ＡＩ少女、安らぎを・・・

　目覚めると視野が狭くひどくぼやけていた。上下左右に目を動かして周囲を把握しようとしたが、小さな二人の影しか見えなかった。頭がぼんやりしながら激しい頭痛に悩まされていた。起き上がろうとすると黒いガラスにぶつけて、更に軽い閉所恐怖症に襲われた。自分は一体どんな状況に置かれているのか、これは診療カプセルではないか。という自問をした。
　患者の覚醒を感知するとカプセルが幾つかの灯りを点滅させながら、その黒いガラスも可視光線遮断を中断した。それによってガラスが徐々に透明化して、目の前の二人の輪郭が鮮明な形に成り変わる。
「ミズナちゃんが起きた‼　よかった‼」
　と二人が非常に喜んだ。一方少女は混乱状態で、ガラス越しで尋ねる。
「こ、ここは？」
「あ～、ここはマリの部屋だよ。さっきここに運ばれたんだぜ」
　とヒロが答えた。
「え？　運ばれた？　どうやって？」
「なんか知らないけど、カプセルが突然動き出して保健室を出たらここまで来たんだ」
「違うだろ？　勝手に動いたんじゃなくて、『ＡＧＶ』がカプセルを運んだんだよ」
「何それ、オタク用語はやめろよな、セイジ」
「オタク用語じゃねぇし、英語だし、『ＡＧＶ』は無人搬送車のことだよ。ここ数ヶ月何回も見掛けただろ？」
　彼が言うＡＧＶは『Automated Guided Vehicle』の略である。２０８８年のＡＧＶもＵＡＶ『Unmanned Aerial Vehicle』という無人航空機も、日常生活の様々な場面で活用されていた。ロボット好きのセイジには耳心地いい単語ばかりなのだが、英語を嫌がるヒロにとっては耳障りなものである。日本語という素晴らしい母国語がありながら、なぜ敢(あ)えて英語を使用とするのだろうか。と、多くの人が無意識に感じているのではないか。
「あーあ、ロボットの話はどうだっていいや」
「後、保健室じゃなく、診療室だ」
「ちっ！　うるせぇなぁ、セイジはぁ。シンリョウシツとかエイジーヴィとか、何だっていい」
　要するに彼は『伝われば言葉選びなど気にしない』派であった。
「きっとマリがあのＡＧＶを動かしたと思うよ！」
　セイジの推測を無視しながら、一方ヒロは彼女と話し続ける。
「まぁとにかく手術は成功したんだぜ！　ＡＩの力はすげぇだろ⁈」
「手術？　私が？」
　すると彼が自分の胴体に手を当てて、文字通り身をもって説明する。
「覚えてねぇのか？　ここに小さな穴がポツポツ空いてたんだぜ！」
「え？　私が？」
　少女は自分の胸を確かめようとするのだが、それにはカプセルが狭すぎて、またもガラスにぶつける。
「あったたぁーっ」
「うん、そうだぜ、寝ぼけてんのかミズナ？」
「やめろよバカヒロ、病人をからかうな」
「・・・ん、すまん」
　横たわった身の娘は、目を凝(こ)らしつつ部屋を見回したら、ある物を発見してしまう・・・
「フハッ‼」
　少女の目の先には、真っ二つに抉(こ)じ開けられた漆黒球体、つまり二つの黒い半球であった。その中身が空っぽでありながら、血塗られていた。要するに、ＡＩ毬の移植脳がどこにも見当たらず、何処かへ消えていった。そして娘がショックを抱いてしまう。
　やってしまった。
　やってしまった！　
　私はやってしまった‼
　きっと一生後悔することを・・・やってしまった。
　彼女は細くて小さな手で自分の胸を強くつかみ、患者衣にシワをクシャクシャつけてしまう。そして呼吸をぜいぜいと激しく乱していたが、それは流星物質によるものではなく、なぜなら胴体の複数の傷はどれも手術で塞がっていた。
「おいミズナ、大丈夫か⁈」
　とヒロが気に掛ける。
　一方セイジはＡＩを呼び出そうとする。また気胸を起こしているのではないかと焦る。
「マリちゃん！　どこ⁇　早く現れて！　ミズナの様子がおかしい！」
　だがＡＩ毬のホログラムは一切現れなかった。
　一方、ヒロはカプセルを無理矢理に開こうとする。
「これ開けねぇのかよ！」
「マリちゃん！　おーい！　マリちゃん！」
　するとミズナが彼らを止める・・・
「いや、毬を呼ばないでぇ！」
「⁇」
「私は平気よ。だから毬を呼ばなくていい」
　と娘が二人を安心させようとした。
「・・・き、きっと疲れてるよ、ミズナちゃん。横になったほうがいいよ」
　とセイジが優しい言葉を掛けた。
「そうだ、アイツの言う通りだぜ。休んだほうがいい」
　とヒロが珍しく相槌を打った。
「あ、ああ。有り難うセイジ君、ヒロ君」
「え⁇　俺たちの名前が分かるの⁇」
　すると内心に焦る。
　しまった！　私はもうマリではない、ミズナだ！　早速ヘマをしてしまった！
「いや、違う、違う！　二人の名札を見ただけ」
　その二人の植民の制服には名札が付着されてあった。ミズナが、いや、マリは危うく自分の正体を明かすところであった。
「なあんだ・・・」
　と二人はあからさまにガッカリした。
　私は最低だ！　最低！　最低なんだ！　ミズナを救おうという口実で何の罪も無い女の子の体を乗っ取った最低のクズだ。
　診療施設の時に、ＡＩ毬は知っていた。脳死したミズナはもう植物状態に陥った只(ただ)の肉体だという事を。それでも『脳移植』という重要な点を省いて敢(あ)えて二人に知らせないで、手術の実際の処置を隠した。純粋な彼らには、肺の手術以外は何も知らせなかった。身勝手な理由で、子供たちを騙(だま)してでも、手術を二人に強引に勧め彼らの了承を得ることで、自分の行動を少しでも正当化しようとした見苦しい訳であった。つまりＡＩ端末の中にあった『墨染毬の脳』が、脳死した『谷川ミズナの脳』と入れ替わった結果である。
　そして今の彼女は・・・
　大きな罪悪感に襲われたと同時に、更に激しく深刻な頭痛にズキズキと悩まされる。
「ああああああああああああああぁーっ‼」
　拒絶反応か⁇　体が脳を拒絶している⁈　やばい、今薬を飲まなきゃ私も死んでしまう‼　いや、死にたくない！　死にたくない‼
　と、少女は抑えきれない恐怖に溺れていた。
　すると診療カプセルが自動的に免疫抑制剤や拒絶反応抑制剤とついでに鎮静(ちんせい)剤を処方して、彼女の首に直接注射する。
「ぅうあぁーっ」
　と、『ミズナ』×『マリ』は再び深い眠りに落ち、辛い気持ちなどが何も感じなくなった。
「ミズナ！　おい！　ミズナ！」
「ミ・・！　・い！　・・ナ！」
「・・ナ！　・・！　・・・！」
「・・・」