【ガリーナを逃がすものか】
【ガリーナを逃がすものか】
明るくなった空の下に、ペスジェーナの亡骸が転がる。
1体は焼け焦げており、もう1体は叩き潰され、最後の1体に関しては原型をとどめていない。潰れたペスジェーナの姿は、思わず目をそらすしかないようなーー残酷な姿に変わり果てていた。
「···あれが、コナツ?」
焼け焦げたペスジェーナの上に腰掛け、シャワナが言った。彼女は髪を自在に動かし、硬化した髪で空を飛んでいるゴーモを指差す。
フィトは、空を見上げた。彼もシャワナも、怪我一つしていない。銃を持った同じアシスの軍人は息を荒くしている一方で、2人だけが平然としていた。
(あの半獣の男の子に、急所を聞いておいて良かった)
フィトはレイフに少し感謝をする。この惑星トナパには、原生生物が多すぎる。いくらフィトであろうと、この惑星の原生生物すべてを暗記することはできない。
「···俺も現物は見たことないけど、そうなんだろうな」
「逃げちゃったケド」
「あんな大きなゴーモ、すぐに見つかる。本当にコナツなら、名前も機体に書いてあるんだから」
「そうナノ?こっカラじゃ見えなイ」
「日本語で、コナツと文字が書いてあるはずだ。総長から聞いたことがある」
「ニホンゴ?どこの言語?」
シャワナは知らないだろうと思った。彼女も辺境の惑星出身で、地球には遠すぎる文化圏で育っている。説明したところで、彼女は興味などないはずだ。
「フィト、敵を討てなくてざんネン?」
にぃっとシャワナは笑う。フィトはあからさまに嫌そうな顔をした。
「セプティミア様からのご命令は、捕獲だ。間違えるな」
シャワナはすぐに殺そうとするーー彼女は殺すことが大好きなのだ。相棒として長い付き合いになるが、フィトからしてみると彼女は単なる殺人鬼だ。
「フィト、アクマの子を殺したくはなイノ?」
アクマの子、ガリーナ。悪名高いアクマの娘。
フィトは以前、アクマの画像を見たことがある。彼女の顔は閲覧制限がかけられているが、アシスの総長であるバルメイドが所持していたからだ。
幼い記憶に鮮烈に残るほど、美しい人だった。ガリーナはその美貌の片鱗を受け継いでいる。
「···彼女は、アクマの子供だ。アクマ本人じゃない」
「父親を殺シタ女の娘ヨ」
ーーフィトは、先程ガリーナを見た時、妙な錯覚に囚われた。
自分の父親を殺した女が、目の前にいるのではないかと。
(とんだ妄想だ。あくまで彼女は娘でしかないのに···)
フィトの父親は、アクマに殺された。かつて私設軍アシスに所属していた父は、テゾーロに反旗を翻したアクマの軍と対峙したのだ。アクマの部下ではなく、アクマ本人がフィトの父親を斬ったと聞いている。
まだ幼かったフィトに、父の記憶はない。かつてアシスの総長を務めていた父は、テゾーロであるルイス・バーンに忠誠を誓い、軍人として最後まで務めたーーと、母から聞いた。
フィトは、父を亡くして嘆き悲しむ母の姿を見て育った。自分にとって父がいないことは当然でしかなかった。物心がつく前に亡くなっていたからだ。しかし長年、嘆き悲しみ続ける母を見ていると、段々と苛立ちと憎悪が育っていった。
何故母は、嘆きながら暮らさなくてはならないのか。
自分1人ではーーー母は、幸せになれないのか。
幼い頃の寂しさと一緒に、むくむくと暗い憎悪感が、小さな体を蝕んでいった。
(あの女がいなければ、母は···俺は···)
フィトは、自分自身の母の姿を思い出す。今でも父を亡くした喪失感を抱える母の姿は、悲しく、それほどに父への愛情が深かったのだろうと想像させる。
「···ガリーナは···アクマの子だが、それだけだ」
フィトは自分に言い聞かせる。母親代わりに自身を育てた機械人形を壊された時のガリーナの顔を思い出す。
美しい顔が放心し、絶望に染まった時の顔はーーあのアクマの顔を思い立たせた。
不思議と、心地良い達成感を覚えた。
「捕らえ、セプティミア様に献上する。俺は任務を遂行するだけだ」
(これは任務だ。感情で動いてはだめだ)
フィトは言い聞かせる。
何度ガリーナの姿を思い出しては、今まで放置されていた憎悪が心中で弾むのを感じる。
アクマの面影がある彼女を痛めつけたら、どれほどの快感が待っているのだろうか?
(だめだ···。軍人として、間違っている···)
弾む胸を押さえ、フィトは静かに深呼吸をする。
「そウ?間違って殺してもイイんじゃなイ?」
殺人鬼である相棒が、甘く囁く。
ぎらぎらと怪し気な光を目に灯すフィトを、けしかけるように。
「···あいつらを、追うぞ」
フィトはきびすを返し、「ラル」で自らのゴーモの位置を表示する。シャワナは肩をすくめ、ペスジェーナから飛び降りた。
「必ず、ガリーナを捕獲する」
フィトはくすぶる怨嗟を押し殺し、強い語調で言い放った。