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犠牲

 ツタツタ。
 ツタツタ、ツタツタ・・・
 ツタツタツタツタツタツタツタツタツタツタツタツタツタツタツタツタ‼
 と怒濤(どとう)のごとく激突する流星物質の数々。
 そして貫通される度に船体構造が恐ろしい音を立てて、立てて、また立てて、その外部装甲がどれだけ厚くても容易(たやす)く貫かれ続けた。結果的に船内が空気を漏れ出し始めるのは、必然的であった。
 ウーウー、ウーウー、と警報がうるさいまま。
 最初に頭に浮かんだのは子供の安否だった。肉体を持たない私には、衝突破片とか空気漏出とか関係ない。目の前で繰り広げられる悲劇を第三者として目撃していた。決して心が動かない訳ではなく、寧ろどれだけ心が動いても空想の手を動かしてもしょうがない。そうだ、物理干渉はできない。
 それでも(かば)おうとした。
 私は庇おうとした。
 ホログラムであっても彼女を庇おうとした。
 なぜなら、AIである私には既に計算済みであった。次の流星物質が残酷で無慈悲なことに、この小さな人間の体を貫くと・・・
「ゥアッ!」
 と、その子の声が一気に封じられた。
 所々破裂した肺が高度な気胸(ききよう)症状を起こし、体の内出血もあった。
「ミズナちゃん‼」
「ゥッ」
 その子の声が虫の息になっていた。
 呼吸すらできない娘は、もう(わず)かな時間しか残っていなかった。場合によっては軽度気胸が自然に治ることもある。だが娘は致命傷を負っていた。AI毬は脳内シミュレーションを繰り返し、繰り返しても、いずれも同じ結果を及ぼしていた。
「マリちゃん! 何とかしてよ!」
 とヒロが懇願(こんがん)してもホログラムがこう答える。
「・・・無理よ」
「おい! ミズナ! 死ぬんじゃねぇぞ‼」
 と彼は必死になっていた。一方、その場のセイジはただショックと恐怖の余り動けないまま立っていた。
「嘘だ。嘘だ。嘘だあぁーっ」
 彼は現実を逃避していた。一方ヒロは彼女の呼吸困難を見て・・・
「口が動いてるのになんで喋れないんだ⁈ マリちゃん!」
 口だけをパクパクして声を発声できずに救いを求めるミズナが手をかざした。そしてヒロがそれを強くつかんだ。
「なになに? 何を言ってる? 何も聞こえないぞ! ねぇマリちゃん、どうして!」
「肺が流星物質に貫通されて呼吸ができなくなったからだ」
「え⁈ え? え⁇」
 するとAI毬は、理解不能な説明を、彼の為に次のように易しく言い直す。
「肺が風船なら・・・穴のあいた風船は膨らませない、ということ」
「そんな! 何とかしてよ! 最強のAIなんだろ⁈ ねぇ、何とかしてよおぉーぅ!」
「・・・だ、ダメだ。遅い、遅すぎる」
 マリは本当は、自分自身に言っていた。自分が遅すぎた、と。そして・・・
 その時、女の子の命が尽きる。
 あの小さな体のはかない断末魔を目撃して、マリは自分の胸を強く掴んだ。そうしなければ胸が張り裂けてしまうのではないかと、心が崩れて壊れるのではないかと、彼女が鋭い悲痛に襲われていたからだ。
 一方、彼らは泣き叫ぶ。
「ミズナああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーっ‼」
「・・・もう手遅れだ。ヒロ君、セイジ君、早く避難しましょう・・・早く!」
 流星雨はものの数十秒で止んで、この時点ではもう流れ去っていた。しかし彼らにとっては、人生で最も長く感じた時間に違いなかった。
「おいセイジ! そこで突っ立ってんじゃねぇぞ!」
 するとAIが誤解して間違った相槌を打つ。
「そうだ、ここを離れよう」
 無理に現実を受け入れさせようとするAI毬だったのだが、ちっとも諦めない一人がいた。
「おいセイジ! ミズナを運ぶの手伝ってよ!」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ・・・」
 と繰り返す弱気のセイジであった。
「テメェ、いい加減に動け‼」
 と乱暴なヒロは、彼を強く蹴る。
 すると、セイジが我に返って彼の言う通りにする。避難どころか死人を運ぼうとする彼らに対してAI毬は驚く。
「君たち、何を・・・」
 そこで振り向いたヒロの、この顔を見たら・・・マリはただ黙り込む。
「・・・分かった」
 娘の華奢な体を二人で運ぶ様子が、マリにはとても感動的で絶望的でもあった。だが決して彼らの努力や気持ちを否定したくなかった。その権限が自分には無いと彼女が痛切していた。
「マリちゃん、ドアが開けないの⁈」
「あ、今開けるから、診療室はこっちだ」
 隔壁をオーバーライドさせロックを無理矢理に解除した。真空と空気の圧力差に耐えられるほど頑強な重い扉が次々とAIの空想の手で開放されていった。それで彼らを最寄りの診療室まで案内していた。
 その間にマリは、これらを子供扱いしないと内心に決めた。子供は子供であっても、未熟な大人でも言える。精神や理性が未熟でも時間が経つと自然に成長する。むしろ大人扱いすると早く成長させる可能性もある。と、彼女が無意識に思っていたかもしれない。
 診療室に着いたものの、スタッフも誰もいなかった。ただそこには自動診療カプセルという横向きのガラス円筒形がベッド代わりになっていた。彼らが移動中の間にAI毬はカプセルを事前に起動させて患者を直ぐ受け入れるように準備させていた。部屋に着いた途端、カプセルを開放させて、彼らが娘のまだ生暖かい体をよいしょっと、仰向けに寝かせた。するとガラスのようなナノ素材がカプセルを被覆して密閉させ、診断が自動的に始まった。そしてAI毬はそのプロセス全体を管理し続けた。
 だがミズナの容態を診る必要は無かった。既に確認済みであった。船内中のありとあらゆるセンサーのデータを照らし合わせて娘の診断結果は、診療室に入る前に決まっていた。そこのカプセルの立体画面が表示した、恐ろしい結果を見るまでもない。どうせい・・・
『谷川ミズナ健康診断結果、STATUS:脳死』
 それを読んで、その『死』という字をふと見掛けると、二人はただ悲しみに打ちのめされる。
 一方AI毬は・・・
「脳死、脳死、脳死? いや待て‼ それじゃ脳以外の身体はまだ生きてるってことだ!」
「え?」
 とすすり泣く二人が驚く。
「体が死んでないって!」
「ミズナは助かるの⁇」
「・・・いや」
 AI毬はとても恐ろしいことを考えていた。きっとこれからずっと後悔するような、決して後戻りのできないことをしようとしていた。
「え⁇」
「ううん、違うの! 助かる助かる!」
「本当⁇」
「・・・えっと、うん、本当」
「早くやれ! 今すぐミズナを助けて!」
「いや待て」
「なんだ⁈」
「それには大きな問題がある。ミズナを助けても前の記憶は全部消される。前の人生のことは彼女が一切思い出せないことになるでしょう」
「・・・なんてこった、記憶喪失だと⁇」
 と子供にしてはセイジが難しい言葉を知っていた。
「なに! キオクソウシツ⁇ 俺らのことを思い出せなくなるってこと⁇」
「・・・うん、そうだ。もう時間が無い。脳死した体は長くは持たない」
「え⁈」
「早く決めないと彼女が完全に死ぬ」
「そ、そんなこと言われても、僕たち・・・」
 セイジが真剣かつ慎重に考えたかった。
「君たちに選択権を譲るから・・・」
「それでいいよ!」
 と咄嗟(とつさ)に決めようとするヒロが彼を説得し始める。
「ま、待てヒロ、僕は・・・」
「なに? 早く言え!」
「だからミズナの両親は⁇」
「りょうーしん⁈」
「やっぱりこんなことは、僕たちだけで決めていいものじゃないと思うよ!」
「なに言ってんだセイジ! それどころじゃねぇ!」
「僕たち・・・」
 そこでホログラムは、優柔不断な彼らに深刻な目を向け、決断を急かせる。
「セイジ、ヒロ、今、『今』決めて。今よ」
 すると二人はやがて決意する・・・
 ミズナという『過去の人格』と死別することになっても、ミズナという『存在』そのものを救い彼女の生き延びる未来にかける、と。

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