リンゴ
太陽の光が眩しくて目を覚ましたのは、生まれてはじめてかもしれない。
いつもなら朝日がまだ顔を見せない薄暗い時に目が開いて、身体を動かしているのが普通なんだが。
昨日は夜遅くまでルースのやつのワケわからん話をずっと聞かされていたからだろうか。生き物は男と女がいないと生まれて来ないとか、それが父ちゃんと母ちゃんになるとか、正直俺にはどうでもいい内容ばかりだった。だってそうじゃねえか、親がいなくたって人は育つだろ、俺がそうだし。
で、当の本人のルースだが、トガリに聞いたところ、別の仕事があるからっていうんで、暗いうちにここを出て行ったそうだ。ジールも同じらしい、ゲイルは……あいつ俺と一緒なのがあまり好きじゃないのかな、なもんで一旦故郷へ帰ったとか。
つまりここに残っているのは、俺とトガリと、そしてチビだけになっちまったってワケだ。まあ、こいつだって後で孤児院へ渡そうと考えているしな……
しかしこれでようやく身軽になれる。ジールは最悪の選択肢として、チビをここで育てるかなんてほざいていたけど、俺には無理だ。それにトガリに子育ては……うん。やっぱり無理だ。
どうにかしてこのチビを預けて、またいつもの仕事へと戻りたいんだ。それだけでいい。生活を大きく変えちまうのは正直ゴメンだから。俺の身体には戦争の、いや戦いの空気が染み付いている、それがなけりゃ旅にでも出て、探しに行くだけだ。
……忘れてた、その前に武器屋に行かないと。
相変わらずチビは俺から離れるとすぐに泣き出すんで、結局、昨日と同様に俺が抱きながら出かけることになった。
街は戦争の只中の時とは打って変わり、人間たちですごく賑わっている。もしかしたら獣人なんて世界に自分一人しかいないんじゃないかと思えるくらいだ。
「あら、ラッシュの旦那どうしたのさ、子供なんか連れちゃって」行きつけの(とは言ってもいつもリンゴを貰うだけだが)果物屋のババアが、俺を見るなり早速声をかけてきた。
答えは簡単。「仕事中に拾った」ってな。
おしゃべり好きなババアによると、通りの突き当たりにある教会兼孤児院も、最近他の村から流れてきた連中であふれかえっているらしい。かなり厳しいんじゃないかって心配してくれた。
「長かった国同士の戦争ももうすぐ終わるって噂だしね、いまは結構流通も良くはなり始めているけど、この先どうなることやら……」
俺はその時のババアの話は適当に聞き流していた。親方も言ってたけど、戦争が終わるなんて言葉は今でもピンと来ない。
……俺には、まだ終わってほしくない思いのほうが強いんだな。
去り際にいつものリンゴをもらっていこうとしたら、ババアはおチビちゃんの分だよって言って、小さなリンゴを一個余分にくれた。優しいこともあるもんだな。
俺には大きいリンゴ、チビには小さいリンゴ。そばの空き地にある芝生で休憩がてら食べようとして、チビに渡したんだが……
どうも、こいつには食べ方が分からなかったみたいだ、手にするなりジロジロ見回したり、匂いを嗅いでみたり。なもんで俺が一口かじると、チビは真似して大口でかぶりついた。
「うまいか?」俺が尋ねてみると、ほっぺたにいっぱい詰め込んだまま「んっ!」って元気にうなづいてきた。 その仕草についつい俺は吹いちまった。
なんか不思議な気分だ。昨日までは正直ウザかった存在だったのに、こうやって懸命に俺の真似をしているのを見ていると、心の奥底が妙に落ち着いてくる…
それどころか、ふと『一緒にいててもいいかもな』なんて感じるようになってきたし。
いや、ダメだダメだ、そんなこと考えちゃいけねえ。俺は獣人、こいつは人間なんだ。それに俺の居場所はこんな落ち着く場所じゃない、戦いの中にしかないんだ。
そう自分に改めて言い聞かせながら、俺はまず最初の目的である、例の武器屋の前へと着いた。