宿題
王子の言葉にマティエの奴はようやく落ち着きを取り戻したみたいだ。椅子に腰かけた彼女のひざの上にルースがちょこんと乗っかってなだめている。
……この身長差、どっちかというと恋人同士じゃなくってもう親子だな。
「分かってはいると思うが、マティエ……お前のそのやり方、あまりにも直情的すぎる。確かに失われた誇りを取り戻す唯一の方法としてもだ。その先には死罪か追放の不幸な末路しか残されていない。まずは落ち着くんだ」
王子は年齢から言って十代後半ってところか。しかしこの落ち着いた話し方そのものによどみや迷いが一切ない。はっきりとした意志を感じる。
これがいつか一国を統治するお偉いさんの姿なんだな。
「さて、傭兵ラッシュ。先日のあの件に関して、僕の方からまだ礼を言ってなかった……あまりここでは大きな声では言えないが、感謝する」
そっか、城にバケモノが現れたことは外には言うなっていわれたもんな。俺も俺でどうやって返したらいいか分からなかったから、とりあえずありがとうございますと意味不明な返し方をしちまった。
(なるほど、妹が君に惹かれたのも無理はない)
ふいに聞き取れないほどの小さな声で、王子は俺にそう話した。
えっと、俺も聞き返そうとしたが、あいつはなぜかははっと笑い返すだけ。
「ところで……だ。マティエいわく、ことの発端、どうやら君にあるみたいだが、心当たりはあるのか?」
「いや、それが全然……」
「よし、ならば君に宿題を課すとするか」
「「「宿題ィ!?」」」王子のその言葉に、俺もルースも周りの連中も一斉に驚きの声を上げてしまった。
「ああ、君が本当に、彼女の……マティエの誇りである角を折ったのか、それを君たちと仲間で調べるんだ」
「調べるっていっても……いったいどうやって?」
「ああ、僕がざっと君たちの口論を聞いた限りでは、現時点ではマティエ一人の押し付けにしか思えない。しかしそれが証拠といえるのかな? あまりにもそれは一方的すぎる。だから君が君自身の真実を探してみたらどうかな」
「真実っていっても……なぁ。俺にはいったいどうすりゃいいんだか分からねえし。過去にでも戻れとでもいうのか?」
「別に荒唐無稽じゃあないさ。僕にだってこの国の傭兵ギルドのことは把握している。聞いたところによると、君の師であるガンデは仕事の内容を毎回きちんと事細かに記録していたとか。そこから答えが導き出されるかもしれない。あとは……」
王子は俺の肩にポンと手を置いて、言葉を紡いだ。
「君自身の記憶力……かな」
王子が俺の身体に触れたのがそれほどまでにすごかったのか、外の野次馬連中がおおっとざわめきだした。
そして俺も感じた。この王子の手の熱さを。
親方みたいにごつくて大きくもないが、すごく熱さを感じるんだ。
それに、なんか重みにも似たものを感じる……これが、背負っているものの違いなのかな、なんて一瞬思ったり。
「そうだな、期日でも設けてみるとしようか……明日から一週間。そこにいるルースに君自身が出した答えを報告してくれ」
「もし、できなかったら……?」そうだ、たった一週間でそんなことができるのか?
どう考えたって……っていうか、俺の頭でそんなことやり切れるのか……?
「君とマティエの一対一の決闘で、最後は解決するしかないかな」