マルデ攻城戦 7
とにかく前に立ちふさがるやつ、邪魔するやつ、剣を振るってくるやつはみんな倒した。
途中で愛用のナタがくたびれてぽっきり折れたもんだから、そこからは落ちてる武器でなんとかしのいだ。
「リオネングのクソ獣人がぁ! 死ね!」なんてわざわざ怒鳴ってから殴りつけてきたのもいた。
獣人だからって理由で殺すのかよ、いちいち応えるのも面倒くさいから、そのデカい口の中に剣を突き刺してさっさと黙らせた。俺はなんにも悪くねえ。こんな状況で怒鳴りつける方が悪いんだと。まあどっちみち相手はもう二度と喋ることはないだろうが。
しばらく走った後は、敵か味方かわからない死体の腰にぶら下がってた水筒を拝借して、瓦礫の陰で小休止。
半分飲んで、残りは返り血でべとついた顔を洗う。
「ほんと広いなここ……」ラザトが息を整えながら話す。相手を倒しつつ走ってるから、尚のこと広く感じる……
というか、なんかこの……俺たちが身を潜めている場所、妙に生暖かく感じる。
晴れる気配が全くないマルデの気候だからか、近づかないと何がなんだか分からないことがしょっちゅうあるんだ。
つまり……そう、これは瓦礫じゃなくて。
恐る恐る表側をのぞいてみると……
ああ、やっぱり。これは瓦礫のでも岩山でもなかった。
先陣切って活路を開いてくれた、あのサイのおっちゃんが横たわっていた。
倒れている、身動きひとつしないということは、もちろん……誰もが思ったとおり、すでに事切れていた。
鎧のような皮膚に直接釘で止められた、これまた厚い鋼の鎧。相手はその隙間を狙って倒したんだ。
左目に投擲用の太い槍が深々と刺さって、そこから流れたおびただしい量の血が目の前で池をつくっている。
「死んでるのか……?」
俺はラザトの言葉に、ただ黙ってうなづく事しかできなかった。
今までずっと戦場に生きてきて、別に敵だろうが味方だろうが、その変わり果てた骸をみたところでなにも俺の心に込み上げてくるものなんて存在しなかった。
だが、今は……なんだろう。無性に叫びたい想いだった。
「がんばれって言ったのに……死ぬんじゃねーよ」固いその頬に手を置いても、もうぬくもりは戻ってこない。
「ひでえよな……まだおっちゃんと知り合って半日も経ってないんだぜ? でもって先に行っちまうのってひどくね?」
応えるわけないのに、俺は延々と死体に向かって話しかけていた。
「けっ、もうちょっと働いてくれるかと思ったが、こんなとこでのたれ死にかよ、ふざけんなカス」
ラザトの声とは違う、ここにたどり着くことができた別の傭兵が、おっちゃんの死体に向けて悪態をついた。
「所詮は図体デカいだけのジジイか。ぺっ!」
その兜に唾が吐かれた時……
同時に、俺の拳はそいつの顔面に炸裂した。
「ふざけてンのはテメェだろうが!」
味方に殴られて動転した男が、折れた鼻を押さえながら何か言おうとしてたが……
俺は構わずそいつを引き倒し、何度も、何度も殴りつけた。
「ここまで頑張ってきて役立たず扱いするンじゃねえ! てめえなんか全然綺麗なナリしてるじゃねえか! まともに戦ってから口を聞け!」
そうだ、このおっちゃんは百年以上もの間、この戦争を生き抜いてきたんだ、俺とも……いや、この男の比じゃない。しかもこんな不本意な死に方をして……!
それ以上の言葉が見つからなかった。だけど目の前にいるこいつの態度だけは許せなかった……
「やめろ、もうとっくに気絶してる」
ラザトが俺の手をようやく止めてくれた。
……ヤバかったな、止めてくれなければ、このクソ野郎が死んでいても殴るのをやめていなかったかもしれない。血だらけで腫れ上がった顔は、かろうじて息をしている状態だった。
「悪ぃラザト……止めてくれて」
「気は済んだか?」
「……全然」
ああ、恐らくこいつを殴り殺したとしても、俺のこの悔しい憤りは晴れることはなかったろう……
このマルデの霧のように。
「お前、泣いてるのか?」
ラザトに言われて俺は頬をぬぐった。
……なんだこれ? 目から熱い血みたいのが延々と流れてきていたんだ。
どんなに親方にしごかれようと、俺は泣いたことなんて一度もなかった。いや違う。どうやったら涙を流せるかってこと自体知らなかったんだ。
きっと、こうやって泣いたのって……生まれて初めてな気がする。
「なんでだよ……俺、変なの」
振り返って、あの頃の俺には意味すら分からなかった。
大事だとも、仲間とも思ったことなんてなかったのに、でも死んでしまったことが誰よりも悔しく、辛く、悲しかったことに。