マルデ攻城戦 8
走って、休んで、走って、休んで。もう何度これを繰り返したか分からなくなっていた。
それだけ、このマルデってところは広い場所なんだなってことをラザトと二人で痛感していた。
「敵のお偉いさんとかそういうのは出てこないの?」
俺の問いかけに、あいつは黙って手にした剣で前方を指し示した。
ふと、まるでラザトが剣から風を吹かせたみたいに、あの息苦しいほどの霧がさあっと消えていく……
そこには……まだかなり先だけど、いくつものとがった屋根を持った大きな白い建物が。
つい俺は興奮して「すげえ!」と声を上げてしまった。
そしてようやく気づいたんだ。戦いの声、鎧と剣とが交わりあい、切り結ぶ金属音がほとんど聞こえてこなくなったことに。
「どうする、戻る? それともあの建物に行ってみるか?」とは言ったものの、作戦がバレてその後どうなったのかなんて分からないし、けど喉はカラカラでおまけに腹も減ったしで。
当たり前だが、至る所で死んでいる連中の腰にも背中にも食いモンなんてぶら下がってはしなかった。せいぜい水筒だけ。だけど水なんて飲んだところで渇きを癒す程度。満腹感にはつながらない。
「行くか」
ラザトは重い足取りで城がある方に向かった。
「あそこ行けば、なんか食べるもんあるかな?」
そんなラザトは、また俺によく見ろよとせかす始末。
「……城門が開いてる。ってことはもうあの城にはほとんど人が残されちゃいねえ」
「分かるのか?」
「長年のカンだけどな」
ラザトが言うことには、うまいこと城内に入り込めれば、奴らが貯めてきた財宝とか武器とか鎧とかいっぱい置いてあるんじゃないかって。それらをこっそり持ち帰ることができれば……
「でもってどっかに隠しておくんだ。俺らが生き残れれば無事報酬も入るし、その上……あるかもしれないお宝も手に入れられて一石二鳥だぞ!」
ラザトの鼻息が荒くなってきた。一歩ずつ城に近づくたびに。
「今だったらいけるぞ、お前と一緒なら城に残ってる奴らなんてみんな片づけられる。もし財宝がなくっても周りの連中は俺たちのことをみてくれるさ、貧乏傭兵だなんてもうだれも言わなくなるぞ!」
「バカ言うな……世の中そこまでうまくねーって」
ラザトの淡い願望を俺は一蹴した。
「すでにあの建物の中はからっぽ。俺はそっちに賭ける。もしくは罠の可能性もあるし……行くだけ無駄じゃねーかな? 他の連中来るまで待たねーか? 俺ももう疲れたし」
「ハァ? どこが罠にみえるっつーんだよ! 気配なんて全然しねーし、おそらく城の連中は俺たちが頑張ってる間に投降したって線もありえるじゃねーか。ちょこっとのぞくだけでもいいし、な?」
なんなんだラザト、もしかして目先の欲に目がくらんじゃってるのかな。正直、欲なんて出してしまったらもうそれしか見えない。周りのことなんてきれいさっぱりだ。それに金は今回もらえるヤツだけでお腹いっぱいだ。うん。俺はカネよりメシ食いたい。
だがあいつはそんな説得なんて聞いてくれやしない。俺の胸ぐらをぐいっとつかんでこう言ったんだ。
「だったら俺一人ででも行く。おまえはさっさと帰って寝てろ」
ほらね、やっぱりそういうと思ったわ。ラザトもしょせん欲の塊だってこと……か。
けど……そうは言われたものの、こいつだって一応親方の大事な仲間なんだし、ちょっと不安なんだよな。けどそう思うことが自分自身の運の尽きなのかもしれないし。
「じゃあ、俺が先に行って罠じゃないかどうか確かめてやる。俺は別に財宝とかなんていっさい興味ねーしな。ラザトはここで待ってな」
城に行って戻ってこなければ、俺は中で残党と戦ってると思う。そうおまえが思ってくれたら来てくれ。ってあえて付け加えておいた。
「……なんか、妙に優しいじゃねーか」
うん。こいつがさっきみたいな、サイのおっちゃんに唾を吐いて悪態つくようなヤツならば、俺はさっさと本部に戻って寝てた。
そうだ、一応は仲間なんだ。一応は。
と、こんな口論している間に、俺たちの周りにわらわらと生き残った連中が集まってきた。
どうにかこうにか敵さんは全滅させることができたらしい。あとは軍の奴らが城に入って調べるまで……って、城はいるの?
「当たり前じゃないか、あそこにゃ金銀財宝が地下の倉庫に眠ってるって話だぜ」髭面の男がそんなことを口にしていた。ということは……
「ほら男の約束だぞ、行け!」ラザトがせかすように俺の背中をけっ飛ばした。マジかよ、本気で行かせる魂胆かよ! 覚えてろあとでぶっ飛ばしてやる。
仕方ないから俺は走った。周りの欲に目がくらんだバカな奴らも同様に城へと向かった。
血と雨水をふくんだ地面が想像以上に足を重くしている……
ああ、こんなトコでバカなこというんじゃなかった。ラザトのヤツに行かせればよかった……な。
早く帰ってメシ食いたい。できればでっかい固まりの肉を焼いたヤツで。俺一人で、腹一杯食って、それでずっと眠っていたい。
眠って……。
「雨……?」
突然、空が真っ黒な雨雲に覆われた。
それも、今すぐにでも雷が落ちて来そうなほどのドス黒い空に、一瞬のうちに変わってたいたんだ……
俺たちの周りの、空だけが。
でも不思議だった、黒い小さな小石みたいな粒が、だんだんと大きくなってきて、そして……
「やべえ、これっ……て」
ブツっと、俺の視界が消えた。