『申し訳ありませんお客様、本日は台風のためもう閉めないといけないんです』
現在、夕方六時過ぎ
「うぅ…お腹いっぱいです」
「あんだけ食べればな…」
「どこか休める場所…」
「まだ帰らないのかよ」
ちらちらと街灯が点灯してるし、台風のせいで土砂降り。
それでも神奈月遙はまだまだ寄り道をする気マンマンだ。折りたたみ傘で粘っている。
「門限とかないのか?」
「いいんですよ、ルールはたまに破るからいいんです」
あるんかい。
つかつかと歩くスピードを上げる神奈月遙。待て待て土砂降りなのにそんなに急いだら――
ビュオー!
そのとき今日一番の大風が吹いた。よろける神奈月遙の身体。俺は咄嗟に彼女を抱き寄せる。
「おい危な……」
グシャ
嫌な感触がした。おそるおそる確認すると相棒のビニール傘が天寿をまっとうしていた。
同時に曇天も好敵手の死を嘆くように大粒の雨を零した。こちとら葬式中じゃ!静かにしてくれ!
ほんの数秒で俺の服はびちょ濡れになった。
「先輩!」
「と、とりあえず傘に入れてくれ」
「あそこに雨宿りしましょう!」
俺たちはかつてないほどのコンビネーションを見せて店の軒下に滑り込んだ。
普段だったら、このあと相合傘したとかで一悶着しそうだったがそれどころでは無い。
「うわズボンまで貫通してる」
「大丈夫ですか?」
俺が壁になったことで神奈月遙はあまり濡れてはいなかった。
だが雨がおさまる気配はない。これ以上いれば神奈月遙もびちょ濡れになるだろう。
「気にすんな、元々これくらい濡れてた」
「……潮時ですね。解散しましょう」
さっきまでの粘りはどこへやら、神奈月遙はあっさり帰宅を決定した。
鞄に手を突っ込むと、もう一つ折りたたみ傘を取り出した。
「これ予備なんで使ってください」
「悪ぃな助かる……ん?」
…なんで二つも折りたたみ傘持ってるんだ?
僅かな違和感。だが今までの経験が気のせいじゃないと警告する。
俺は急いで折りたたみ傘を開いた。
『ハートフルチャーミング♪フリキュア♪♪』
「お前なぁ!」
「ぷぷぷーっ、童貞の先輩には刺激が強すぎましたかw」
「取り替えろぉ!いや取り替えてくださいお願いします!!」
必死の叫び虚しく、神奈月遙はもう地平線の彼方へダッシュを開始していた。
しかしである。
神奈月遙は水溜まりに足を取られた。美しい弧を描いてひっくり返る。
間髪入れずに天然のシャワー。
シャワァァァァ――――
うわぁ……。こうはなりたくない。
踵を返す。…俺はこのままクールに去るぜ☆
「……たすけて」
「……」
「……今の私、透けブラですよ?」
「なにを交渉材料にしてんの?」
しまった振り向いてしまった。神奈月遙は満足気にニンマリとしている。
はあーあ、どうせ童貞はこういうのに弱いですよ。
フリキュアの傘を片手に神奈月遙の救助を開始する。うわほんとに透けてるよ……、色は緑か。
「えっちw」
「冗談言ってる暇あったらさっさと起きろ」
「ありがとうございます」
「おう」
軒下に戻った俺たちは再び雨宿りを開始した。いまだに止む気配はない。目に見える店もすべてが休業している。
「………うぅ、しゃがんでもいいですか?」
神奈月遙は小さくうずくまると、自分の吐息に手を当てて暖を取り始めた。
不味いな…。
状況をまとめよう。
幸いブレザーのおかげで背中はあまり濡れていない。でもそれ以外のところは絞れるほどに濡れていた。
これ以上、俺には雨に濡れた女の子を放置するという選択肢は浮かばなかった。
「神奈月、もう少しだけ歩けるか?」
「……どうしました?」
「少しアテがある」
♠♡♢♣♤♥♦♧
繁華街を歩くこと五分。
外れにある映画館が見えてきた。最近やった補修工事で小綺麗にはなっているが、回転扉とかレンガで出来た壁とか、端々から今もレトロな雰囲気が漂っている。
「ここ映画館…?ぃっくし!」
「ヒロさん居ますかー、傑人です。開けてください!」
しばらくして回転扉が動き出した。神奈月遙に入るのを促して俺も続く。
神奈月遙をロビーに待たせて、奥へ着くと初老の男性が出迎えてくれた。
「おうタク坊どうした、びしょびしょじゃないか」
「お久しぶりです、ちょっと台風で」
「まあ話はあとだ。バイト服があるから着替えろ」
「実はもう一人いて…」
「イオリか?あいつに合うサイズはなぁ…」
「いえ違くて……後ろの」
ひょこ。
「あの……お邪魔してます」
神奈月遙を見たヒロさんは固まった。
「タク坊……高飛び先はどこがいい?」
「なんで!?」
「人を見続けて二十年、言わなくても分かる。さしずめ親元から逃げ出してきた娘さんと駆け落ちしたんじゃろ?」
「ぜっんぜんっ違いますね!まず着替えさせてください!」
「じゃが詳しく話を」
「話はあと!!」
閑話休題
「ふむふむ、本当に台風に巻き込まれただけなんじゃな?」
「「そうです」」
「家出もしてない?」
「「はい」」
「……ファイナルアンサー?」
「「みのもんたか(ですか)!」」
「親御さんにテレフォンしていいか?」
「「くどいわ(です)!」」
「…まあいいじゃろ。雨が止むまでここに居るといい」
着替えた後、俺たちは事情を説明した。ヒロさんは「タク坊が女を連れ込むとは…」「これが青春か…」などと誤解を孕んだままだったけど、もういいや説明めんどくさい。
ヒロさんは温かいものを用意すると言って、席を外した。
「先輩、ヒロさんとどんな関係なんですか?」
「バイト先だよ、週末とか人が多いときに手伝ってんだ」
「おーい、暖かいもの持ってきたぞー」
「火鉢!?」
「贅沢言うなタク坊、儂の戦争頃はなぁ…」
「生まれてないだろ…」
「ふふっ……、二人とも仲がいいんですね」
ふふっ……?
俺は信じられないもの見るように横を向いた。整った顔にどこか見覚えのある自然な笑み……あ、分かった、これよそ行きの顔だな?
初めて神奈月遙と出会った、天使のような微笑みだ。
「そうかのう…?」
目線を戻すと、いるのはすっかり鼻の下を伸ばしたヒロさん。神奈月、お前は小悪魔かなにかか?
「……ちょっと飲み物買ってくるわ」
俺は離席ついでに自動販売機へ向かった。
歩きながら考える。
そういや、神奈月遙はなんで今日帰りたがらなかったんだろう。
フリキュアの下りをやるため?台風の日に?雨の日に俺のビニール傘を隠すなり、壊すなりすれば十分できる。
「それは流石にクレイジーすぎるか」
それは置いといて、台風の日に家に帰らないのはおかしい。でも粘ってた割には最後あっさりと解散しようとしたし…。
「……解散」
もしかしてまだ帰るつもりはなかった…?
いやよく考えてみれば。
「あいつ、透けブラしたとき顔赤くなかったな」
神奈月遙は自分の想定外のことが起きるとすぐに顔を赤くする。逆をいえば計画通りなうちは全然動揺もしない。
あの時「えっちw」といった彼女は顔を赤くするどころか、笑っていた。こうなることが計画のうちだった…?
「意味がわからねぇ」
深く考えるのは止めよ。
神奈月遙が身体を冷やしてることは事実、なら温かいものを持っていこう。
『――――うわっ可愛い!』
『じゃろうじゃろう?』
いつの間にか神奈月遙とヒロさんが楽しそうに会話をしていた。
こいつ猫かぶるの上手すぎねぇか?
仮にもナイスミドルのおっさんと女子高校生って話の話題が合わないだろ。一体何の話をしてるのやら。
「何してんの」
「思い出話じゃよ」
そこには俺の幼少期の写真があった。
「ホントに何してんの!?」
「子供の頃の先輩を愛でてただけですよーw」
「ヒロさん!?」
「いやのう…どうしてもハルちゃんが見せてくれと聞かんから」
「ヒロおじさん大好き♪」
「デヘヘ、そんな事言われても何も出んぞ。ほれ幼稚園の写真」
「出てんじゃねーか!」
すっかり買収されてやがる!
神奈月、お前…小悪魔どころじゃねぇよ、サキュバスだろ!?
「ぶわはははは!砂場一人で遊んでる、めっちゃボッチw」
「おいこら返せッ!」
格闘すること五分、ようやくヒロさんから全ての写真を回収した。「わしの写真なのに…」とかヒロさんはしくしくしてるけど自業自得だ。魅了が切れるまで没収しておく。
…ったく、こんなもの万が一神奈月に持って帰られてみろ。一ヶ月はいじられ続ける。
ふと外を見ると、いつの間にか雨は止んでいた。
「台風の目に入ったようじゃな、ほれ二人とも今のうちに帰れ」
俺たちはヒロさんにお礼を言って映画館を出た。
「いやー面白い人でしたね」
「こっちは疲れたけどな…、でも本当に親へ連絡しなくていいのか?」
「スマホまだ乾いてませんし、普通に帰った方がはやいです…それとも先輩と放課後デートしたって報告した方がいいですか?」
「はぁ!?デートって」
「冗談ですよw…じゃあ私バス乗らないといけないので!」
神奈月遙は俺の言葉を待たずに走り出してしまった。さっき盛大に転んだことをもう忘れたのか。
執拗にこっちを見てるのは多分の俺の反応をみて楽しみたいからだろう。
また転ばれても困るので俺は踵を返した。
歩きながらさっきの言葉を復唱する。
「デート…?」
思い出されるファミレスや映画館での出来事。飯を食われて、写真を見られ、最後もからかわれて……。
「いやこれデートじゃねえだろ」
あと普通でもねぇ。ほんとに何だったんだ今日は。でもまあ。
「ラブコメの参考にはなりそうだな」
俺は一人帰路へ着くのだった。