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【バレちまったものは、仕方がない】

【バレちまったものは、仕方がない】



 惑星ファンタンには、長年強い雨がずっと打ち付ける気候に設定されていた。



 ゼノヴィアシステムによって、あえて地球でいうスコールのような雨が降り続けているのだ。理由は、惑星ファンタンで多く採集される作物が、雨を降らせないと育たないためだ。



 ずっと雨が降れば、空は灰色の雲に閉ざされ、地面は常にぬかるんでいた。



「···この惑星は···不便でしかないですねっ」



 惑星ファンタンの岩場を、10数人の男たちが隊列を組んで進んでいた。男たちはそれぞれ、姿形が皆異なっている。ふさふさとした獣もいれば、透明な人型のツークンフトもいる。



 ぶつぶつと文句を言ったのは、ふさふさとした獣の男である。隊列を組んでいる男たちの中では、恐らく一番若いだろう。不思議な水色の毛に覆われた皮膚に、魚類のような顔をしている。比較的地球に近しい惑星ジェーンに住むツークンフトである。



 彼は他の男たちと同様に、大きな袋を肩に担ぎ、指定された場所に停まるゴーモに向かっていた。



「きな臭い仕事だと思いましたけど···っ、こんな辺境の惑星に連れられて···っ」



 魚類の男はぶつぶつとぼやき続ける。皆が荷物の重さに言葉を失う中で、若いからか彼だけはぶつぶつと文句を言える余裕があるようだ。



「ラルも使えないしっ」

「うっせぇ!黙って運べよ···っ!」



 前を進む、機械人形の男が凄む。彼は元々人型のツークンフトらしく、機械化しているのは腕と足だけだ。機械なのだから重たい荷物を運ぶなど朝飯前に見えるが、そうではないらしい。



 惑星ファンタンでは、ラルの使用ができない。かの作物を多く取得するために、ラルの電波が有害になると言われているからだ。今どきラルが使えない惑星など、惑星ファンタンくらいだろう。



「かっかすんなよ···余計疲れる」



 物憂げに、魚類の男の隣にいる半獣がため息混じりに言った。

 強い雨から身を守るようにしてフードを深くかぶっているが、その獣耳と尻尾は衣服に穴を開けて出している。大きな耳と尻尾は雨によって濡れてしまい、本来の毛の量よりも細くて貧相に見える。



「さっさとゴーモに乗って、撤退しようぜ···。せっかくの地球戦争終戦記念日だ」

「···うっす」



 前を歩く機械人形の男が、静かに同意する。半獣の男の黄金の瞳をちらりと見て、渋々といった感じだ。男の荒々しい、どこか狼のような獰猛さを秘めた顔の雰囲気に従わざる得ないようだった。



「おめぇも、ぶつぶつ言ってると体力消耗するぞ。体力温存しとけ」

「···Iさん」



 魚類の男は、半獣の男の通称を呼んだ。



 隊列を組んで歩く男たちは、仲間ではない。金で雇われた傭兵である。一応リーダーは機械人形の男ということになっているが、与えられた任務をこなすことに関しては、「Iさん」がリーダーシップを取っている。



 彼の本当の名前は、知らない。この仕事は極秘であり、本名を名乗り合うことは許されていないのだ。



 6日間、このグループは一緒に過ごしているが、魚類の男は「Iさん」には一目を置いているようで、彼の言うことに常に付き従うしかなかった。



「···もう少しだ」



 強い雨は、半獣の男の声もかき消す力があった。

 ただでさえ徒歩で歩いているため、彼らは体力を消耗している。皆が疲れて切っているのだ。瞳が虚ろだ。





「動くなっ!!」





 大きな声を張り上げられ、皆がピタリと足を止めた。傭兵たちはうつろな瞳を、億劫そうに向ける。

 隊列の前に突如として白い服を着た軍人が現れのだ。それも、数は10人ほどになるだろう。黒い銃を持ち、隊列を組む自分たちに向けている。



「···なにか」



 一番前にいた機械人形の男が、ゆっくりと両手を上に上げる。しかし彼は抱えている袋を下ろそうとしなかった。

 それが、今回の任務である。どんなことがあろうと、この荷物を誰かに渡してはならない、と。必ず、指定の場所に送り届けるようにと言われているのだ。



「貴様ら···」



 軍人が厳しい顔で自分たちを睨む。魚類の男は、心から後悔していた。



(6日間、頑張ったのに···っ)



 魚類の男は、この6日間のことを思い出す。指定された場所に行き、指定されたこの作物をーーー袋いっぱいに詰め込んだことを。



(やっぱり、どんなに割が良くても···違法な仕事に関わるんじゃなかった!)



 作物の名前は、へブナ。



 昔の言葉で言うと、麻薬に該当するだろう。この惑星だけでしか取れず、自分たちはこの麻薬を指定の場所に届けるための傭兵だ。軍人たちに取り締まられることもあるだろうが、何とかしろという無茶な依頼を受けている。



(逮捕される···っ!)



 軍人を相手に、何とかできるはずがないではないか。魚類の男は、この仕事に関わったことを深く後悔する。へブナの密輸は、懲役どれくらいだっただろうか。ちゃんと調べてから、仕事を引き受ければ良かった。



「···ぐっ!」

「ひっ!」



 魚類の男はびくりと大きく体を跳ねさせ、後ずさった。威勢がいい軍人が、突如ばたりと倒れたのだ。



「た、隊長···っ?」



 後ろにいた軍人たちが次々と動揺する。倒れた軍人を抱き起こし、揺する。彼は深く目をつぶり、唸り声を上げる。



 死んではいないようだ。だが、何が原因で倒れてしまったかはわからない。



「たいちょ···っ!!」



 隊長を抱いている軍人も、突如として胸を押さえ、地面にばたりと倒れた。隊長の身体に覆いかぶさるようにして体が倒れる。

 何が起こっているか、まるでわからなかった。



「き、貴様か···っ!!」



 1人の軍人がーー魚類の男を指差す。



 自分は何もしていないーー顔を青ざめせると、隣にいた男がへへっと笑う。

 そこで魚類の男は、軍人が指さしているのが自分の隣にいる男だと知る。



「バレちまったか。安心しろよ、麻酔銃だ。眠るだけだよ」



 魚類の男は、ハッとして隣を見た。



 「Iさん」は、雨合羽の隙間から銃を軍人たちに向けていたのだ。漆黒の銃は、随分使い古されている感じがする銃だった。



 しかも、この惑星ではラルが使えないため、具現化した武器ではないのだろう。



 見たこともないような、重そうな銃を彼は持っていた。レーザー銃なのかすら怪しいがーー銃弾も、この雨の中では見えなかった。発砲音も雨にかき消され、聞こえない。



「貴様が···イリス・ノルシュトレームか!!」



 軍人の中の1人が、叫ぶ。

 イリスと呼ばれた男は、ぴくりと眉を吊り上げる。



「あ?名前漏れてるのか?」

「我々はアシスだ!バーン家の命令で、貴様を捕えに···っ」

「アシス?」



 イリスが目を細め、怪訝な顔をした。同じ傭兵たちの中でも、動揺が広がる。



(バーン家ってテゾーロだよな?アシスは確か···バーン家の私設軍)



 軍人の中では、かなり優秀な集団だと聞いている。何せ、20年前にあのアクマを倒したのは私設軍アシスだ。

 名高い軍人達が在席したという集団が、どうしてこんなへブナの密輸などを取り締まろうというのか。



「アクマ信仰者が···っ!!」



 吐き捨てるように、軍人は言ったが、すぐに男は倒れてしまった。

 叫んだ軍人が倒れたのを皮切りに、残りの軍人たちを間髪入れずにイリスは撃ち抜いていく。やはり音もなく、レーザーも見えない。素早すぎる銃の撃ち抜きに、他の傭兵たちはぽかんとするしかなかった。



「···よえぇな。本当にアシスか?」



 軍人達が倒れてから、イリスは言った。馬鹿馬鹿しいと失笑する彼の顔を、傭兵達はまじまじと見つめるしかない。



「···アクマ信仰?」



 機械人形の男が、呆然として言った。皆が同じ疑問を思っていたことだろう。



(あのアクマを信仰する···異端···)



 魚類の男も、自然とイリスから遠のいた。

 魚類の男の出身惑星も、アクマに侵略された。彼女の圧政の下、苦しめられた親族はたくさんいたと聞く。何を好き好んで、アクマを信仰しなくてはならないのか。



「俺が?おいおい、冗談じゃねぇよ」



 イリスはくだけたように笑った。



「俺は何も信じてねぇよ。信心深くない質なんでね。アクマだなんて、信仰もしてねぇよ」

「そう···なのか?」

「おうよ。奴らのでまかせだろう。さっさといこうぜ」



 イリスは声を張り上げ、前を指差す。雨の中で、ゴーモの姿も見えない。それでも自分たちは前を突き進まないと、この惑星から逃げられない。

 機械人形の男も、前を歩き出す。魚類の男はまだ進めずにいた。



「しかし···あんた、強いんだな。どっかの軍にいたのか?」

「あー、ずっと軍人だったよ。でも軍隊ってのは堅苦しくてさ、嫌になっちまってな」



 機械人形の男が前から話しかけ、イリスは平然と答える。

 彼は、進めずにいた魚類の男を、振り返ってきた。黄金の瞳に見られたとき、どきりとする。



 まるで獰猛なケダモノに睨まれたように、たじろぐ。



「N」



 彼は、自分の名前を言った。あくまでこの仕事での通称である。



「俺、先にゴーモの所行くわ。おめぇ、この荷物持って来いよ」

「え!?」

「もうそんなに遠くねぇし、ゴーモを操縦して持ってきたほうが効率的だろ?頼むわ」



 作物が入った袋を投げ捨てられ、慌ててNは拾う。合計4つの袋を担ぐことになり、魚類の男は慌てた。



「Iさん!?Iさーん!」



 慌てる魚類の男の姿に、他の傭兵達は笑う。確かに、イリスの申し出はありがたかった。皆が疲れ果てていたし、軍人がいるとわかった今、早く仕事を終わらせたかった。



「あーあ」



 身軽になったイリスは、深々とため息を吐く。1人で前を進むイリスの顔も、その声も、誰も聞こえていない。





「バレちまったか」





 イリスは憔悴もまじらせた顔つきで、後悔するように言い放った。

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