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サブリューク・エクトカル

 注)ノーコン不在のしつこくサブリナ回ですがご容赦を。


「がっ………………はぁぁぁぁ……」

 焼け焦げた匂いと煙を吐き出す真っ黒になったサブリナ。体の一部は炭化して崩れている。一方、アーチボルドに腹部を共に刺されたハイネリアは……

「ソコマデ(ジジッ)ぼろぼろになってマダイキガアルノカ。(ジッ)驚異的なゴジンヨナ」

「あなたばぅっ……ずいぶんど、ずいぶんな、みでぐでに、なっだば、ね……」

「(ジジッ)ここまで追い込まれるとは、ヨソウダニシナカッタユエ、(ジージッ)酷く惨めな姿を晒してしまっておるな」

「……ごーでむ、だっだのね、ぶげふっ! がふっごふっ!」

 サブリナは炭を吐き出すように、激しく咳き込む。……ゴーレム。サブリナがそう形容したハイネリアの姿は、金属でできた骨格が一部剥き出しになっていたのだった。顔も左側の一部が剥げ落ち、覗き見える部分は金属のドクロの様にも見えなくはない。

「よもやカクシタトアナドッタアイテガ(ジッジッ)我が全力を超えた一撃でも屠れぬとは、いやはやナガクソンザイシツヅケテミタガ、コレホドオドロカサレルトハ」

「ごぶっ……ずいぶん、じょうぜづになっだばね」

「(ジージッジ……チュイン)ア、あー、あっあ、うむ。この私が求め続けてきた強者が、あろうことか己が弱者と切り捨てた相手となれば饒舌にもなろうて。自分を作りたもうた創造主は、自分に好きに生きよと言い残し去っていった。しかし如何に人の姿に似せられて作られたとはいえ、人の世界にどれほど溶け込もうとも自分は老いぬゆえ、いつかは周りとの関係も破綻してしまうのだ。何の酔狂で創造主が自分に戦う力を与えられたかは分からぬ。だが戦う力があるのであれば、強者と戦い散りたいと思うのは当然の帰結だったのであろう。……いや、自分はただ死にたかったのやもしれぬがな」

「………………うぐっ」

「ふむ。もはや動くのもままならぬようだな。自分はここで朽ちるであろう。しかし一人でも多く敵を討ち取って、世話になった国への奉公とさせて貰おう」

「うっふ、ぬ、ぐおおおおおおお!!」

「うぬ!?」

 サブリナが咆哮を放つと、炭化していた彼の体は粉々に砕けた!

「お、お主!? ………………それがお主の本体か」

 サブリナを形作っていた炭が砕けた中から、痩躯の男が転がり出てきた。しかしその視線は虚ろで、何かを捉えているようには見えなかった。


 ………
 ……
 …


 サブリューク・エクトカル。それがサブリナを自称する男性の元の名である。エクトカル伯爵家に生まれた彼は、他人と比べ少しばかり体躯に恵まれていたが、いかんせん5男として生まれた事が全てを決定してしまっていた。長男は多少高慢だが優秀で、次男も三男も長男の補佐をするのに十分な素質を持っていた。故に、伯爵家での彼の立場はいつも微妙であった。そんな彼が、家格を笠に着て下位貴族の生徒に対し、私刑事件を起こした一味の中に入っていた。しかも手を下した一人として……。

「………………はっ!? ここは?」

「あらぁ? おき、たの、ねぇ?」

 事件後、サブリュークはメアラによって連れ去られ、起きた時には顔を覗き込まれていたのである。

「ひぅっ!?」

「……何故、お前、悲鳴を、上げつつ、頬を染める、の?」

「そそそ、染めてなんか……」

 バッチィン!

「あっひぃぃぃんっ♪ ……はっ!?」

 サブリュークは許容量を超えた痛みに対し、快楽を覚えるという危ない世界を切り拓いてしまったのだった。主人公によって!

「……興味、深いけど、まぁ、いいわ。お前の、家は、弁えた、家、ね」

「……どういう意味です?」

「事件、発覚後、すぐさま、家から、お前を、切った、わ。まっさきに、ね」

「っ!? ……で、しょうね」

「あっさり、ね?」

「私は5男、上から三人は優秀。いつかこうなることは分かっていました」

「なる、ほど? わかって、ないの、ね」

「分かっていると言っている!」

 激昂するサブリュークの髪がわさわさと蠢く。

「……ふぅん? ま、いいわ。隣に、いるから、挨拶、なさい?」

「……結構で」

「な、さ、い?」

「ひあんっ☆ ……わはっ、かりました」

 サブリュークは隣室に控えていた父と長男に会いに、気が進まないながらも重い脚を引きずっていった。

「「「………………」」」

 しかし顔を会わせた所で、会話があるわけでもなく、ただただ重い沈黙のみが場を支配していた。どれ位そうしていたのだろうか、口の中がカラカラになっているのに気付いたサブリュークが茶を飲まんと身動きしたその時、

「お前は家を放逐する」

 ビクリ、と肩が跳ねるのを感じる。分かっていた事だというのに、父に直接言葉に出されてみて初めてその事実が重くのしかかって来るように感じた。

「馬鹿者め。適当に家同士のつながりを作る位の事もできんのか」

 兄からの突き放した言葉。彼からはいつもきつい言葉を掛けられてきたが、今回ばかりは全くその通りだと反論もできなかった。何のために皇立エスペランサ学院に入学させられたのか忘れたのか? そう責められるような思いで顔を伏せる。

「話は以上だ」

「今日よりお前は赤の他人だ」

「っ! ………………はい。ご迷惑を、おかけ、しました……っ!」

「話はぁ、済んだ、かしらぁ?」

「っ!? メアラ殿! お待たせして申し訳ない。ささ、こちらに。……お前は何時までここにいる気だ? さっさと出て行け」

「は、はい」

「あぁ、サブリューク、君?」

 メアラに声を掛けられ、3人が肩を跳ねさせる。

「君には、何日か、私の元に、来てもらう、からねぇ?」

「っ! ……は、はい」

「(それとぉ、室内の、会話、盗み聞き、してなさい?)」

「 !? 」

「(これはぁ、命令、よ)」

「(は、ひいんっ)」

「お待たせ、したわ、ねぇ」

「いえいえ、とんでもございません」

 サブリュークはメアラが席に着くのを尻目に部屋の外に出る。

(盗み聞きしろ? どういうことだ?)

 彼は不審に思いながらもメアラの言いつけ通り、息を潜め扉に耳を当てて会話を盗み聞く。

(……は愚息が大変)

(真っ先にぃ、謝罪に)

(それで、あいつの命は)

(取らない、わよぉ? シルバは、下の、取るけどぉ)

(……アレのは?)

(将来的には、分からない、けど)

(だとしても父上、命が助かるなら)

 所々、聞き取れない部分があるものの、どうやら二人はサブリュークの助命を真っ先に嘆願にやってきたらしい事が透けて来るのだった。

(嘘……だろ? 何で、父上も、兄上も、いつもは、俺の事、なんかっ……!)

 声が漏れそうだったので、音を立てない様にしつつ急いでその場を離れる。そして……人知れず嗚咽を上げ続けるのだった。やがて、一頻り涙を流し終えた頃、

「私の、言った意味、分かった、かしらぁ?」

「メアラ先生……」

「ま、それは、それ、私の所に、来るのは、別」

「は、いぃん♪」

 この後、彼はシルバと共にメアラの所へ足繁く折檻を受けに行くのだった。……嬉々として。時を同じくして、彼の髪が急激に伸び始め、それと反比例する様に体が細っていくのだった。医者によると、体内の何かが狂って異常発毛しているのだろうとの事だったが、医学に詳しくない彼にとっては要領を得る話ではなかった。……本当は逞しい男性を見ると目で追う様にもなっていたが、流石にそれは相談していない。

「にしても凄い伸びっぷり、ね」

「ええ、そうなんです。どうすればいいのでしょうか……」

「貴方、操作系の魔法よね? どうにかできないの?」

「操作……!? そうです、ね。何とかしてみます!」

 メアラの一言によって何かを閃いた彼は、後に身も心も『サブリナ』となって行くのだった……。


 ………
 ……
 …


「むうんっっ!!」

「ぬっ!?」

 サブリナは追憶の微睡より戻ると毛髪を瞬時に伸ばし、縦横無尽に張り巡らせる一方、大きな束を蛇の様にしてハイネリアに突っ込ませる。

「ぬおおお!? これがっ! お主のぉぉお! ちぃいぃ! 廻天!」

 サブリュークはその異常に発毛する毛を用いて、己が鎧、外装としての『サブリナ』を作り上げていたのだ。全身に纏うため、関節を極められれば普通に痛いし、筋肉の代わりを毛髪にさせるために、魔力=筋力の様な所もあって欠点は多い。が、本体さえ無事なら幾ら切られようと貫かれようと不死身の如く復活できるので相手には異様・脅威に映ることだろう。
 そして今、その毛髪魔法を束ねてできた巨大な蛇をハイネリアへとけしかけ、一方ハイネリアは高速回転するランスで受け止める……が、

「なんと!? 毛が絡みついて!?」

「最初から高速回転してるランスには手が……毛が出なかったけど、今なら、今の貴方なら別。最後まで私の魔法に付き合ってもらうわ」

「ぬうう! だが我が雷電まで封じた等と言うつもりではあるまいな!」

「封じたわよ? 良く考えてごらんなさい。それ程髪は雷を通し易い物じゃないわ。なのにどうして私が今まで無事だったと思うの?」

「なんと!? もしや……」

「液体を染み込ませているのよ。時と場合に応じて色々な、ね」

 サブリナが雷に強かったのは、表層に電気の流れ易い液体を、深層に油の様な絶縁体を纏わせていたためだった。

「くっ! ええい! 打つ手無しだとしても! まだだ! まだ終われぬ! ままよ! 最大出……!」

「だから、させないってば」

「りょ……?」

 ハイネリアが言葉を失ったのは、周囲に張り巡らせた毛髪魔法が殆ど電気を逃がして無力化し、かつサブリナが束ねたこれまでで最大級の髪でできた腕が……巨大な巨大な、腕が……振り下ろされたからだった。

 ドッゴオオオオオオンッッ

「………………流石に、決着よね?」

 そう言いながらもサブリナは気を抜くことなく、四肢がもげ、胴体がへしゃげて潰れたハイネリアを注視し続けるのだった。

しおり