改めてもふっしんぐ
夕食を取った後も中々機嫌の直らないミリーであったが、喪女さんの、見るものが見れば抱腹絶倒必至の『私、悲しいです』な演技にころっと騙されてしまった純真なミリーは、そこで漸く怒りを沈めるのだった。
(今回は何が良いかしら)
暴力に訴えるのは如何なもんかと思います。
(あんたが堪えそうな物や事って、余り思いつかないんだよねー)
だからって、復讐ノートを膨らませていくのもどうかと思うんです。
(物騒な名前にしないで? 心のノートだし、せめてお仕置き帳と言って? っつか、あんたが態度を改めるという選択肢はないのかしら?)
悲しいけど、これが俺なのよ。
(ただただ腹が立つ。爪の付け根にダイレクトアタック追加)
地味に痛い奴だなソレ!? まぁこんな風に俺と喋ってると、リアルでは百面相してる羽目になるわけで。
(はっ!?)
「フローラ? 何か合わない食べ物でもありまして?」
「ああ、いや、色々考えてただけなのよ。おほほ……」
(くっそ、ノーコン許すまじ!)
今の俺悪くなくね? 調子こいて地味に痛いお仕置き思いつく喪女が悪いと思います。全俺はその意見に賛同するものであります。
(全俺って聞くと一人じゃん、と言いたい所だけど、あんたの場合本当に沢山居そうで嫌な予感しかしないわ)
俺、愛されてるぅ。
(言ってろ)
「にしてもミリーの夜着は可愛いわよね」
「そ、そうですかしら」
「ベティのも可愛いね。そう考えると、私やメイリアは普通っていうか質素?」
「武家の娘に求められるのは華やかさじゃないから……」
そう言って苦笑するメイリアだが、見る奴が見れば絶対発情すると太鼓判を押そう。
(あんたたまにおっさん臭いわよねぇ)
「私のこれはお姉様が下さったから大事に着てるだけよ」
「グレイス様?」
(あー……可愛い物好きなグレイス様だと、ベティのこと着せ替え人形にしてる気がするなぁ)
「お姉様のお家にお呼ばれしたら、色々な物を着せられるわ」
もしかしなくても着せ替え人形だったな。
(それな)
「えっと? きつくないの?」
「お姉様が嬉しそうにしてるのよ? あのご尊顔に浮かぶ満面の笑みを至近距離で拝めるだなんてご褒美だわー。それに十分に満足された日の訓練は熱が入るから、ある種のバロメータみたいなものなのよ」
「……どれ程グレイス様が好きなのよ?」
「尊敬は留まる所を知らない。勿論魔法無しじゃ絶対敵わないし、魔法ありでもだんだん肉薄されるようになってきてる」
「え? そんなに?」
喪女さん、そんなに驚くことなの?
(グレイス様は敵に回った場合、決闘決闘言ってくるちょっと面倒臭いキャラな位だったし、とにかく魔法使った搦手に弱かったから、余程の事がない限り負けない相手だったの。まぁ実際はそこまでポンコツでもはなかったし、あのダメ侯爵令嬢ミエもその先入観があったから喧嘩ふっかけて、返り討ちでボロ負けした位には武芸に秀でてたわけよね。そこからさらに対魔法使い戦闘までこなすとなると、隙はないんじゃないかな?)
ほほう。流石俺のグレイス様だ。
(バカ言え。もんもんのだっての。……案外、もんもん盗られると腑抜けてポンコツ化するのかもね)
「んで、士官候補生の勉強の方はどうなの?」
「んー。一応首席」
「そっかー、首席……ぇえっ!? 一番なの!?」
「うん」
その言葉に驚いているのは喪女さんだけではない。メイリアもミリーも聞かされてなかったらしい。
「今後、特別教練に参加する権利が貰えた」
「……へぇぇ。なんか凄いね。で、ミリーは? アメリア様と一緒に授業受けてるんでしょ? 優しい?」
「ええ。アメリア様にはとても良くしてもらってますわよ。一人きりで心細かったのですけど、初日から見つけて頂いて……。魔法の事も、お互いの得意分野を教え合ったり、お互い苦手な部分を共に悩んだりと、とても充実した日々を送らせて頂いてますわ。もうじき上級コースにも、二人で参加できそうですわ」
なんか一人だけ学生が居ます、って感じなのは気のせいなんだぜ?
(いや、ちょっと……それは思った。とりあえず釘は指しておこうかしら)
「アメリア様はアーチボルド様の物になるから、ミリーはちゃんと戻ってきてね」
「……何のお話してますの? ああいえ、言わんとしてる事はなんとなく分かりますけれど」
「メイリアは光魔法の訓練どう?」
「……光魔法が、と言うより心が辛い」
「ああ、気疲れか。4大家に上級貴族ばかりだもんねぇ」
「せめてフローラがいれば気が休まるのに……」
「私だって変態と訓練するよりはメイリアと居たいわ……例え初日に私を見捨てた薄情な親友だとしても」
「悪かったと思ってるけど、アレは、アレばかりは無理だから!」
「そうねー。言ってみただけー」
「……あっ、もう! フローラの意地悪!」
喪女さんのからかいに気付いたメイリアがフローラに講義する。ぽかぽかって感じですかね? ハーレムクイーン喪女さん、ここに極まれりだな。
(今は正にそういう立ち振舞してる自覚があるから、怒り難いわね……)
そう言えばベルは何処よ?
(一応使用人用の部屋を用意してもらってるわ。男爵家の邸宅とは言え、格ってのは気にするものらしいし。ベルにはモモンガも付けておいたし、今は幸せそうに寝てるんじゃない?)
さいでっか。つか、気にしないのは喪女さん位じゃね?
(そうかなぁ?)
「あ、そうだ。ちょっとガイアの所寄ってくるわねぇ?」
「どうしてですの?」
代表してミリーが尋ねるが、他の二人も理由を聞きたげに喪女さんに視線を送る。
「気を完全に許したわけではないベルのブラッシングを、微妙な顔して受けてたからむしろストレス溜まってんじゃないかなぁ? って。なので私がブラッシングし直してあげようかな? と思いまして」
「なるほどですわ。……もしよければついていってよろしいでしょうか?」
「え? まだ不安要素が?」
「違いますわよ。ガイアが本当にリラックスしてる所って、結局の所一度も見たことがありませんのよ。ですので、最後に一度位見ておきたくて」
「最後? なんで?」
「あそこまでフローラに懐いているのにエッシャー家で面倒見続けるわけにも行きませんでしょう? そうでなかったとしても、快癒した今なら森に返してあげるのが筋ですし。元々、怪我が治るまでの予定でしたので。まさか治療の仕方が不味かったとは思っておりませんでしたわ……」
「あー。まぁ、それはしょうがないんじゃない? 固定すれば良いって思うもんだし。でもそっか。なら二人も来る?」
興味深げに聞いていた二人も、フローラの誘いに応じてついてくることになった。
………
……
…
「がう? ぐるるぅ〜」
「おおう、上機嫌さんだね? 美味しいご飯貰った感じ?」
軽く頭突きしてくるガイアをいなしながら、フローラがガイアをもふもふする。
「がうっ」
「そっかそっか。多分、ガイアにあげられる最後の晩餐だったからだね」
「がう」
何やら銀色に輝くもふもふと分かり合う喪女さんであった。
「本当に言葉が分かるかのように会話しますわね……」
「え? 分かんないよ? 多分そうじゃないかな? ってだけで……」
「そうなんですの!?」
「そうよ?」「がぅぅ?」
「……一瞬、この一人と一頭って姉妹なのでは、と思ってしまいましたわ」
「あっはっは、んな馬鹿な」「ぐるぅん」
「「「………………」」」
何を言っても響かない喪女に、あれこれ言っても仕方ないと、やがて3人は考えるのをやめた。
(何処かの宇宙で彷徨ってそうな究極生物みたいな諦観のナレーション付けないで?)
「ガイアー、ブラッシングしようか?」
「がう?」
またするの? と言わんばかりのガイアだったが、ブラッシングそのものは好きだったようで、いそいそとすぐに喪女さんの前に横たわるのだった。
「ほーら、艶々〜。お客様〜? 痒い所とか御座いせんかー?」
「ぐるるるっ、ぐるっ、ぐるっ」
「……こうして見てると、本当に大きな猫ね」
「……本当」
「……あの時は全くの嘘では無いにしても、ちょっとした冗談のつもりでしたのに。完全に本当の事になりましたわ」
「どーお? ブラッシングして良かったでしょう?」
「がうっ!」
「それにしてもあんた毛が抜けたりはしないのね。これだけ大きいから毛まみれになるのも覚悟してたんだけど……」
「フローラ? それはどういうことですの? 今、就寝前ですわよね? 毛だらけなる前提って……本当にそうなってたらどうするおつもりでしたの?」
「え? ……あはは、やだなぁ。ちゃんと着替えてから戻るつもり、だったよ?」
「当たり前ですわぁ!」
この後、ミリーから暫く説教されていたが、飽きたベティがガイアに触れるのを皮切りに、メイリアもミリーもガイアのもふもふを堪能したのだった。
(普通なら私が触れられるって分かってても、怯えて近寄りそうにないけどね)
喪女を見てたから危機意識が麻痺したんだろ。ほんと罪な喪女だよ!
(何処かの継母が、灰でも被ってそうな娘に当たってるかの様な言い方しないで?)
え? 喪女さん、あんたあの物語の主人公になれると思ってるの? なんておこがましい……。
(目にわさび追加、っと)
ちょ、こらー!? 食べ物祖末にしちゃダメ!
(え? そっち? 大丈夫。目から喰わせるから)
鬼かお前……。