前線にて
その頃、レアム・ベルタエル国境付近にて。
「義父上、あの悪童の動く気配が止まったようですな
「の、様だな。何かあったか? それとも……」
「誘い出し、か?」
「いずれにせよ、あれを今の内に止めておかねば『暁の破壊神』との殺し合いになる」
「そうですな……腹を括りますか」
「怪我をして帰ったら泣かれるのぉ」
「それもやむ無し、ですな」
リア充軍人ズ、覚悟完了! ……死にはしないけど大怪我を負うのは確定か。身内ネタは喪女さんに振れないからどっちみちツッコミ不在orz
………
……
…
「久し振り、という程でもないかしらねぇ? 元気してたぁ? メアラちゃん」
「ステラ、先、生………………」
メアラは何とも言えない、泣きそうな、助けを求めるような……まるで許容を超えた失敗をして、どうして良いか分からなくなった子供のような顔をしていた。
「なんて顔してるのよぉ? たとえ敵国の尖兵に身をやつしたとしても、せめて毅然とした態度でいなさいな」
「……無理ですわ、ステラお姉様。私、そこまで割りきれません」
「あらぁ? 懐かしいわねぇ、その呼び方。貴方の先生になって直ぐの頃は、中々先生って呼んでくれなかったものねぇ。なんだか昔に戻ったみたいよ」
「……私」
「やめましょう? 貴女にも色々事情があるのでしょう? それを軽々に話して良いことでもないでしょうから……私が止めてあげるわね」
「……止めれるものなら」
二人がいざ戦いの構えを取ったその時、
「「ステラァァァああああ!?」」
「あらお父様に貴方まで。大きな声を出してみっともないですわよ?」
「そういう問題ではないわ! この跳ねっ返りが! まだ直っておらんかったか!」
「もう戦場には来ないと約束したではないか!」
「あらぁ? 私が来たのは戦場ではないわ。迷子の可愛い妹分を助けに来ただけよ?」
「「はぁ……?」」
「それに二人だとメアラちゃんに勝てないでしょう?」
「それは武力を行使できない君も一緒だろう!?」
「うふふ、だぁいじょうぶ♪ お母様の手解きは受けてますから」
「あのぉ、もう、いい、かしらぁ?」
「「 !! 」」「御免ね、待たせちゃって」
「じゃあ、いき、ます、ねえぇっっ!!」
………
……
…
「………………あそこでメアラとやり合ってるのはステラか?」
「むっ、オランジェか。今着いた所か?」
「うむ、で?」
「アレがお前とメアラを戦わせるわけにはいかんと飛び出してきたらしくてな、あの様になっておる」
「……ステラは何時牙を研いだのだ?」
「うちのが手解きしたようだな。それでも殺す程の牙では無いらしいが……」
ステラとメアラの戦いが始まって少し経った頃、オランジェの一行が現地に到着した。本体とは別行動なのか同行する兵士は少ない。ちな、ステラの夫、ゼオルグは高速百面相中だ。
「損耗率は如何程だ?」
「6割と言った所だ。身動き取れぬ故、引くに引けぬ。最悪の場合は『回復兵器』の使用も視野に入れている」
「ほぉ。あの馬鹿者め。やってくれたな。……む?」
「ぬ? 何だ? 通信兵か?」
「ほ、本国より通達! 『グレイス・シャムリア様、敵方に捕らえられ連れ去られる』……と! なお……」
「なっ! ……(ヒュッ)」
「なんだと?」
マクシマスは、グレイスが捕虜となった事を知るや否やオランジェが発した殺気の巨大さに息を呑んだ。その見るもの全てが縮こまりそうな圧力は、メアラとステラの戦いにまで及び、二人は手を止めてオランジェを見る。オランジェは鬼も逃げ出す形相でレアムの方に向き直ると、ズンズンと周りを気にすること無く進み始め……数歩進んで歩を止めた。
「どけ、二人共。邪魔立てするなら叩き潰す」
「ここより、先に、行かせ、ない、わ」
「どうなさったんです? オランジェ先輩。いきなり怒髪天モードだなんて」
「グレイス・シャムリアがレアムに連れ去られた」
「「 !? 」」
「今より救出に向かう。もう一度だけ言う、邪魔をするな」
オランジェの言葉にメアラは固まり、ステラはそれでも道を塞いでいた。
「……意外だな。お前が私の行く手を阻むとは」
「ええ、その話って多分本国から魔法を用いた通信ですわよね? 多分そのつ……」
「私は言ったぞ! 邪魔立てするなと!」
次の瞬間、弾丸の様に飛び出すオランジェを、驚いた顔をして見るステラ……を見たはずのオランジェは、気付けば地面に仰向けになっていた。
「ぐっ……!?」
「話は最後まで聞いて下さい、って何時も言ってるでしょぉ?」
「……はぁ、忘れていたよ、お前には何時も止められてしまう事を」
「お父様ぁ!」
「……お、おお!? おお、なんだ!」
「通信の続きはありますかしら!?」
「ああ! あるぞ! フローラの咄嗟の判断で、グレイス嬢の無事は保証されておるらしい!」
「「 !? 」」
「あらぁ、やっぱりぃ。流石うちの娘ねぇ(年上の、だけど)。安心した? メアラちゃん」
「………………」
「おい、ステラ。そこを確認するのは私が先ではないのか?」
「お姉様は暴走しただけじゃないのぉ。ちゃんと人の話は最後まで聞いて下さい」
「うっ……」
「………………ふっ、ふふっ、あはっ」
「メアラちゃん?」
「………………」
「本当……昔に戻ったみたい。覚えてますか? 私の教育がステラお姉様に預けられて直ぐの頃、私が意図したことではなかったけど、オランジェ先生の旦那様に怪我させた事がありましたよね」
「……あったな」
「あったわねぇ。確か、旦那様の趣味の園芸に関する事件だったわよねぇ? 高い所の枝を伐るのに、脚立に登って作業してて、ふらふらと危ないからとメアラちゃんが抑えてたのよね。でも古くなってたらしく、降りるときに一部を踏み抜いて転落して……。それに気づいたお姉様が良く確認もせず怒髪天状態でメアラちゃんに突進して……あの時は大変だったわねぇ。運良く私の来る日でよかったわぁ。大体、ちゃんと旦那様からも話を聞けば、別にメアラちゃんが悪くなかったのはすぐ分かったのにねぇ」
「うっ……あの時は何度も謝ったろう?」
「えー? 『どうやら誤解があったようだ』なんて言葉が? 謝罪? だったんですかぁ?」
「うっ、ぐ……」
「あの頃の私は事ある毎に先生の命を狙っていましたから。しかも最後は旦那様も狙いましたし、前科があり過ぎました」
「そ、そうだな。うん、そうだ」
「メアラちゃん、オランジェ先輩を甘やかさないで頂戴? 何時も方々で謝って回ってるのは私なのよぉ?」
「……そうなんですね」
「……(ついっ)」
オランジェは目を逸らした!
「そんな楽しい日々は私の宝物でした。でもお二人にもうお返しします。私は……」
メアラから殺気が噴き上がり、二人は即座に距離を取る。
「バモンのために生きることにします。姉妹を裏切っても、祖国を踏みにじっても、裏切り者と罵られようとも……弟のために!」
「……やれやれ、頑固な事だ」
「しょうがありませんわね。メアラちゃんは私が引き受けます。先輩はレアムへ」
「……任せて大丈夫か?」
「先程先輩もその身で体験したでしょう? 私の新しい武器。……まぁまだほんの少し未完成ですけど」
「……ミローナ様の護身術だったか? 未完成でアレとはな、意識が一瞬飛んだぞ? ……ならここは任せる」
「任されましたわ」
「いかせ、ない、って、いって……!?」
クルンッ ピィィイィィンッッ!
「ひうぐっ!?」
「さあ! 先輩……いえ、オランジェお姉様! 後は任せて下さいまし!」
「ははっ、そのセリフ! あの頃に戻った様な気分よな! ……ああ! 行ってくる!」
そしてオランジェは一人、レアムへと足を踏み入れていくのだった。
………
……
…
「完全に三人の世界じゃのぉ……」
「………………」
「ってぇ、そろそろ戻ってこんかいバカモン!」
バシィッ!
「……あ痛っ? はっ!? ステラァ!?」
「もうそれはええわい。アレはあの娘に任せて大丈夫じゃろう」
「そんな無責任な!?」
「儂等は儂等の仕事があろうが! ステラに嫌われたいのか!」
「閣下! 何なりとご命令を!」
奇麗な高速手のひら返しが炸裂! ……あれぇ? 割とこっちも残念なの多くない?
「……たま〜に不安になるのは何故じゃろうな。まぁ良いわ。本国よりの通達で敵方に捕虜が取られておる。その奪還のため、全軍上げてレアムを叩く事が決まった。我等の兵達も参加させるため『回復兵器』の使用許可が下りた」
「人質……っ!」
「フローラの機転で無事の安全は確保されておるらしいが……あの娘も慕う同世代の娘じゃ。絶対に取り返さねばならぬ」
「はっ! ……合流する兵を合わせれば規模は如何程に?」
「20個師団規模になるだろう」
「……レアムを更地にするおつもりですか?」
「そこまでできる程の規模でもなかろうが? ただまぁそれだけ本気という事だ」
「皇帝陛下はレアムをどうするおつもりでしょう?」
「さぁな。……しかし勝ってもない内から勝った算段はどうなんじゃ?」
「あいや、この兵力をあの国にどうこうできるとは……」
「仮の話をすれば、でしかないわい。事実メアラは引き抜かれてしもうておったし、指揮下の隊に付加されるという能力も見過ごせん。まぁもしもの話をすれば、我が国としては領地を欲してはないだろう。飛び地の領地等、面倒以外の何物でもない。かといって、タダで済ます気もなかろうがな」
「死傷兵は出るでしょうからな。……ここはメアラのお陰か人死にはありませんが」
「仮の話はここまでだ。今は来たるべき時に備えて準備するのみよ」
「了解であります」