タージアの秘密
「……で、アンタたち雪かきもせずに一体なにやってんの?」
テーブルを挟んでタージアと、そしてチビ。見るからに異様なにらめっこ状態が続いている。
しかもタージアが朝メシ食い終わってから昼の今までずっとだ。
「おねえた……」
「ひゃっ!」
チビがちょこっと動くたび、タージアが悲鳴をあげて逃げ出しそうになるのを、俺が引き留めるってやり方。
「ジ、ジールお姉様! 許してくださいこれにはワケが!」
「おねえたん」
「きゃあっ!」
なんつーか……側から見てたらなにバカなことしてんだとしか思えねーし。こんなことするんだったら、外に一人で出かけて街の中一周やる方がずっとよくねえか?
「いや、だって外すごく寒いんですもの……!」
言われて見てみると、こいつ初めて会った時からずーっと同じ服着てるんだ。薄汚れてよれよれのワイシャツにひざ丈のエプロン。同様にぶかぶかのきったねー白衣を上に着て、足元は左右違ったサンダルだし。
「この子ね、あたしと一緒でなきゃお風呂も入れないんだよねー。身だしなみも必要最低限……でも、ないか」
「こ、この服じゃないと、その……落ち着けないんです。だから寒くって」
いや、言ってることが矛盾してるぞ。
それでもってジールの背後が落ち着く位置だってか。まあ一応俺と違って風呂はそれなりにしてるみたいだし。そこは大丈夫……っぽいかな。
ところで……
「タージア、お前、絵でも描いてたのか?」
こいつが肌身離さず付けているエプロンなんだが、すげえたくさんのカラフルな絵の具みたいなのがこびり付いてるんだよな。
「え、わたし絵なんか描いたことないですよ……?」
えええ? それじゃあ一体、このエプロンの汚れは?
「ああ……これですか。緑色は薬草すり潰したりで取れなくなってしまった汚れです」
……つーことはもしかして、その赤黒いのは……
「献体を解剖したりすると、どうしても血が飛び散ってしまいますからね〜」
マジかよ、お前毎日血に汚れたエプロン着てたのか!
「大丈夫ですよ。取れない汚れになってはいますけど、仕事終えた時には毎回洗ってますし、衛生面では問題ないかなと」
「いや、ラッシュの方が問題あるでしょ。仕事終えて返り血でガビガビの身体洗わないで毎日食っちゃ寝してるんだし。チビが変な病気にかからないのが奇跡じゃないの?」
「ジール、お前だって毎日泥酔して朝帰りしてここでぐでんぐでんに倒れて寝てるじゃねーか!」
「あんたみたいな耳の先から尻尾の先まで雑巾臭い不衛生な奴に言われたくないわよ!」
「あ、あの二人とも……わたし……」
タージアはジールと俺、そんな仲を取り持つみたいに、一緒にぎゅっと抱きしめた。
「そんな二人の匂い、わたしは大好き……です」
あ、ああ……しかし返り血に汚れたお前に 言われても、その、なんか……
「ずるい! いっしょにはいる!」
「きゃぁぁぁあ!」
俺とタージアの間に割って入ろうとしたチビを華麗に避け、やっぱり……定位置であるジールの後ろに収まっちまった。
まだまだ道は長そうだ。