【敵の船】
【敵の船】
少女は自分たちの抱擁をかわしながら、引きつった顔をした。
「なに!?なによ!?なんなのよ!?か、母さん!?古の詐欺なの!?あたしが、あんた達3人を産んでる訳ないでしょぉ!?コナツちゃん、騙されないんだからぁぁ!」
「母さんだよっ!母さんは···俺たちの母さんのサクラだっ!」
「誰よそれ!?日本の名前言われたってコナツちゃんは騙されないわよ!?」
少女は膨らみに乏しい胸を張り、キッと3人を睨む。
「あたしはゴーモ《コナツ》の対人インターフェイス、コナツ!!このゴーモよっ!ゴーモが子供産むなんて、詐欺にしてもお粗末過ぎる話よぉっ!!」
ーー少女は声高々と、コナツの名前を名乗った。これには3人は、目が点になる。
どう見ても、コナツはサクラである。母親の顔や声を間違えるはずがない。彼女の口調や、その性格だってサクラとしか思えない。
「···もしかして、母さん···」
ガリーナはぼそりと呟き、レイフとユキを見てから、コナツを見た。
「母さん···いつから起動してないの···?最後に起動したのはいつ···?」
「···あたしはあんたの母親じゃないけど、地球時間での約201,480時間ぶりよぉ···。それが何!?」
「23年ぶり···やっぱり」
瞬時に地球時間で時の経過を計算するガリーナは、神妙な顔で自分たちを振り返る。
「この母さんは、姉さんを産む前のバックアップデータよ。機械人形が先なのか、ゴーモが先なのかはわからないけれど、彼女は母さんの昔の仮想人格のバックアップデータ。23年前のデータじゃ、私達のことは知らないわ」
「え!?ど、どういう···」
レイフは突然言われても、納得できない。というかーーー。
「···え!?な、何よそれぇ!?も、もっと簡単に言いなさいよぉぉ!!」
言われた本人も動揺し、慌てている。わたわたとしている若い母を見て、やはり自分と親子だなぁとレイフは失笑した。
ガリーナに難しいことを言われても、わからないのだ。
「え〜と、え〜と···まぁ···コナツは、昔の母さんって認識してれば問題ないよね···?」
ユキは恐る恐る訊き、ガリーナは大きく頷く。
「全く問題ない。その通り」
「はぁぁ!?何よそれ!!意味わかんない!!」
コナツは大きく叫ぶ。
「いきなり子供とか言われてもわかんないわよぉ!!大体23年って···あたしのマスターは、*****なんだからぁ!!あんた達を乗せてあげる義理なんかないわよぉ!!」
感情を荒ぶらせ、コナツは叫ぶ。何だかサクラの時よりも口調や思考が幼い。
「コナツちゃん!あんた達を乗せてなんてあげないんだからぁ!」
「···え」
ぴたりと、ゴーモのコナツの機体が宇宙空間で止まった。窓の風景が静止したからわかった。さすがに3人は動揺する。
「あんた達には、コナツちゃんの操縦権はないもの!!コナツちゃん、近隣の惑星に着地します!そこで降りてよねぇ!!」
「ちょっ、待てよ母さん···オレ達は···っ!」
「あーあー!!知らない聞こえないぃっ!」
コナツは耳を塞ぎ、その場から消えてしまった。まるで最初からそこにはいなかったかのように、粒子ともに瞬時に消えてしまった。
コナツの機体が進路を変えた。その進路はーーー下に落ちていくようだった。本当に近隣の惑星に着地しようとしているのだ。
「おかーさーんー!!話聞いてー!!」
ユキが叫ぶが、コナツのインターフェイスは現れない。もう話を聞く気がないようだ。
(母さんに会えたと思ったのに、昔の母さんとか···っ!)
サクラだったら、きっと全てを知っていたのだろうーーというか。
「何で名前違うんだよ···っ!」
「多分···アシスからの追手をまくためなんじゃないかな···」
レイフの疑問に、ガリーナは言った。どういうこと?とユキは首を傾げる。
「アシスの軍人は、お母さんのことも、ゴーモのコナツのことを知っているみたいだった···。母さんは···アシスと接触しないように、名前を変えて···ゴーモも隠してたんじゃ···」
「アシス?」
ガリーナの目の前に、再びコナツが現れた。突然現れるから、ガリーナも目を丸め、つい後ずさる。彼女は地に足をつけていない。まるで幽霊のように、ふんわりと宙を舞う。紫のワンピースのような服が、ひらりと揺れる。
「何?アシスをまくって···あたしは、アシスの所有ゴーモよ」
「アシスの···!?」
3人は顔を見合わせる。
アシスのーーーゴーモ?サクラが?
「え?お母さんから聞いたことある?」
「ねぇよ。そんな話···」
サクラがそんなことを話してくれたことはない。そういえば、彼女の昔の話は聞いたことがない。
どうして父と母が知り合ったのか、それすらも3人は知らないのだ。
「アシスのゴーモだったから、アシスの総長だとかテゾーロのルイス様も知ってる風だったのかな」
ガリーナの言う通りだった。サクラは、何故かアシスの総長と、あのテゾーロのルイスを知っている風だった。
「お父さん、昔は軍にいたって言ってたよね」
「···父さんが、アシスにいたってことか?」
えーと、とコナツは引きつった顔で手を上げた。
「···あんたらが言う父親って、誰なのよ?あんた達があたしの子供ってことになると、つまりあたしが結婚した相手?」
「イリス・ノルシュトレーム」
コナツの顔が、険しくなった。
「イリスぅ?知らないわ。そんな奴、アシスにも所属していないわーーあたしの23年前の記録だとね」
3人は顔を見合わせる。23年前の母は、父を知らない?
「お母さん···どこの惑星にもとめないで。お願い」
「嫌よ。あんた達は、あたしのマスターじゃないもの」
ユキは甘えた声でお願いするが、コナツは鼻を鳴らして否定する。
「追われてるんだよ、あたし達」
「マスターじゃない奴に何を命令されても、聞かないわ。···ちょっと」
コナツは否定的なことを言いながらも、ユキに視線をやると、そのままじぃっとユキのことを見つめた。
「怪我してるじゃない。嫌ねぇ」
コナツは嫌そうに言うと、腕をふるった。彼女が腕を振るうと、奥の扉が開いた音がする。開いた扉からとことこと、20センチほどの機械人形が歩いてくる。人型ではなく、クモのような形をしている機械人形だ。
クモ型の機械人形はぴょんと跳ね、ユキの肩に飛び乗った。
「簡単な治療くらいはしてあげるわよ。下手に悪化されたら面倒だものぉ」
「母さん···」
コナツは鼻を鳴らす。嫌そうな顔ではあるが、きちんと治療してくれるのか。
(母さんは、やっぱり母さんだ)
治療をしてくれるということだけで、かつてのサクラの片鱗は感じることができた。
「···どうせぇ、あんた達を降ろすまで時間はあるんだしぃ、あんた達の話を聞かせなさいよ」
クモ型の機械人形は、ユキの肩の治療を始め出す。
「この23年であったことと、あんた達がアシスに追われてる話」
レイフが躊躇していると、ガリーナが口を開いた。彼女は理路整然と、まずは23年前から起こった時の事を語った。