
ズバァッ!
「ぐぅっっ!」
「……バモン君っ!?」
メイリアの悲鳴と共に、石礫の弾幕が途絶える。ミエに斬りかかって返り討ちにあったのは、敵国に寝返ったとされているバモン・グラジアス本人であった。
「なんと? この御仁が……??」
「そぉよぉ? 私のダーリンこと、バモン・グラジアスよぉ!!」
「……これは困った」
ミエはそう言って辺りを見渡す。敵の精鋭とやらは数を減らしつつあるものの、今だ無視できないレベルで残っている。そしてバモンとやらも、結構な怪我を負わせたつもりだったが、何故か回復していた。
(「ふむ、戦闘不能にした数と計算が合わんな……」)
「ベルミエッタ様」
「どうした?」
「ハルロネの能力は……」
「うむ……お主の能力! 回復ないし生命力を共有する魔法と見た! 如何か!?」
「ああっはぁ! 良ぉく分かったわねぇ? ……まぁ何度も死んでそうな怪我した奴が回復してたら気付きもするか。ちなみにダーリンとも繋がってるわよぉ?」
「……!?」
「ふむ。……では皆殺しする覚悟で望まねばな。ベル、メイリアに指示を」
「はい」
「はっ! 何したって無駄よぉ! 私とダーリンの前に、アンタ達は平伏せば良いのさ!」
「そうはならんさ」
ハルロネが吠え、ミエが不敵に笑みを浮かべて躱す。……対ハルロネ戦はバモンを敵方に加え、佳境へと差し掛かっていくのであった。