【母の形見を、手に入れたい!】
【母の形見を、手に入れたい!】
『セプティミア』
優しい声音。
忘れられるはずもない、母の声音だった。
自分の髪を撫でるとき、彼女は必ず自分に優しく語りかけた。
悪名高いアクマの名とは思えないほどに、ティアは母に優しいイメージしかない。
もしかしたら自分が母の子供だから、そう思うのかもしれない。
『ほら、セプティミアの妹だよ』
母は、自分の前に妹を差し出してきた。
いつもすやすやと寝て、大きな物音で起きたりもしない豪胆な性格の赤ん坊。
父から母を奪った男の、子供。
『ガリーナ・ノルシュトレームは、惑星ニューカルーに逃げたようです。我々もこれからニューカルーに向かおうと思います』
ティアはぎろりと壁面に表示されている映像を睨んだ。可愛らしい外見の彼女が映像のフィトを睨んだところで、フィトは怖くもないだろう。だが、フィトは申し訳なさそうに一応は顔を歪めていた。
「いつ、捕まえられるの?」
仕事を依頼したアシスの2人からの報告を受け、ティアの機嫌はすこぶる悪くなった。
まさか、ガリーナを取り逃がすとは思わなかった。大々的に発表もしてやり、ガリーナを捕らえるための包囲網を作ってやったのに、惑星トナパから逃がすとは。
(フィトとシャワナは優秀って、報告を受けていたのに···役に立たないじゃない)
『すぐニ、捕えてご覧に入れまス』
シャワナはフィトに代わり、胸を張って言った。
バーン家の私設軍であるアシスは、コンビ制で仕事をこなす。2人は、アシスのコンビの中でもトップの成績を誇る。
「早くして頂戴。ティアは待つのが嫌いよ」
噛み付くようにして言うと、2人のコンビはかしこまったように敬礼する。
『惑星ニューカルーの星境局とも連携して、ガリーナを捕らえます』
「手段は何でも使って頂戴。ティアの名前を使っても良いわ。とにかく、早くね」
ニューカルーの星境局だろうと、警察だろうが軍人だろうが、何だっていい。
ガリーナを自らの手におさめたい。彼女を手に入れるために、こんなことをしているのだ。
『そう。ご報告が遅れておりましたが、ノルシュトレーム家の者が···』
「ガリーナを手に入れたっていう報告以外はいらないわ」
話し始めるフィトの言葉を遮り、ティアは言い放つ。
『ですが、ノルシュトレームの家の子が、クォデネンツを···』
フィトは困り顔で言いかけ、ひくり、とティアは反応した。
「クォデネンツ?」
忘れるはずもない名前だった。ティアは壁面に映し出される映像に、姿勢を正して向き合う。
「クォデネンツと言った?あの剣を、ノルシュトレームの家が持っているの?」
それは、母の剣である。
彼女の「ラル」が具現化していた機械の剣。
電子データで構成しただけに過ぎないものだが、母が亡くなった後、母のラルがなくなっていたという。
誰かに奪われたのだ。
「ノルシュトレームの···誰が持っていたの?ガリーナが?」
「いいえ、レイフ・ノルシュトレームという長男です」
「長男···」
母は、その剣を振るって戦っていた。ティアも幼い頃に剣術を学ぼうとしたが、できなかった。
バーン家の跡継ぎとして、相応しくないと。
幼い頃から母に憧れていたティアは、がっかりしたのを覚えている。
「···欲しいわね」
ぽつりとティアは言った。
(ママの剣、手に入れたい。きっと、あの人も···)
「···依頼を一部変更するわ。ガリーナの捕獲と一緒に、クォデネンツも手に入れなさい」
『かしこまりました。現在の持ち主も捕獲しますか?』
「どうだっていいわよ!そんな男なんて、クォデネンツさえ手に入れば何だって!」
ティアは怒鳴った。
クォデネンツを手に入れること以外、心底どうでも良かった。ティアが大声を張り上げれば、フィトとシャワナはまたかしこまって敬礼する。落ち着いた2人の顔を見ながらも、ティアの気持ちは高揚していく。
(ママの剣···)
アクマが持っていたという事実が、ティアの気持ちを高めていく。
(きっと、あの人も喜ぶはず···っ!)
ティアは自分の欲がむくむくと沸き起こるのを感じ取った。
自分の欲の権化は、純粋に彼を喜ばせたいというだけ。純粋すぎるが故の欲望を前に、ティアは手段など選んでられなかった。
「必ず手に入れなさいっ!クォデネンツを!」
ティアは欲望を前に声高々と命令する。