転写と反射
「転生者会議も終わったことだし、そろそろ転写魔法の使い手を紹介するわね」
ジュリエッタがサロンの入り口で控えていたザルツナー辺境伯家の執事、イケ爺ことセバスチャンに視線を送ると、彼は優雅にお辞儀を返すと共に音もなくサロンを後にする。そして隣室に控えていたと思われる人物を伴って戻ってきた。
「メイリア?」
「フローラ」
転写魔法の使い手はメイリアだった。
「転写魔法が使えるんだって?」
「……うん。ジュリエッタ様に光魔法を送り込まれた時に、魔法が発動したの」
「そうなんだ。後で私にも使い方教えてね?」
「えっとどうやるのか分からないんだけど……」
「何時もは体の中から外に向けて放つ魔法を、私の体を通すイメージで使ってくれたら良いから」
「分かったわ」
(あれ? でもだとすると、メイリアが使えるはずの魔法反射ってどうなるん?)
使ってみりゃ分かるんじゃね?
(それもそうね)
「じゃ、早速お願い」
「わ、分かった」
(おー? ほうほう、記憶にあるイメージを映像化する感じか)
「紙に『転写』……おおー、こういう事なのね」
「わ、凄い。フローラ、本当に使えるんだ」
(……そっか、これコピーそのものなんだ)
コピー?
(ほら、コピーって何度も繰り返すと劣化するって言うじゃん。それなのよ)
いや、それなのよ、って言われても……。
(2度3度コピーしようと思ったけど、記憶から抜け落ちてるのよね。だからどっちかというと再現魔法に近いのよ)
記憶を絵に焼き付けて再現する魔法か。
(それ所か私の考えが正しければ、反射の理論も分かったかも)
ほほぉ?
「メイリア? 火魔法をできる限りゆっくり飛ばしてみて? ジュリエッタ様、結界をおねがいします」
「火魔法……?」
「結界ね? 分かったわ。メイリア、延焼の心配は要らないから、私に任せて魔法使いなさい」
「は、、はい。……『火の玉』」
メイリアが火の玉を魔法で生み出すと、ゆらゆらと火の玉が飛んで行く。
「『転写!』」
そこにフローラが『転写』を使うと一瞬火の玉が消える。
「えっ!?」
消えたのは一瞬で、また元の場所に火の玉は現れたが……進行方向が真逆だった。
「おいおい、反射の仕組みってそういうことなのか? 魔法を削りとって自分の物として返してるのか」
「そうみたいねぇ。冗談みたいな魔法だけど、敵に回すとただただ怖いわね」
「な、なになになに!?」
「メイリア」
「……フローラぁ」
「メイリアの魔法は物理的な物以外、例えば記憶や魔法を削りとって、自分の物として生成し直すものだったの」
「物理的で通じるのか?」
「……実際にある物、の方が通じるかしら?」
「な、なんとなく分かる」
「メイリアはこれからの授業は、魔法兵科に参加してこの魔法を磨いてもらうことになるわ。そうですよね? ジュリエッタ様」
「ええ、そうね。メイリア? お願いできるかしら?」
「ははは、はいっ!」
「じゃ、そういう事で諸々の手続きは(チラッ)」
イケ爺セバスチャンに目配せすると、音もなく寄ってきてメイリアをエスコートして行った。よく訓練された執事だ。
(いや、そうなんだろうけど……)
「じゃ、フローラはエリエアルとベルミエッタから魔法を学んで頂戴?」
「分かりました。あ、そだ。ベルは魔法何か無いの?」
「魔力が少な過ぎて発現してないわ」
「じゃ、ジュリエッタ様方式でやってみたら分かるかしら?」
「は? 何言って……って何であんた私を捕まえ、ぎゃああああああああああ!?」
「うわっ」「きゃっ」
ビッカアアアアアアアアアアア!!
………
……
…
「フローラ? 言い訳はあるかしら?」
「済みません。超済みません。あそこまでになるとは思いも寄らず」
「謝る相手が違うわ? ベルを見なさい。灰になっちゃってるわ。真っ白な方のね」
「いや、正直済まんかった」
「………………」
「私達にも何か無いのかしら? 目が潰れるかと思ったんだけど?」
「余りに強過ぎる光だったから、ネタにも乗っかりそこねたぞ」
「もしかしなくてもバ○スネタですかね、済みません。ってか、ミエはノリが良いんだね」
「流石にアレは鉄板ネタだからな。個人的にもシリーズで一番好きな作品だし」
乗っかりそこねた、だと!? そんな、ひどい……。
(無理にネタに走るなー? コンボるなー?)
「でも良い収穫でした。まさかベルの魔法が増幅とは……」
「増幅は使える者が少ない魔法だから有り難いわ。でも肝心のベルの魔力が低いのよね」
「私が介入して人の魔法を増幅させるよりは、自前で魔法使う方が強いですからねぇ」
「でもせっかく見つけたベルの強みだし、何かできることがないか探ってみるわね」
「お願いします」
そしてさっさと二人から魔法を教わり、今日は引き上げようかな、と喪女さんが思った所に待ったをかけた二人が居た。
「えっと? グレイス様にアメリア様? どうされましたか?」
「どうされた、というのは余りに他人行儀ではないか? 我々はその……アレだろ?」
「アレ?」
「んもう、ミリーさんの言う通り、フローラ様は意地悪ですわねぇ」
「いやぁ、グレイス様をいじれる機会って少ないのでつい……」
「わざとだったのかい!?」
「ええ実は……。って言うかすっごい順調そうですねぇ。サイモン様が私の事を睨む位には愛を育まれているようで」
「うっひぇあ!?」
「わぁ、そういう反応も新鮮ですなぁ」
両手で頬を包んで乙女な恥ずかしがり方をするグレイスを堪能しつつ、喪女さんがちらっとエリの方を見ると、彼女もサムズアップして応える。エリはスタンダードなカップリングを好物としているので、ゲームでは見れないグレイスの反応はいくらでもいけちゃう、胸焼けなしの天井知らずなデザートだったりする。
「グレイス様は羨ましいですわ。素直にヤキモチ焼いてくれるんですもの」
「ほほぉ……? アーチボルド様ー!」
「!?」
「何だー!?」
「(ちょちょ、フローラ様!? 何を!?)」
「アメリア様を私に下さいなー!」
「フローラ様ぁ!?」
「やらん! それだけはダメだ!」
「ふにゅえっ!? あ、あ、あーひゅうんっ……」
「おおっと」
茹だり上がって崩れ落ちるアメリアを喪女さんが華麗にキャッチ。そこに走り寄ってきたアーチボルドにバトンタッチ。エリさんはダブルサムズアップ! 大興奮だ!!
「おいおい、フローラよぉ。余りアメリアをからかってくれるなよ?」
「アーチボルド様とラヴラヴできなくて拗ねておいででしたから」
「ラヴラヴって……お前なぁ」
「アーチボルド様は見て分かるヤキモチ焼いたりするタイプじゃないので、そういう方面で攻めても無駄かなぁって。だから所有物発言させた方が、かえってアメリア様を安心させるかなぁって」
「む……それはなんと言うか、気を掛けてくれて有難うと言うべきか」
「アメリア様は恋人同士の甘ぁい遣り取りを夢見ておいでですが、アーチボルド様にはハードルが高いと思われます。なので馬の遠掛けにでも一緒にお連れして、一番お気に入りの場所に連れて行ってみてはどうでしょう?」
「ふむ。それならできるな」
エリさんが鼻血噴きそう……ってか、あ、鼻を押さえてるわ。
(ティッシュで受けながら俯くのが良いんだっけ? 忘れちゃったや)
「そこで正直な気持ちを……アメリア様をどう思われているかを告げられてみては如何でしょう? 察しろなんてのは愚の骨頂です。察せる事でも、言葉にすることは大事です。幸い、アーチボルド様は余計な言葉を修飾しちゃう変な癖は持ち合わせていないようですので、そこは安心できます」
「変な癖?」
「たまに居るんです。ただ『お前が好きだ』って言えば良いのに『俺にはお前位が丁度良い』だとか『そろそろお前にしておくか』だとか『お前でいいや』だとか。何様だてめえ? だとか、上から目線か? てめえの都合でこちらの立ち位置決めてんじゃねえぞって話なんです」
「お、おおう……何か抱えてるようだな。まぁそんなことは言ったりしねえよ。俺にはこいつしかいねえから」
「はきゅっ!?(ボンッ)」
「お、おい、アメリア!?」
「あー……とっとと医務室連れて行っちゃって下さい」
復活したばかりのアメリアに、アーチボルドの口撃がハートを射抜いて沸騰させた!
(はいはい、砂糖砂糖)
フローラに追い立てられるようにしてアーチボルドはアメリアを抱えて医務室に走る。……あのアメリアがなぁ。
(何しみじみ言っちゃってんの?)
そしてエリさんは……うわっ!? 大惨事。
(ええ!? ……わぁ、テーブルがグロい。ミエは既に距離取ってたのね。正解)
サロンに常駐してるスタッフが清掃に向かったからまぁ良いだろう。
「あ、グレイス様」
「ん? 何だい?」
「以前お渡しした猫の絵、ありますでしょう?」
「ああ、貰ったね。部屋に飾らせてもらっているよ」
飾ったんかい。
(うわぁ、どんな部屋だろう)
「で、ですね。グレイス様は猫を見たことあるんですよね? すぐ分かっておいででしたし」
「ああ、そうだね。見たことはある。むしろ何故君が猫を知ってるんだろうと思ったくらいさ」
「おお、やっぱり。アレは前世の記憶の産物だったんですよね。この国に普通の動物が殆どいないってことは後になって知りました」
「そうだったのか。なるほどね。……所で、何故そんな話を?」
「いえ、グレイス様に振る話題は何でも良かったんですよね。グレイス様は私には壁を作らず話をしてくれるじゃないですか」
「んー、まぁそうだね。確かに他の令嬢方と違って気安い感じの相手と言える」
「なもんで、グレイス様を今独占してるわけで……お耳を」
「(ん? 何だい?)」
「(そろそろサイモン様のヤキモチが限界突破します)」
「(!?)」
「グレイス」
「ほぁっ!? な、何だい? サイモン」
「……今日は一緒に帰ろうか」
「!? ああ! 良いとも!! 珍しいね、君から誘ってくれるなんて」
「(一人にするなよ……)」
「え?」
「な、何でもない!」
またか。あーあ、せっかくスタッフが綺麗にした机、新しく赤いペンキをぶちまけたみたいになってるよ。
(私も、もんもんがここまでヤキモチ焼くとは思ってなかったよ……)