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【ペスジェーナから、逃げろ!】

【ペスジェーナから、逃げろ!】



 ペスジェーナを相手にするときは、背後から襲うのが基本なのだ。彼等の殺傷力は強く、正面から戦いを挑むのは無謀すぎる。それも厄介なのは、巨大な生き物にしては珍しく、群れをなすことである。



(2匹···残りの3匹は、アシス連中の方だよな···2匹は連携してやってくる)



 注意深く見ているとーー木々の影から、2つの目が、すっと消えた。と思えば、1体のペスジェーナが勢いよくレイフのユキを丸呑みにしようとばかりに飛び込んできた。



(やっぱり!!)



「ユキっ!」



 レイフは地面にスライディングし、1体のペスジェーナをかわす。地面に体を擦り付け、肌に地味な痛みが走る。



「···とっ」



 ユキは飛び跳ね、ペスジェーナの体をかわす。ペスジェーナは頭を地面に食い込ませたが、素早くとぐろを巻き、急所を隠す。



 正面からこられると、やはり尻尾の先にある心臓を突き刺すのは難しい。ペスジェーナも自分の心臓を守ろうとしている。



(まともにこいつらを相手にしてたら···本当に追いつかれる!)



 フィトやシャワナに追いつかれたら不味いーーレイフはペスジェーナ越しに、ユキに手を伸ばした。



「ユキ!逃げよう!」



 今いる位置は、コナツの機体からそこまで遠くはない。全速力で走れば、逃げれると思った。



「····っ」



 ユキは悲鳴にならない声を上げた。彼女は勢いよく自分に駆け寄り、青ざめた顔で自分を突き飛ばす。



 突き飛ばされたレイフは、目を見張る。叫び声を押し殺したユキは、ペスジェーナの口の中にいた。



「ぎっ···!」



 叫び声を押し殺そうとしたのだろう。歯を食いしばり、ユキはペスジェーナの口の中でーー口を決して閉じさせまいと、ペスジェーナの上顎を持ち上げていた。鋭い牙に触れまいとしていたが、彼女の肩に牙が食い込もうとする。



「ユキ!!」

「逃げ···てっ···!」



 ユキは声を押し殺し、さっさと逃げろとレイフに視線をやる。彼女の肩に突き刺さる牙を認識すると、レイフの心臓がきゅっと縮むような思いだった。



(もう1匹のペスジェーナは、オレを狙っていて···ユキが気づいたおかげで、オレは···)



 2匹のペスジェーナがいることは認識していたはずなのに、どうして頭が回らなかったのだろう。



(もう1匹の存在に気がついていたのにっ!)



 悔やんでいる暇はなかった。もう1匹のペスジェーナが威嚇の声をあげる。ハッとしてクォデネンツを構えれば、もう1匹のペスジェーナはとぐろを巻きながらもレイフに対して正面から挑んできた。レイフはクォデネンツで、ペスジェーナの牙を弾く。



「この···っ」



 大きくクォデネンツを振るえば、ペスジェーナは警戒したように首を引く。ユキを飲み込もうとするペスジェーナの口からは、ユキの血が滴る。血の匂いに、レイフは怒りを覚えた。



 どうして、ユキの血が流されなくてはならない。これ以上、自分はーー家族を傷つけたくなどない。



「ユキを···離せよっ!!」



 レイフは叫び、ユキを飲み込もうとするペスジェーナの首に斬りかかった。

 正面から挑むのは危険だというのがペスジェーナ狩りの基本だが、かのペスジェーナは何とかユキを呑み込もうと必死になっていた。

 無防備にさらけだされた首に斬りかかると、ペスジェーナが痛みにもがき苦しみ、緑色の液体が噴出する。



「だーーーーっっ!!」



 怯んだペスジェーナの口を開き、ユキが地面に着地する。さすがにレイフはペスジェーナの首を切断するまでの深手を背負わせることはできなかった。けれど、浅い傷であろうと、首に受けたダメージに1体のペスジェーナは地面にばたんと倒れる。



 とーーもう1体のペスジェーナが鋭く、咆哮した。



「逃げるぞ!!」



 予想していた反応である。レイフはペスジェーナの唾液にまみれたユキの手を、強引に引っ張り、駆け出した。



(ペスジェーナは群れの生き物!仲間が倒されたら···そりゃ殺す勢いで追ってくる!)



 もう1体のペスジェーナは、土の中に飛び込んだ。怒りに満ちた咆哮は、レイフに向けられているものだろう。



「くっそー!絶対に今度ペスジェーナの丸焼き食ってやるからな!!覚悟しとけ!」

「ユキ!あいつら肝しか食べれないからっ!」



 血が滲む肩をおさえつけながら、ユキは叫んだ。2人は全力で走った。みしみしと唸る地面から、いつどこからペスジェーナが地面から突き出してくるかわからなかったが、それでも走るしかなかった。



 走りながら、後ろの地面がもこもこと盛り上がるのがよくわかる。人型のツークンフトがわからないほど微量な音だが、レイフの獣耳にはよく聞こえてきた。



「ユキ!あれだっ!」

「コナツっ!?」



 コナツの機体が、やっと見えてきた。灰色の機体は憮然と地面の上に屹立している。



「ガリーナちゃん!ハッチを開けてくれっ!」



 レイフは「ラル」の画面を表示し、声を張り上げる。レイフとユキは勢いよく走っていたため、すぐにコナツの機体の壁にぶつかった。冷たい壁に触れながら、大声を張り上げる。



『今開ける!』



 ガリーナの声が、指輪の「ラル」から聞こえてくる。しかし、ハッチが開く気配はなかった。



「ガリーナちゃん!?早く···っ」



 レイフには、地面からペスジェーナが突き出ようという音が迫っていることがわかっていた。急がせるようにハッチを叩く。



 ーーまた、咆哮と共にペスジェーナの頭が地面から突き出てきた。怒りに震える声音と共に、ぎょろりとした2つの瞳が自分たちを睨む。



「しつこい···っ!」

「やめろ!もう怒らせるなっ!」

「でもさぁ!」



 かちりと、機械音が微かに鳴った。レイフがハッとすると、ユキの真後ろでハッチが開いていく。レイフは僅かに扉が開いた瞬間、自分より先にとユキをコナツの中に押し込んだ。



「きゃっ!!」



 ハッチの中にいたガリーナが、ユキとぶつかったために軽い悲鳴を上げる。2人は重なる様にコナツの床に倒れた。



「ごめんっ!」



 レイフは謝罪の言葉を口にしながら、自分もコナツの中になだれ込もうとしたーーー時。

 自分に、影が落ちーー独特の口の臭いが強くした。





 後ろを振り返れば、目があった。





 ペスジェーナの、大きな目だ。牙が自分の襟に食い込んでおり、強い力で自分の体を引きずり出そうとしている



「ちょっ···こいつ···!」



 目の前に掴むものがなく、レイフはコナツから引きずり降ろそうとされていた。せめて掴まるものがあればーーー。



「だーーーっ!しつこいんだよっ!!」



 目の前から、青い閃光が発射された。

 光り輝く閃光は、ペスジェーナの目に躊躇なく撃たれる。ユキに勢いよく撃たれたせいで、ペスジェーナはレイフを離す。



「ハッチ閉めろ!発進!!」

「わ、わかった!」



 ユキの言葉に反応し、ガリーナが自らのラルで操作をする。



 素早く、ハッチが閉まった。ペスジェーナの瞳が、レイフの視界からばたんと消える。

 ーーーハッチが閉まり、ペスジェーナが見えなくなってから、レイフは床に崩れ落ちた。



「お···終わった···?」



 閉まったハッチを見つめ、レイフは嘆息する。



 ペスジェーナに襲いかかられたが···無事に、逃げ切ったのか?



 コナツの中にある窓を見れば、景色が空へと変化していた。起動音は全くなかった。空に飛び出す音もない。何の音もなく、コナツの機体は空を飛んでいる。



「レイフきゅん···」



 ユキも床に崩れ落ちてきた。彼女は自分の背中に縋るようにして抱きついてくる。



「ありがと···格好良かったよ···」



 ーー彼女の手から、6JLは消えていた。だからいつも通りのユキなのだろう。だが彼女も疲れ果てているのか、精神的なショックからか、顔がこわばっていた。



「···ごめんなさい」



 ガリーナも、ぺたりと床に座り込んだ。彼女はレイフとユキの顔を見つめ、大粒の涙を流している。



「お母さんが··私のせいで···」

「あれは···ガリーナちゃんのせいじゃ···」

「ごめんなさい···」



 ガリーナは嗚咽する。



 3人は、今まで起こった現実を受け止めなければならなかった。わからないことが多すぎて、受け止めるに現実が重すぎて、しばらくは冷たい床の上で放心するしかなかった。





 数多い疑問を、教えてくれる者は、この場所にはいなかった。



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