姫様ふたたび
「君とマティエの一対一の決闘で、最後は解決するしかないかな」
王子のやつは笑いながらそう答えてくれたが、俺の方としてはどっかの闘技場でこの女と戦って白黒つけちまった方がいいんだよな。何よりシンプルで俺に一番合ってるし。
とはいえ困った……いったいどうやって親方の遺した資料を調べればいいのやら。仕方ないことだがラザトに頭下げて協力お願いするっきゃないか。
でもって当の王子はルースとラザトに話があるからと、二人でどっかへ行ってしまったし。
聞いたところによると、この王子は結構街へ視察に降りることが多かったとか。逆に俺はいえと戦場の往復だったからほとんどお目にかかることがなかったが。
数年前に親父である王様が胸を病んでしまってからはそれも鳴りを潜めたそうだ。だから王子がここに現れたってことは、町の連中にしてみれば終戦祝い以上のお祭り騒ぎだったっぽい。まあいつも通り俺にしてみればどうでもいいことだ……が。
この騒ぎになる前に、チビは寝室でいち早く疲れて寝てしまっていたのは幸いだったかもしれない。
とはいえ俺には分からない世界のことだらけだ……だから勉強をきちんとしろっていうことなのかもな。
外のやじ馬もだいぶ減ってきたし、俺も現在は蚊帳の外状態だ。チビのところに戻って明日のために寝ようかなと思ったときだった。
ふと、裏庭に通じるドアの向こうから、誰かがちょいちょいと俺を手招きしている。うん、白い手だけ。
背丈からしてそれほど大きくはない。色からして女……ってことは、いや、まさか……
その罠に引かれるがまま、俺は急いで裏庭に向かった。
「ラッシュ! 会いたかったぞ!」裏庭に出るやいなや、突然俺の腕に飛びつく小さな影。
この声……そうだ、姫さんだ!
「いや、だから二人っきりのときはネネルでいいと言ったじゃないか」だとさ。
まあ俺にとっても姫様の名前まで覚えてなかったし、あの時言ってたネネルって名前の方が俺の胸にはしっかりと刻まれているしな。
「あのマティエとかいう奴……いけ好かない女じゃな。ラッシュも災難だったであろう」
「ああ……っていうか、お前どうやって抜け出してきたんだ? 王子といい、馬車から姫様まで脱走しちまったら大騒ぎじゃないのか?」
俺にはそっちの方が心配だったんだが、意外にもネネルは平然としているし。どうなってるんだ?
「心配には及ばん」と、ネネルは手に持っていた小さな香水瓶を俺に見せてきた。
「これ、実は香水に似せた眠り薬なのじゃ。相手の顔にひと吹きすれば、しばらくの間は夢の中って寸法じゃ」
こんな危険なのを作る奴といえば……やっぱりルースかと聞いたら、姫様は「ご名答!」じゃと。っと俺にもネネルの口調が伝染ってしまいそうじゃ。
「ラッシュよ、この前中庭でお主にあって以来、毎夜夢の中でお主が現れるようになってのう……だから今宵はお主に遭うことができることができて、妾は本当に幸運じゃ」
「いったいどんな夢見てるんだ?」
「街中ででっかい怪物が大暴れしておるのじゃ。いよいよ城に攻め込まれると思った時、お前がその怪物を一刀両断してめでたしめでたし。そんな夢の物語なのだぞ。書記官にお願いして書物にしてもおかしくないくらいじゃ!」
夢は夢だから楽しいんじゃないか。って言いたかったが我慢我慢。そんな理由で俺は後世の記録に残されたくねえわ。
「ラッシュよ。妾のこの胸の内、分かってはもらえぬじゃろうか」
分かってる、速攻で俺は「ンなモンわからねーよ」と答えたわ。