【計画の開始】
【計画の開始】
「セプティミア様···本当によろしいのですか?」
彼女の目の前には、広大な宇宙が広がっていた。
透明な壁を隔てた先にある宇宙空間では、自身の財閥が運営するヒルボリ鉄道や、数多の宇宙船ゴーモが行き交っている。星々の煌めきよりも、ヒルボリ鉄道やゴーモが放つ光の方が強かった。
人工的な光が強い宇宙空間の中でも、女性は壁の中央に位置する惑星のことを見つめていた。もう誰も住んでいない惑星なので、光ってもいない。1000年前から核による戦争を続けた惑星は、最早人が住める環境ではなくなっていた。
今や、環境調査のために宇宙連合の研究者がたまに赴く程度にしか、人が滞在することはない。
地球。
ノホァト教の信仰の対象であり、神祖とテゾーロ、ツークンフトの故郷。
女性自身も、色濃く地球人の血を受け継いでいるはずだが、決して懐かしさは感じない。自分の生まれた頃には、地球人など滅んでいたからだ。
「セプティミア様?」
宇宙連合のトップである事務総長の部屋で、ティアは振り返る。自分の名前を呼んだのは、機械人形だ。細いパーツで組み立てられた人型の機械人形は、おずおずと自分に声をかけてくる。
「本当に···お父上ご不在時に、こんなこと···よろしいのですか?」
「もちろんよ」
ティアは、あえて真顔で応える。
何度、この機械人形には確認をさせられているかわからない。
「ですが···せめて総長もいらっしゃる時でないと···セプティミア様」
ティアは、くどい機械人形の確認作業に、自分の堪忍袋の緖がぶちりと切れたのを感じた。
「だーかーらー!何度言ったらわかるのかしら!?ティアは、ルイス・バーン事務総長の娘であり、バーン家次期当主様なのよ!?」
父の執務室の机を、ばんばんと叩く。これも物理的には存在しない、粒子によって構成された事務机だが、叩けば音は鳴る。
「ティアは、テゾーロよ!テゾーロの言うことは絶対!機械人形風情が···ノホァト教の生き神に逆らおうって言うの!?」
「も、申し訳ありません!ですが···まだセプティミア様は···お若いので···っ」
「次同じこと訊いたら、地球に捨てるわよ!ティア自らが、マグマの中にどぼんしてあげるんだから!」
機械人形が、動揺のためか細かく震えて見せた。
仮想人格など、厄介である。心があり、自立した精神を持っているために、不安を覚えた命令には何度も何度も確認をしてくる。
(···黙って命令を聞けば良いのに!)
ティアはぷりぷりとしながら、顔を顰める。眉間にシワを寄せているが、それでもティアの可愛らしさは変わらなかった。
量が多い金髪は、いくら整えようとしても無駄なほど、癖がついていた。幼い頃からくせっ毛だったのだ。少し焦げた色の金髪だ。地球を見る瞳は黒色で、地球の東洋人系の血を受け継いでいるからか、黄色の肌を持つ。
エキゾチックな顔立ちだと評されることも多いが、背が小さいからか23歳になったというのに幼女のようなあどけなさがある女性だ。
地球に生息していた猫という獣を、どこか思い出すような外見である。気品とプライドの高さを備え、決して誰の言うことも聞かないようなーー頑固で我儘な気質も、顔立ちの可愛らしさで許されてしまうような、そんな雰囲気だ。
「しかし···」
「ティアにまだ何か訊くことあるの!?」
「い、いえ!」
「じゃあ行ってよ!早くして!」
噛み付くように怒鳴ると、機械人形は慌てた風に事務総長室から出ていった。
ティアは1人、事務総長室に残される。普段父がいても、なかなか入ることを許されない部屋だ。
(パパがいない···あのうるさいおっさんもいない···今がチャンスなのよ···)
ティアは憔悴と苛立ちを感じていた。
今が、最大のチャンスなのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
偉大な地球人の科学者、アンドリュー・バーンを開祖に持つバーン家の次期当主と言えど、宇宙連合の名前を簡単には使えはしない。
今が、宇宙連合の名前を借りることができる時。
ティアは自らの指にはめたラルを起動し、自分の眼前に映像を表示させる。粒子が構成していくのは、1人の女性の映像だった。
『ムットゥル賞の受賞者が決まりました!受賞者の名前は――』
ちょうどムットゥル賞の受賞者の発表をする時の映像だ。広い宇宙でも名高い科学者達が会する会場で、彼女の存在だけが浮いていた。100年以上もムットゥル賞を望み、研究してきた老年の科学者や、他の生物学の賞を受賞したこともある高名な科学者が集まる中で、メディアは美貌の少女だけをずっと映していた。
『ガリーナ・ノルシュトレーム!天才美少女科学者の誕生です!惑星ゼレプントのモンレンヌ大学に在籍するガリーナ・ノルシュトレームが、ムットゥル賞を受賞しました!』
ティアはその映像中継を観て、驚愕したのを覚えている。今でも、ついしげしげと映像を観返してしまう。
ムットゥル賞を受賞が決まっても、彼女は無表情だ。彼女は他人に媚びるような性格ではないらしい。
「···ママ···」
ティアはぽつりとつぶやいた。
“彼女”の映像は、大々的には残されていない。彼女の美貌を恐れた者達が消去してしまったからだ。しかし、ティアの父だけは大切に残していた。映像の母と、ガリーナはよく似ている。
自分は父親に似てしまったが、ガリーナには確実に母の面影が強く残されていた。
それを悔しいとは思わない。
ただ純粋に羨ましく思い、むしろ嬉しくもある。
彼も、母に似た彼女を手に入れたら、喜ぶのではないだろうか。
(ティアにはできないけど、ガリーナなら···)
ティアは唇の両端をにんまりと吊り上げる。
悪戯を思いついた高貴なネコが、悪だくみをするように。
「ママ···」
(ティアは今まで頑張ってきた。ティアができることは全部やってきた)
バーン家の次期当主として、ティアは長年努力をしてきた。
テゾーロの一員として、嫌いな勉学に励み、宇宙を治めるテゾーロの名前に相応しいように教養を身に着けてきた。
自分に全く興味がない父を横目に、重責を背負ってきた。
(ママのようになろうとした)
母は決して人から褒められるような人ではない――全宇宙的には、ということになっている。
しかしティアは、真実を知っていた。
彼女は完璧だった。父の影響かもしれないが、母のようになりたいとティアは今でも願っている。
(でも、ママの代わりがもういるなら····)
ガリーナの姿を見つめる。
毅然とした彼女の姿に、母の姿を重ねる。
どうか彼が喜びますように――そのためにティアは深呼吸をし、決意を新たにする。