それと、マティエ
「えっ……と、みんな揃ってなにしてるんだい?」
タージアの修行中に現れた次のお客。それはルースと、誰でもない、あいつだった。
「失礼する」言葉少なにのしのしと、俺と同様の巨躯が木製の床をきしませた。
いつもながらの漆黒の毛並みに、同様に誰でもにらみつけているかのような三白眼。
そりゃ俺だって警戒もする。以前暴れた経緯があるし、そのあともまた錯乱して暴れたのだし。
だがそんなマティエが妙におとなしく感じられるんだ。あの時のような、その場に居合わせているだけでギスギスした雰囲気に陥る……そんな気配がかなり抜けている。
「みんなにお礼……いやお詫びを言いに来たんだ。ラッシュたちのおかげでマティエが良くなったってことでね」
ルースのその言葉に続いて、若干照れくさそうな顔をしながら……
「……すまなかった」あの女が、深々と俺たちに頭を下げてきた。
マジかよ。なにをしでかしたって絶対に自分からは謝ることはないくらいの傲慢なツラで通してきたあの女が!?
あろうことか、俺たちに謝っているだなんて!!!
「ラッシュ。その節は迷惑をかけてしまった……私自身の一歩も譲ることができないプライドがずっと邪魔をしてしまって、その、つまり……」
うーん。なんかこいつも俺同様に口ベタっぽいのかも知れねえ。
「許してくれだなんて私の方からは口が裂けても言えない。自身も今に至るまでこんな性格で通してきた。だから……少しづつでも、罪滅ぼしをさせてもらえないだろうか」
「ラッシュ、いきなり調子よすぎることを言ってしまってごめん。僕の方からも謝らせてくれ」
そうだよな、いきなり現れた挙句に一方的に許せって言われちまって、ほんとこいつら虫が良すぎる。
まあ、でもこの二人が幸せそうならば、いいのかな……なんて。
「お……お断りします!」
ええっと全員で声を上げてしまった。俺じゃなくって、タージアの方からの辛辣な一言。
「タージア……」
動揺するルースに対して、マティエは妙に納得した落ち着いた顔だった。
「それって……許せられるんでしょうか、その証拠すら我々は把握してないというのに? 反省した素振りだけじゃ私は信用できません!」
つかつかとルースの前に立ったタージアは。小さな彼の頬を思いきり叩いた。
「!!!」慌ててジールが止めに入る……が。
「私だって……私だってデュノ様のことが大好きだったんです! 奴隷だった私を助けてくれて、ここまで育ててくれたデュノ様に、私は……」
メガネの下から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「ずっと大好きな想いを押さえて、ここまで生きてきた……そうだよね、タージア?」
ジールはその背中を固く抱きしめた。
「はい……無理なことだと分かっていても。だから私もマティエさんが憎かった……」
ジールの腕を振り払い、タージアは二階の部屋へと走っていった。だがここにいる誰も彼女を止める権利はない。たとえ当事者の二人にも。
やれやれ、という言葉の代わりに、ジールはいつものため息をついた。
「分かっちゃいたけど、修復するまでにはそれなりの時間かかるよ? お二人さん、そこは充分覚悟してね」
「ああ、ここへ来る際に覚悟はしていたさ」同様にマティエも深いため息ひとつ。
分からんものだな……女の心とか、恋とか愛とかっていうのは。
「それと、ちょっと言いにくいことがもう一つ……」
叩かれた頬をさすりながら、ルースがつぶやく。
「なに? また無償の仕事とか?」皮肉にも似たジールの言葉を、マティエは軽く手で制した。
「結婚のことだ……共に使命を果たすまで、私とルースの式は行わないことにした」
「え……?」
今度は俺の方が変な声を上げちまった。