内容の描き始め、描いてる途中、描き終わった後。
漫画家はいつ表紙を描くのか疑問に思ったことはないだろうか?
結論から言おう。描き終わった後だ。
ということで、俺は次に送るために完成した読み切りと表紙の下書きを出した。今回はすこし構図の正確さにこだわっていきたいと思う。
「やっほー、先輩何してんですか?」
「和田編集に送る漫画の表紙描こうと思ってる」
「私モデルやりましょうか?」
部室に入ってきた神奈月遙は近くにある椅子に座った。
正直願ったり叶ったりな申し出だが、今回に限って俺は断る選択をした。
「……いや遠慮しとく」
「あれ?いつもはなんだかんだで付き合ってくれるのに珍しいですね」
近づいてくる神奈月遙。
俺は意図的に距離をとった。だがそれが悪かった。俺の意図を察した神奈月遙はニターっと笑みを浮かべて距離を詰めてくる。
「ちょっと見せてください!」
「ばっ、ちょっ!」
「………ぶははははは!!!なんですかこれw」
ちょっとでも見れれば勝ちの神奈月遙と、少しでも見られれば負けの俺。隠せるはずもなかった。
案の定、漫画を見た神奈月遙は大笑い。
そりゃそうだ。俺だって馬鹿だと思う。
「ひぃーお腹痛い。『世にも奇乳な物語』ってそれでも限度ってものが、ひひっ、変な声でるw」
「そういう目的で描いてんだからいいんだよ…」
「続き読んでいいですか?」
元々は「どこまでおっぱいを大きく描けるか」という疑問から描いたコレは落書きだけで終わる予定だった。
しかし深夜のテンションというのは怖い。描いているうちにキャラの背景とかストーリーまで浮かんできて、最終的に読み切りのボリュームになってしまった。
そのまま捨てるのも勿体ないから和田編集に送ってみると大爆笑。編集部に送ってみるからちゃんと描いてみろと言われて現在。
「んふっ…!だめ…我慢すると可笑しくなるw」
…笑いの火力は充分なようだ。
ちなみにどんな物語かというとあらすじはこうだ。
貧乳に悩む女の子が悪魔との契約で「ありがとうと言われる度におっぱいが大きくなる」呪いをかけてもらった。はじめは上手くおっぱいを大きくしていったのだが、途中でつくった彼氏がとんでもないドM野郎でどんなことにも「ありがとうありがとう」と言うもんだから、あれよあれよとおっぱいがアメリカ大陸を覆ってしまった。
周囲から非難とバッシングを受ける主人公だったが、ちょうど巨大隕石が急接近するという速報が入る。混乱する中で、主人公は世界中の人々と力を合わせて自分のおっぱいで巨大隕石を跳ね返すことを決意。
そして地球サイズになったおっぱいで巨大隕石を逸らすことに成功、世界中が湧く中、みんなはうっかり言ってしまった「ありがとう」と。
「はぁー、ひどい漫画ですねこれ。本当に読み切りに出すんですか?」
そう言ってる割には、ずいぶんと嬉しそうな顔をしている。………なんで嬉しそうなんだ?
「別に連載とか考えてねえよ。編集部に俺の顔を覚えてもらうのが目的」
「でも出すんですね?」
「…出すけど?」
急に神奈月遙の顔が曇った。随分コロコロと表情が変化するなぁ…、今日は二十面相か?
「……ねぇ先輩」
一枚一枚捲りながら神奈月遙はさらに神妙そうに語りかける。
「いいんですか?成功しても…」
「しても…?」
その顔がやけに深刻そうだからつられて俺も神妙な気持ちになる。
「……おっぱい作家として名が轟きますよ?」
「………」
「お〜〜っぱ〜い〜さぁっかとして〜!!!!」
「聞こえてるわ!!!」
「てへ!」
てっきり聞こえてないと思って!と、神奈月遙は悪戯っぽく舌を出した。俺が閻魔なら迷わず引き抜いてる。
なんだよ…ヤバいことでもあったと思って心配したのに。
「でもこの表紙はダメだと思いますよ?」
「なんでだ?」
机に放置していた表紙をつまみながら神奈月遙は続ける。
「なにを描いてるかよく分かりません。私が笑ったのって読み切りの最初のページですし」
「…詳しく頼む」
「うわいきなり食いついた、なんで」
「……別にいいだろ」
実を言うと二人で過ごした時間は案外ためになっている。
神奈月遙に指摘されたり、実際に検証した部分のクオリティは確実に上がっている。
添削だらけの修正版でも、神奈月遙との経験を参考にした部分だけは、よく褒められていた。
そんなことを本人に言えばからかわれるので言わないけど。
「まあいいです、よく見てください。地球の隣に大きなおっぱい。ネタバレですし、初めて見る人には意味が分かりません。これって読み始めと読み終わりのインパクト両方が欠けるってことになりませんか?」
言われてみるとそうだな…目先のインパクトに囚われすぎたか。
「……なら描くべきはもっと王道の…ヒロインの立ち絵だな」
「そうそう!だから私がモデルになってあげましょう!」
「いや…それは難しいんじゃねえかな」
「は?」
「だって胸のサイズがちょっと…」
この時俺が想定していたのは中盤くらいのやや大きめな胸だった。
それと比べると神奈月遙の胸は…なんというか少々控えめと言わざる得ない。服のシワとか影の関係で今回に限っては神奈月遙にモデルを頼むのはあまり得策とは言えなかったのだ。
「ええ〜〜!!」
珍しく神奈月遙は地団駄を踏んだ。
「じゃあなんで巨乳にしちゃうんですか!」
「これ奇乳の漫画だぞ!?」
いきなり言われたもんだから、俺は反射的に否定した。
「だからって最初からネタバレする必要はないですよ!」
待て待て論点がおかしくなってる。
「いやこれくらいはネタバレにならねえよ、そもそも変に胸を控えめにしたら変なミスリードにならないか?」
「そ、それは…、違う、そうじゃなくて…、ぅぅぅぅううううっ!!」
自分の論が強引すぎるのに気づいたのか、神奈月遙は押し黙った。でも気に入らないことがあるのだろう、何としても否定したいという感情が見え隠れしていた。
とりあえず神奈月遙を宥めなければ。
「まあ落ち着け神奈月、仮にこの読み切りダメでもまた次があるじゃないか」
「…………次?」
言ってから自分でも納得する。ふむ別にこの読み切りがコケたところで大きな問題は無い。
修正点を解決して、また新しく描けばいいだけだ。
「だからそんなに気にすんなよ」
「……………………………………」
ん、返答が来ないぞ?
なんか俯いてぷるぷる震えてるし……ん、もしかして………。
(これ…怒ってない…?)
瞬間、神奈月遙は顔を振り上げた。
潤んだ黒灼の瞳をこれでもかってくらい吊り上げ、まるで猛獣のように唸る神奈月遙。
その姿、獅子の如し。
「…………もういいです!先輩なんて巨乳に押し潰されちゃえ!」
「おい待て――」
「ばーかばーか!童貞!童貞!」
「だから話を――」
「童貞おっぱい作家~~!」
「変な属性付けんじゃねぇ!」
この日、俺と神奈月遙は初めて喧嘩したまま別れた。