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補助

 宇宙船パピリオの中心区域のロビーで集まったのは、三人だけであった。その一人の女性は、乗組員のカササギ服をまとっていて、片方の中年は灰色の植民制服を着ていた。もう一人は、子供用の患者衣から未だに着替えていなかった。
「遅いです!」
「すいません」と男が謝る。
 乗組員女性はかなり焦っていて片手で赤いスーツケースをしっかり握っていた。よく見るとその外面には『補助AI』とハッキリ記載されていた。それに気付く少女は、冷や汗をかく。そこで娘にいちべつをくれ、女性は中年に尋ねくる。
「なぜ子供を連れているのですか?」
「あ、コイツがどうしても中心部ではぐれた友達を探しに・・・」
「それは有り得ません。これから立ち入り禁止区域ですので、そこではぐれた訳ありません」
「彼女がそう言ってますんで。誰かが中に入れた可能性は?」
「またマリの仕業ですか」
「え?」
「兎に角」
 男性の言い訳を遮って、白黒制服の女性が子供に向けて忠告する。
「君、これから大人たちに大事な仕事があるので、邪魔しないで大人しくしなさい。分かった?」
「は、はい」
 私は十七歳の大人だけど・・・と少女が思った。
 ま、ミズナの幼い外見で子供扱いされるのも当然っかぁ。
「さてと、私は航法士の佐野亜花里(あかり)です」
「草木蒼士朗(そうしろう)、システム・エンジニアをやってます。この子は・・・」
「時間がないのです。他の技師が来るまで待てません。貴方だけでいい、私について下さい」
「そうですね、行きましょう。ほら、ミズナちゃん」
「あ、はい」
 彼女に続いた先にはメインフレームのサーバー室であった。だがそこに辿(たど)り着くのに幾つの真空状態で封鎖中の通路を避けて、大きな遠回り道をしなければならなかった。
「やっと着いた」
 と、思わぬ遠回りで潰された貴重な時間を惜しみ、佐野が深く悔しがっていた。どうしても空気漏出防止・緩和システムが皮肉な事に、裏目に出たという気がしてならなかった。よって彼女が益々焦った様子を見せて、中年の次のような暢気(のんき)な発言に同感できない。
「まるでハイキングをした気分だな」
「そんなことより草木さん、これをメインフレームに繋げて下さい」
 彼女は赤いスーツケースを彼に手渡す。そこで彼が驚く。
「え? これは?」
「補助AIだそうです。AI毬がバグったのでAIの切り替えを船長に頼まれたのです」
「そういや、流星と衝突して以来なぜかマリが呼び出しに応じなくて技師たちがえらい困っていたところですよ。損傷検出して貰いたくてな・・・」
「兎に角、繋げますか?」
「えーっと、どれどれ」
 スーツケースを開けるとその中身は何と、真っ黒な球体であり、その中に人間の脳が入っていたのは彼らが知らなかった。そこでミズナはショックを受けて尻餅をつく。自分以外の脳移植者がいたなんて想像もしなかった・・・
 一方、大人たちは困惑ばかりしていた。
「⁇ なぁーんだこりゃ」
 彼が球体を手に取ってその丸い形を指で確かめてゆく。
「草木さん、繋げますか?」
「さて、どうですかね」
「え? 繋げないんですか?」
「これをどう繋げるか、そもそもちゃんと繋げるヤツなのか、俺にはさっぱりだ」
 彼はいつの間に、若年者の女性に対して敬語を無意識にやめていた。
「どうしてもですか?」
「だから知らないよ、こんなもん」
「そんな! どうしよう、とりあえず報告を・・・あ、ここじゃ腕輪は使えないんだった」
 佐野航法士は最寄りの壁埋込式の通信端末を使用し始める。
「船長? こちら佐野です」
「・・・」
「船長? 聞こえますか? 船長!」
「・・・」
「ダメだ、さっきから船長との連絡が途絶えたまま。きっと彼女に何かあったとしか・・・」
 その時、誰かの応答が受信される。
「もしもし?」
 それは女性の声であった。
「船長⁈」
「いや、タモリです。そちらは佐野ですね?」
「田守航法士か。今補助AIを繋げようとしていたところ。ブリッジは?」
「状況が混乱している。AIなしじゃとても仕事が追い付かない。だから早くやってくれ」
「こちらは問題にぶつかった」
「何?」
「補助AIに適合した端末が見当たらない」
「はー、了解した。状況を把握するまでこちらで出来る事が限られている。だから急いでくれ」
「はい、必ず繋げてやる」
 通話が終わった途端、草木が彼女に問う。
「どうすりゃいいっすか、佐野さん?」
「いや、どうにもなりません。AIなしでは、普段こなしていた仕事がいざ手動でやると何倍も難しくなり遅くなる。船の針路すら保てなくなるのです」
「何⁈」
「ですから、この船を動かしていたのはAI毬だったんですよ。私たちだけでは、巨大すぎて無理ですので」
「なんだそりゃ! マニュアル操作はできないのか⁈」
 と彼の言い方が更に悪化していた。
「出来ますが、マニュアル操作はどうしても非効率的で、人的ミスが生じるのですから」
「そんなのどうでもいいや! この状況を何とかしないとスペス01に間に合わないんだよ!」
 若年者に対する年配者の特権であろうか、草木はまるで相手を叱っているかのような口調で話していた。それでも佐野が冷静を保ち彼の態度を和らげようとする。
「分かってますよ。ちょっと落ち着いて下さい。この状況でイライラしているのは、貴方だけではないのです」
「・・・すいません、少しキレちゃって」
 その時、ふと沈黙が落ちる。
 そして少女は不意に口を切る。
「あのー」
 すると驚く大人たち。
「?」
 振り返るそれらが娘の視点では巨人の女と男に見えた。
 そこで佐野が少女に訊く。
「何?」
「えっと、その、実は・・・」
「早く話しなさい」
「あ、はい! 球体に合う端末なら、心当たりが、あります」
「え? 早く言いなさい!」
「えっと、え、AI毬の部屋にある、と、思います」
「え? 初耳。冗談やめろよミズナちゃん」
 と中年は小娘の言うことに聞く耳を持たず、一方航法士は食い付く。
「君、確かなのか?」
 ところが技師が割り込む。
「端末がサーバー室でなけりゃ、どこで繋げようと言うのか!」
 と、彼の文句を無視して彼女は娘にもう一度尋ねる。
「確かなのか?」
「はい、見たと、思います」
「思う?」
「いや、み、見ました!」
 そこで佐野がしばらく考え込む。そして・・・
「・・・草木さん、行きましょう」
「え? 子供の言うことを真に受けるのか?」
「確かに、彼女の話について色々疑問を感じるけれど、取り敢えず補助AIを繋げるのが最優先事項ですので、私たちで確かめましょう」
「佐野さん、(わら)にも縋りたい気分は解るけど、早まっちゃ・・・」
「無理にとは言いません。ですが、私一人でも確かめないとならない義務があります。船長に預かったこの補助AIを繋げるのはこの通り、最優先事項です」
「・・・しょうがないな、貴女がそう言うのなら。ミズナちゃん、君を信じてみるよ」
「え? あ、はい」

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