【惑星ニューカルー】
【惑星ニューカルー】
まずアクマの話から始めたとき、ぴくりとコナツの眉は歪んだ。しかし彼女は黙って聞き、3人が体験した話をすると、はぁ?と嫌そうに顔を歪める。
「あんたが、アクマの子供?」
コナツは、ガリーナのことをしげしげと見つめた。ガリーナは顔を青くしたまま、小さく頷いた。
全てを話し終える頃には、コナツの機体は宇宙空間から惑星に到着していた。
窓の外に広がるのは、砂漠の景色だった。茶色い砂がただ広がる風景を、レイフは見たことがなかった。
「意味わかんないわ。···あいつが、英雄?」
ぶつぶつとコナツは呟き、頭を抱える。
「お母さん、この惑星はどこなの〜?」
治療を終えたユキは、窓の外を覗き込みながら言った。最先端医療技術で、新しい皮膚を移植され、彼女の肩は傷一つないように見えた。しかし少しだけ動かしにくそうだ。
「惑星ニューカルー。半獣が多い、かつての地球の植民惑星ね」
コナツは答える。数多の惑星が存在するため、惑星の名前を言われても知らない。ガリーナは納得しているようだったが。
「ちなみに、あんたは何の半獣なの?」
「あ?オレ?地球の、狼って生き物だよ」
「狼···」
まさか実の母親から確認されるとは思わなかった。改めてレイフは奇妙な感覚に囚われる。
「ねぇ母さん···1つ、提案なんだけど」
「なによ」
「姉さんとレイフの、遺伝子検査をしてくれない?2人はお母さんの実子よ。確実に母さんの情報も入っているはず。そうすれば親子関係がわかるわ」
ガリーナが言った言葉に、コナツは押し黙る。口をへの字に曲げていた。
「え、でもお母さんは機械人形だよ?私達を産んだ時は、人工子宮を使ったって言ってた」
ユキが当惑気味に口を挟む。レイフとユキには、わからなかった。機械人形であったサクラが壊された今、自分たち姉弟の遺伝子情報から何を検査するというのか。機械人形やゴーモは、普通の生き物のように血液があるわけではないのだ。
「わかるわ。仮想人格が子供を残す時には、自分の情報を子供の遺伝子情報にのせるの。名前を変えようと、必ず同じコードが入っているはずだわ」
「······」
コナツは押し黙っていた。不機嫌そうな彼女の顔からは、感情が読み取れない。思案しているのだろうか。
「···いいわよ」
しばらくしてから、コナツは言った。3人は、ホッと息をつく。
「ただし、あんたのも提供しなさい」
コナツが指さしたのは、ガリーナだった。ガリーナは目を瞬かせる。
「私?私はお母さんの子供じゃ···」
「あなたは、あたしのマスターと同じ遺伝子情報だったのよ。詳しく調べさせなさい」
「マスター?」
「そう。だからうっかり起動しちゃったのよ」
コナツが、起動した理由。それはサクラから与えられた乗車権限が理由ではなかったらしい。
「母さんのマスターって、だれ?」
レイフは疑問を口にする。
現状わからないことだらけだが、サクラが誰のゴーモだったかはわかっていなかった。
「だーかーら!*****よ!」
コナツは噛み付くように言った。しかし、聞き取れない。言語が理由なのかと思っていたが、それはどうしても聞き取れない名前だった。少なくとも父ではない。
「名前のデータが、故意に消去されてるんだよ」
ガリーナは言った。
「所有者の名前を言えないなんて、ゴーモとしてありえない。故意に所有者が名前のデータを消したんじゃないかな。だからお母さんは言えない」
「名前のデータを消去···故意にそんなことするって言ったら···」
レイフには、父のことしか思い出さなかった。父は自分の名前を、コナツから消したのではなかろうか。母が名前を変えたように、父もーーーと思った。
(だとしたら、変えなきゃいけない理由は···)
アクマの子供を隠すため?やはりガリーナは、アクマの子供なのだろうか。
でも、それも変な話だ。もし父がコナツのマスターだとしたなら、父はアクマと契り、ガリーナを産んだことになる。
「お母さん、検査ができる環境があるなら、私も同席させて」
「はぁ?何で···」
「私も調べたいのよ。···何かをしていないと、私···」
コナツはガリーナの弱々しい顔を見て、鼻を鳴らした。ガリーナの顔には不安がいっぱいで、思わず抱きしめたくなるような庇護欲にみちていた。
「ガリーナちゃん···まだ、わからないよ」
レイフは言った。彼女の不安を少しでも取り除けるように。
「レイフ···ごめんね。私、今、どうしたら良いかわからないの」
自分の励ましの言葉は、ガリーナには届かない。まだ自分たちは、何もわかっていないのだ。ガリーナの性格上、何もわからないままでは、不安を払拭することはできないのだろう。
「わかったわよ。あなたは、こっち来なさいよ」
「···ありがとう、お母さん」
コナツはガリーナに手招きをし、奥の部屋を開けた。扉が開いた部屋にレイフも入ろうとしたが、ユキに止められる。
「今は、専念させてあげなよ。検査をしている間は、忘れられるんだから」
ユキが神妙な顔をしていた。グッとレイフは押し留まり、閉まっていく扉を見つめた。コナツはガリーナと話しながらも、2人で扉の中に消えていった。
2人が消えていった時、コナツの機体の中には野太い警報音が鳴り響いた。ギョッとしていると、レイフとユキの後ろの壁面に映像が表示される。
「な···なんだ!?」
レイフが驚きの声を上げる。
表示された映像は、恐らく外の風景だ。コナツの機体の閉じられたハッチを、人型の生き物がノックしている。
砂にまみれたカバディンに乗っている、黄金の毛の半獣の男だった。
『あらぁ、ニューカルーの星境局の人だわねぇ』
「星境局···!?」
コナツはのんびりとした口調で言った。特に慌てた風では無い。
『そりゃ惑星に無断で入れば、星境局の奴は取り締まりに来るわよねぇ。惑星入国の手続きとかは、あたしじゃなくてマスターの仕事だもん』
レイフはユキを見る。彼女は焦った顔で、こくこくと頷いた。
「本来ならね〜、惑星に入るときはその惑星の星境局に入国申請しないといけないんだ。申請せずに入るとぉ···罰金、または逮捕で取り締まられるという···」
「まじかよ···」
勿論、3人はそんな手続きをしている暇はなかった。コナツの独断で近くの惑星に着いてしまったのだ。
『あんた達、謝っといてねぇ。必要ならお金も払っといてぇ』
「ちょっ、母さん!?俺たち追われてるだって!」
『良いじゃない、捕まっちゃえばぁ!?』
ひどい言い方である。サクラだったらそんなこと言わないはずだ。
(母さん···!!若い時、手ぇつけらんねぇ···!)
「まずいよ〜。宇宙連合は、星境局にも連絡取ってるだろうし···ガリちゃん捕まっちゃうかも···」
ユキも同様に慌てる。
星境局になど見つかったら、ガリーナが捕らえられてしまうかもしれない。
(まずい···どうしたら···)
冷や汗をかいていると、ハッチが自動的に開いてしまった。
「ちっ···あのクソババァ···」
「あ、お、おい!」
ユキは大きく舌打ちし、6JLを具現化して構えていた。途端に顔が険しくなるユキの腕を掴む。彼女は眉間にシワを寄せ、開いていくハッチを睨んでいた。
「仕方ないだろ?クソババアが味方してくれねぇなら、私達でガリちゃんを守るしかない」
「だからって最初から好戦的に···」
「敵は一人だ。そいつ仕留めれば良い」
「いや···!星境局は、倒していいやつじゃないだろ···っ!」
アシスの軍人ならともかくとして、だ。ユキの腕を掴むが、彼女は6JLを構えている。
「レイフも、剣」
ユキは鋭く言い放つ。レイフは、決して彼女の言う通りにはしなかった。あの剣をまた出すことには、躊躇する。
「どうもー、惑星ニューカルーの星境局のもんだけどー」
ハッチが開ききり、中年の男が顔を覗かせる。人型の、半獣だ。黄金の毛の獣だが、ドラゴンのような太い尻尾を地面に引きずっている。どこかのんびりとした口調は、戦意を失わせる。(が、ユキは6JLを構えたままだ)
彼は、レイフとユキを見ると、目を丸めた。ハッチを開いたら武器を構えた女がいるのだ。彼は何も武器を持っていなかったが、何故だが余裕な笑みを浮かべた。
「なんだー?随分警戒されてる感じなんだなー」
「あ?」
彼は、のそりとコナツの中に入ってきた。ずるりと彼のしっぽが床をこする音がする。
(何の半獣だ···?)
レイフは純粋に疑問に思った。半獣なんて、数多の種類がいる。その惑星の原生生物と地球人の混血が多いからだ。
「久々にこの機体を見て、イリスが来たんだなーと思ったけど、来たのは子供達な感じかー」
温厚な彼の口から出た言葉に、レイフとユキは目を瞬かせる。
「一目見てわかるぞー。お前ら、イリスの子だろー?」
「え···と、父さんのこと···?」
「ああ、イリスとは古い知り合いな感じなんだなー」
黄金の毛の半獣は、緩やかな笑みを浮かべて言った。