笑って、ラッシュ
「あわわわ、ラッシュさん心配してたんですよ、いきなり外に飛び出しちゃうもんですから……」
戻るなりルースが早口で出迎えてくれた、悪かったな、すまんって俺らしくない言葉を言いつつ、とりあえずまた席についた。
「ラッシュ…悩みがあるのなら僕にでも相談してくれてもいいのに」
トガリが心配そうな顔で、蒸しなおしたジャガイモをテーブルに持ってきてくれた。
ルースはまだまだなにを考えているかわからないやつだが、トガリはまだ別だ、このギルドに残っていてくれている最後の仲間だし。
「悪い……ちょっと昔を思い出しちまってな、とりあえず外でたらスッキリしたわ」
大木に打ち込んでたらまた腹が減っちまった、さて食いまくるぞ……と思ったら、俺のシチュー皿の上に、ニンジンの角切りがこんもりと盛られていやがった。
……そう、犯人は一人しかいないのはわかってる。だけど心配させちまった迷惑料だ、これくらい食ってやるよ。なんて思いながら、俺は何も言わず黙々とニンジンまみれのチャウダーを口にした。
ニンジンって煮ると柔らかくて甘くて美味しくなるのにな、本当もったいねえ。
猛スピードで2杯目をおかわりしたところで、今度はいきなり目の前に小さなスプーンが突き出された。
……チビだ。テーブルから身を乗り出して、俺にあのゲロ臭い粥を差し出している。
俺の鼻先に出された、一さじの粥。こんな鼻でも一応、臭いものは臭いんだよな……
一気に食欲が失せちまった。しかし、なぜチビがこれを?
「この子がお父ちゃんに食べてもらいたいんだって」チビの隣にいるジールが説明した。
冗談じゃねえ、俺にこれを食えと⁉︎
そう言い返そうとした矢先にも、ジリジリとスプーンと俺の口との距離が狭まってくる。
やめろ、こんなもん食わされてたまるかってんだ!
俺は席を立って避けようとした……のだが、チビと偶然目があっちまった、不覚だ。
あいつ、笑顔で俺をじーっと見つめてる。
そしてとどめに「おとうたん、ねっ」ってあの粥を、俺の、口に……
何なんだあの笑顔は、まともに見ちまうと、身体の自由が効かなくなってくるような、こいつの言うことは聞かないとヤバいみたいな……
そうだ、魔力ってやつだ、なんかチビの笑顔にはそれがありそうな気がしてならねえ。それに俺はまんまとかかっちまったってことなのか……
こいつの顔を見ちまったらダメなんだ、それに目を合わせたりでもしたらもう……
俺の口にむりやりねじ込まれたミルク粥、案の定、俺の嫌いな煮詰まったミルクの匂いがして、正直食いもんかと思えないくらい……
……クッッッソ不味かった。
「ほら、ラッシュ、笑って」
それに追い打ちをかけるかのように、ジールが言ってきた。
「息子から出されたものはちゃんといい顔して食べなきゃダメだぞ」
そうか、さっき言ってた笑えってこういうことだったのか!
俺は吐き出しそうになるのを無理やり抑え、グッと飲み込んだ。
もう拷問じゃねえか、これで笑えっていうのか⁉︎
「おいしい?」たどたどしい言葉でチビが問いかけてくる、もう目が避けられない。誰かに押さえつけられてるわけでもないのに、何故か体が動かない。
「頑張ってください、ラッシュさん」
ルースが小声で応援してきた、いい度胸じゃねえか……
気が変わった、あとでニンジンのお礼含めてたっぷり殴ってやるからな。俺は心の奥底でそう決心した。
さっきジールに引っ張られたところ……つまりほっぺたを、口の端を、強引に無理やり引き上げてみる。
笑ってるのか俺、笑顔になれてるのか俺……って思いながら俺は左右を見渡してみた
ジールも、ルースも、ゲイルも、そしてトガリも、みんなニヤニヤしながら俺の方を見つめている。この悲劇を楽しんでいるのか……恨むぞお前ら。
だけどチビだけは、変わらない笑顔で、俺の顔だけをじっと見続けている。
あの時、初めてこいつの姿を見た時とは比べ物にならないほどの、曇り一つ無い笑顔で。
「お、おい、しい……な」胸の底から声を絞り出し、俺はチビに応えた。
笑顔っていうのはこれほどまでに難しくて、だけど、人から向けられると何故かそれに応えなくちゃいけない。不思議なものだっていうことを、俺はその日イヤというほど思い知らされた。
そうだ。ちょっとの辛抱だ。
決めた。明日このチビを孤児院に渡せば、またいつもの生活に戻れる、我慢だ……我慢。
でも、そんな明日が、生涯忘れられない一日になろうだなんて、今の俺には全然見当がつかなかった。