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侍女変貌

 あの後、意外なことに喪女さんはベルを連れ出して、ガイアに頼み込んでベルにももふもふさせて貰ったのだ。

(みんなでもふったなんて、後でベルに知れた時の方が面倒臭い)

 ああ、それは分からんでもないかな……。ベルにもふられて、ちょっとだけガイアが嫌そうな顔をしてたのはベルには教えてないんだろ?

(教える必要性は感じなかったからね。それに嫌っていうよりは困惑だったし、慣れていけば大丈夫になると思う。嫌なら突っぱねていいって言ってるし。ベルにも言い聞かせてる)

 その後、ようやく就寝タイムとなった訳だが、恋話の一つも咲くことはなかったのは、酷く遺憾であります。

(しょうがねえじゃん。このメンツだよ?)

 メイリアは一応相手居るし、ミリーも見つけようと思えばすぐ見つかりそうだよな? 性格が邪魔しなければだけど。

(そうだねぇ。一番素直な良い子だしね)

 残るはベティと皆無さんか。

(皆無さんって何だコラ)

 よせよ、言わせんな。

(口にデスソース)

 この世界に無いものをどうやって!?

(あ、それもそうね。代替品探さなきゃ。マル君知らないかなぁ)

 ありませんようにありませんようにありませんようにありませんようにありませんように。

(おま、えらく必死だな)

「……ん、ふろー……ら?」

「あ、おはようメイリア。起こしちゃった?」

 ここで何故メイリアが近くに居るのか説明しておこう。お泊り会といえばパジャマで女子トークみたいな事を決行し、あまつさえ同じベッドで団子になって寝る、といううらやまけしからん行為を断行してしまったのだ、この喪女は! ちなみに手狭ではあったけど、ベッドは二つ並べて使ったよ。他の部屋から運んだのは筋肉ムキムキ強化の喪女さん。

(おうこら、ムキムキにはなってねえよ)

「んーん。だい、じょう、ぶ……」

「まだ早いから寝てて良いよ」

「んー……」

 時刻はまだ夜が明ける前。なのに何故か起きてる喪女さん。歳かな?

(ええかげんしばくで?)
「よしよしぎゅってしてあげるから寝ちゃいなぁ」

「んー……! ふふ……ん……すぅー」

 え? 催眠術?

(違うけど私も結構びっくりした。あれかな? 普段人形抱いて寝てるとか?)

 似合うな。

(似合うわね)

 で、娘団子を抜けて起きる気は無いんですか? 喪女さん。

(猿団子や猫団子みたいに言うなし。んー、起きても早すぎてすることないんだよね。休日だし)

 だからハーレム達の感触を堪能してると?

(お前、あんまシモネタ走ったら洒落にならん奴付けるから覚悟しろよ?)

 サーセンッシター! ちなみにどんなの付けられるんで……?

(シモネタだけに、下半身に刺激物とかか?)

 やめて?

(お前の心意気次第)

 まぁそんな泣く子も黙る喪女さんとの会話もネタが尽きる頃、ようやく空も白んできて、

 コンコン

「はい?」

「フローラ様、お起きになられておいででしたか。朝食の支度を始めてもよろしいでしょうか?」

「……どなた?」

「ベルベッタ・サントランに御座います」

(え? サントランて誰? いや、その前にベルベッタって言った?)
「………………はぁぁああ!?」

「わっ」「ひゃっ!?」「なんですのぉっ!?」

「あ、大きな声出して起こしちゃった、御免。今、ちょっとありえない事実が衝撃的過ぎて受け止め切れなかった。あんた本当にベルなの?」

「はい、勿論でございますお嬢様」

「「「お嬢様!?」」」

「………………ね?」

「「「(コクリ)」」」

「あー……御免、あんたの変わり様についていけないんだけど、説明ある?」

「もふもふ様へのもふもふを許可頂き有難う御座いました。貴女を我が主と見定め、一生付いていく所存に御座います」

「あんたなにゆーとん?」

 喪女さん、素が顔出してるよー。

(なにこれだれこれなんぞこれ……あいや、そっか)
「要はあれ? ガイアをもふれるなら侍女位完璧にこなしてやんぜ、って事?」

「その通りで御座います、お嬢様」

「マジかお前」

「……フローラ? ベルがその……使い物になるようになって? 良かったわ、ね?」

「正直ただただ怖いんですが?」

 メイリアの祝辞? にもただ困惑だけを返す喪女さん。

(コレの相手、変わってくれても良いよ?)

 あ、ちょっと嫌かな。そもそも興味沸かない。

(あんたの興味って何?)

 喪女さんがやらかす所。

(なんで私限定?)

 一番残念だから? 喪女さん程残念な要素持ってる存在がこの世界にいそうな気がしない。

(残念なだけならミエもそうだと思うんだけど……。あ、ベルがまともになるんだったら、ダメなベルはミエだけになるのね)

 駄ベルミエ。いや、ベルミエッ駄?

(呼ばねえよ?)

 こんな感じで俺と喪女さんは駄弁ってる間に、ベルは厨房の方へ向かったようだ。暫く時間を置いた後、ベルが朝食の準備ができた事を告げに来たので、喪女さんと他の正しき乙女達はベルの変貌ぶりに若干怯えながら食堂へと移動したのだった。

(我が親友達を何故わざわざ正しき乙女達なんて言ったか?)

 誰かさんが正しくない乙女だからだが?

(くのやろ……)

 食事が終わると、早速エッシャー男爵からフローラに提案が持ちかけられてきた。

「ガイアのことなのだけど……」

「無理です。寮には連れて行け無いと思いますので」

「な、ナンダッテー!?」

 あーあ。ベルが戻った。

(あー、そういう……)
「いや、ベルさんや? 何処で飼うのよ?」

「侍女用の宿舎で!」

「男爵の侍女なんて他に居ないからいけると思ってるかも知れないけど、オランジェ様を説得できると思う? そして説得するのは、誰?」

「でき、る? フローラ、様?」

「前半は赦すけど、後半はあうと。どのみちそんな怖い真似しないから」

「嘘でしょ!?」

「いや、説得するならあんたがやれよ?」

「あいや……それは、その、ちょっと?」

「なにがちょっとか。絶対無理だって」

「いやぁああああ! もふもふ様と一緒に居たぁい! お願ぁい! ふろおら様ぁ!」

「変な声出しながらにじり寄ってくんな!?」

「あー……申し訳ない。こちらの話の続きしても良いかな?」

「何よ!」「何です?」

「………………パーリントン夫人、つまりオランジェ殿には昨日の内に話を通しておいたよ?」

「ホント!?」「マジで?」

「ガイアの事では世話になったからね。あの子は賢いし、そもそも聖獣なのだからか許可はもぎ取ることができたよ」

「すげー。もしかしてミリーのお父様ってコネや権力があるの? それとも普通にできる人だった?」

「ああ! もふもふ様っ! エッシャー男爵! 大好き!」

「おおぅ。き、気持ちは嬉しいが、私には妻が……」

「何ベタな反応してらっしゃいますの、お父様? お母様にはまんざらでも無さそうだったと報告差し上げますわね?」

「やめて!? 許してマイスイート!?」

「ちょっ! その言い方! お友達の前ではおやめ下さいとあれ程きつく……」

「「「まいすいーと……?」」」

「あっっ!? 〜〜〜〜〜っ! 今からお母様の所へ参りますわ。皆様、申し訳御座いませんが、そういう事ですので私はこれにて……」

「あっ、ちょっ、ミリーちゃん!? 待って! ママにはどうか! 後、パパを一人にしないで!?」

「あー! もう! 次から次へと! パパなんて大ッキライ!」

「………………ごふっ」

(((あーあ……)))

 ミリーの痛恨の一撃! 急所に当たった! ミリーパパの息の根を止めた!

(痛恨の一撃が急所とか物騒だな。っつか、ミリーパパ、息してるかな?)

 痙攣はしてるようだし大丈夫じゃね?

(痙攣ってオッケーだっけ? しかしどうすんのこのカオス? ベルはトリップしたままだし、ミリーは怒って出てっちゃうし)
「えーっと? どうしようか?」

「どうしようって言われても?」

「帰る?」

「なら! もふもふ様を寮の方へ送りましょう!?」

「おう、ベル。嬉しいのは分かったけどちゃんと侍女やるんだろ?」

「……おほん。申し訳ありません、お嬢様」

「先に寮に帰って、オランジェさんに詳細を聞いておいてくれる? 下手にガイアを連れて行ったら、ちょっとしたパニックになるでしょ?」

「かしこまりました。では失礼致します」

 ベルがいそいそと寮へ戻って行くのを見送ると、喪女さんが色々な感情を混ぜた溜息を吐く。

「本当に別人だありゃ。たまに戻りはするけど」


 ………
 ……
 …


「あ、あのー? 解決済みとお聞きしたのですが……」

「解決とは何を指すのだ? フローレンシア・クロード?」

 ベルと喪女さん、そしてガイアはオランジェの前で座らされ、絶賛説教中である。

「エッシャー男爵から許可はもぎ取ったとかなんとか……?」

「一方的に通知することを『許可をもぎ取った』と表現するのならばそうなのだろうな」

(あんのダメ親父っっ!)
「ででで、では? ガイア、あいえ、この白虎は……?」

「どこぞに捨ててこい」

「いやぁああああ! このもふもふ様を捨てるだなんてとんでもない!」

 ネタ入りましたー。

(あれ、素だと思うわよ?)

「騒ぐなベルベッタ・サントラン。お前のいけ……」

「断固っっ! 抗議っっ! しま゛っっ!?」

「黙れと言っている」

 ミシミシミシミシ

(うわぁ……何時もより本気だ)

 オランジェ女史のアイアンクローがベルの頭蓋骨を軋らせ……って、おお、宙に浮いたぞ?

「な゛〜う゛っっっ……」

 ガイアまで情けない声出しちゃったよ……。ドン引きっていうか……。

「ぐぎぎぎぎっ! ごんっっ、がいっっ、ばがりはっっ! びぎっっ、まぜっっ、んっっ!!」

「……良い度胸だ」

「あ、あのうパーリントン夫人?」

「何だ?」

「ガイアを飼う許可さえ下りれば、ベルがびっくりするほど侍女らしくなるんです」

「………………意味が分からんぞ?」

「えっとですね。ベルって動物が大好きなんですよ。この国、普通の動物って少ないじゃないですか? だから触れ合いが余りにも少ないから荒んでいたんですよね。もしガイアに何時でも触れ合えると分かれば、恐怖を感じるレベルで変貌します」

「………………恐怖だと? お前は何を言っている? 仮にもこいつだぞ? 信じられんな。……もしお前の言う通りにならなかった場合、どうするつもりだ?」

「私が泥を被ります」

「ほぉ? それ程に自信があるということか。良いだろう。ベル・ガイア両名のいずれか一方でも、何か問題を起こせばフローレンシア・クロードは即刻寮を退去させる。良いな?」

「了解であります!」

 そこでようやく、ベルはオランジェのアイアンクローから解き放たれた。

「ほら、ベルもお礼!」

「(サッ、サッ、スッ、スッ)……この度は温情頂き真に有難う御座いました。粉骨砕身、サードニクス寮に尽くすことをお誓い致します」

「………………(チラッ)」

「(コクリ)」

 目を見開いてヘルプアイを送るオランジェ女史に、喪女さんが頷きで返す。流石のオランジェも、この変貌ぶりには言葉が出なかったようだ。

(さもありなん)

しおり