【ユキ・ノルシュトレーム】
【ユキ・ノルシュトレーム】
「小隊長殿!お疲れさまです!」
惑星トナパ軍専用の大型カバディンが、古びた小さな家の前に停車した。大型のカバディンは、馬型の形をしているが、4人は中に入ることができるだろう。
獣の姿をしたツークンフトや、身体全身を機械化したツークンフトがカバディンの前に立ち、仰々しく整列する。彼等は深緑色のトナパ軍の制服を着ており、軍人であることは明らかだ。
移民の居住区でも端に位置する、ジャングルに限りなく近い家である。惑星タータで採掘されるメイヨンという石の素材でできた家は、惑星トナパではよくある家の建築様式である。他の家と何も変わらない白い石の家は古めかしく、少し外壁が汚れている。
ユキはにんまりと笑い、カバディンから軽やかに降り立った。受勲した時にもらった小隊長のバッジが、ちりんと音をたてる。
「ご苦労様です~、楽にして良いよ!」
「はっ!」
ユキ・ノルシュトレームがいつもの調子で言うと、2人の部下は笑みを見せた。
ユキは短い黒髪の女性だ。黒髪の先が自然と外側に跳ねており、どこか活発な印象を人に与える若い女性だ。母譲りの東洋人の肌を受け継いでいるからか、年齢よりも幼くも見える。もう20歳になるが、17、18歳と言われて納得してしまうような顔だちだ。決して美しい、端正な顔立ちとは異なるが、元気で可愛らしい女性である。
トナパ軍に17歳から正式に入団し、輝かしい功績を残した任務のおかげで小隊を任されるまでになっているとは、誰が想像するだろう。「久々の休暇ですもんね!ゆっくりお過ごし下さい!」
獣の軍人が、威勢良く言った。ユキは部下を前に、緩やかな笑みを見せた。
「うん!ゆっくりしてくるよ~!キミ達は、私がいないからってサボっちゃ、やーよ?」
「勿論であります!」
もう1人の、機械化した身体を持つ軍人が大声で敬礼する。彼はどこかユキに怯えたようにしていた。
彼が怯えている理由だが――ユキには身に覚えがあった。ユキは女性であり、見た目のせいで部下からナメられやすい。だから少し、部下たちの訓練には意識的にきつくするようにしているのだ。
『おめぇは、銃の腕は確かだからな。軍でもそれが発揮できると思う』
銃の師匠である自分の父は、よく言っていた。自分でも、銃の腕だけは確かだと自負している。だからこそ、意識的に部下にきつくする時は――自慢の銃の腕で、ひれ伏せるしかない。
(ちょぉっと、昨日の訓練ではきつくしすぎたかな)
「うん。ほどほどにね!」
「はい!」
ぽんっと機械化した身体の部下の肩をたたくと、びくりと身体を跳ねさせていた。余程怖がらせたらしい。内心、失笑する。
「あらぁ?ユキが一番乗りぃ?」
小さな家の扉が自動的に開き、1人の女性が顔を覗かせる。2人の部下がハッとして、また敬礼をした。
ユキは彼女を見て、にんまりと笑みを深めた。軍の寮で暮らす自分にとって、久しぶりに会う家族だからだ。
「ガリーナの方が早いと思ってたけど、どこかで道草食ってるのかしらぁ?」
女性は、20代前半くらいの年齢に見えた。自分との血のつながりを感じる、いわゆる東洋人の顔をした女性だ。腰まで長い黒髪の先っぽは外ハネしており、自分と同じ髪質である。大きな黒い瞳も、彼女から受け継いだものだろう。美人というよりも、誰もが可愛いと認めざる得ない顔立ちをした女性である。
「しょ、小隊長の、妹さんでありますか?」
「え?あたしがぁ?まさかぁ」
獣の軍人が言った言葉に、けらけらと女性は笑う。
(私の妹の映像は見せたのになぁ)
自慢の妹、ガリーナの映像は、1週間前に部下たちに見せている。ガリーナの他にもう1人妹がいるとでも思ったのだろうか。
若い女性はユキの腕を取り、軽くウィンクをしてくる。
「この小隊長さんのおかーさん、サクラですぅ。娘がお世話になっているようでぇ」
甘ったれた口調で、母のサクラは部下たちに笑いかけた。彼女の名前は地球の花の名前だが、まさに花のような笑みを彼等に振りまく。
母と言われ、部下たちはギョッとしていた。母が若作りという訳ではなく、サクラはどう見ても、20代前半にしか見えないだろう。
「あー、うちのお母さんね、機械人形なの。ずっと若い外見のフレームつかっててね~」
「あっ、あー。そういう」
母のサクラは、機械人形である。仮想人格という心のアプリケーションを搭載しており、人間と変わらない心を持っている。ユキや弟のレイフを人工子宮で産んでおり、普通の母親と何も変わらないように子育てをしてきた。
「あー!すぐそういうネタバラシするぅ!お母さん、もう少し人間のフリしたかったぁ」
「いいでしょ〜、そういうのは。人間も機械人形も何も変わらないし」
昔だと機械人形といえば、心がないロボット然としたイメージがあるが、仮想人格という心のアプリケーションが搭載されてから、機械人形にも人権があり、結婚も認められ、政治への参政権もある。
サクラから産まれたユキも、母は人間と変わらない存在であると思っている。ただ、見た目がいつまでも変わらないだけだ。
「それじゃ、もう帰って大丈夫だよ〜。迎えも良いからね〜。自分で帰るから」
「はっ!了解であります!良い休暇を!···小隊長殿のお母様も!」
部下たちはサクラにも深々とお辞儀をし、大型のカバディンを動かす。音もなく、大型のカバディンは静かに走り去る。
「ちゃんとやってるじゃなぁい!小隊長さーん」
「やめてよ〜、真面目に仕事してるんだから」
「良いわねぇ、軍人さん、科学者、軍学校に通う学生···お母さん、子育てに成功した感あるわぁ。3人とも立派に育ってくれてぇ」
1番上のユキが軍人、ガリーナはムットゥル賞に受賞、そして弟のレイフは軍学校の学生だ。
3人の子供を育てたサクラは、誇らしげだった。そして同時に、とても嬉しげだ。今日は記念日で、普段それぞれの寮で暮らす子どもたちが皆帰ってくるからだろう。
家の中に入ると、温かな料理の匂いが立ち込めている。自分の好きな煮込み料理の、独特の香辛料の匂いもしてきた。
「最近お父さんも家にいないから、約342時間ぶりに料理したわぁ」
機械人形なだけに、時間には正確である。子供たちが寮生活なので、基本的にこの家には父と母しかいないはずであるがーー。
「お父さん、また出張?」
「そ。遠い惑星で傭兵業よぉ」
「お父さんの腕があれば、傭兵じゃなくても···それこそトナパ軍でも、普通にやっていけるのになぁ」
父は昔から、傭兵稼業しかやってこなかった。軍に所属するのは性に合わないと言い、あえて色んな惑星で傭兵をやっているようだ。父の銃の腕を知っている分、勿体なくもユキは思う。
「無理よ。軍隊生活なんて、あの人できないもの」
「···いちおう〜、お父さんって群れで生きる獣の半獣なんでしょ〜?何で集団生活できないかなぁ」
「地球の狼って獣ね。群れで生きなきゃ死ぬやつなのよぉ、ああ見えて。一匹狼って言葉がかなり昔の言葉であるけど、それね」
父の半獣という特性を、レイフだけは色濃く継ぎ、外見も父と同じように獣の耳と尻尾がある。
ユキは獣の耳と尻尾を受け継がなかったことを残念に思う。大好きな弟とおそろいではなかったことは、非常に残念だ。
「良かったよねぇ、ついにガリちゃんの夢も叶ってさぁ」
ユキは席に腰掛ける。それは、物理的には存在しない家具だった。細かな粒子を組み合わせ、そこに構成しているように見える物体ホログラムだ。机も椅子も、本当はそこには存在しないもの。今時の家具は、物理的に存在しないものばかりだ。
「小さい時に大学にスカウトされて、ずっと頑張ってきたもんね〜姉として鼻が高いなぁ」
科学者になりたいという夢を、ユキは隣で聞いてきた。生物学が好きなガリーナは、ずっと同じ研究だけをしてきたのだ。
「そうねぇ···あの子、ずっと頑張ってきたものねぇ」
サクラは感慨深げに言った。
「1つのことを成し遂げる力···すごく、あの子の本当のお母さんにそっくりなのよねぇ」
ユキは意外に思った。きっとガリーナ本人の前では言わなかっただろう。ユキと2人きりだから、つい口が滑ったのだ。
ガリーナは、サクラの子ではない。
彼女は、父と母の友人の子だと聞いている。ユキにしてみれば、物心がつく前にガリーナは家に引き取られていたため、家族として違和感はない。
確かにガリーナは、ユキの父や母からは生まれないような外見だ。
ガリーナの本当の両親は他界しており、父と母は友人の忘れ形見をぜひにと志願して引き取ったのだそうだ。
ガリーナの見た目を見ていると、彼女の母はても美人だったのだろうと思う。父と母は、特にガリーナの母親と親しかったようで、どこかガリーナの母を特別視するようなことを言うのだ。
「ムットゥル賞の受賞が決まった時なんか、見せてあげたかったなぁと思ったわぁ。きっとすごく喜ぶものぉ」
「見てるんじゃない?お空の上から〜」
「···そうね。見てるわね、きっと」
ユキの返事に、サクラはくすりと笑う。故人を思う母の背中を、ユキはただ見つめた。少し寂しげである。
「お父さんも、今日ぐらい帰ってきてくれたら良いのにね〜。せっかくガリちゃんの賞の受賞祝いでもあるんだし」
「仕事だから仕方ないわよぉ。ま、あたしは子供達を独占できるから嬉しいわぁ」
サクラは、自分たち子供が大好きだ。ガリーナも、わざわざ特筆することが野暮なほどに、我が子同然に育ててきた。
「ガリーナだけじゃない。ユキもその年で小隊長として頑張ってるし、レイフも軍学校で頑張ってるもの。みぃんな頑張ってることを、ちゃんとお祝いしなきゃねぇ。せっかく集まるんだしぃ」
自慢の我が子達のことを、サクラは嬉しそうに話した。優しい母の口調に、ユキは自分が里帰りをしていることを改めて強く認識させられた。ガリーナと違って自分は惑星トナパに住んでいるが、それでもたまに母に会えると嬉しい。
「たっだいまー!」
玄関から、大きな声が響いてきた。あ、とユキは立ち上がる。
「レイフきゅんだ〜!」
ユキは弟のレイフを迎えるため、玄関にばたばたと走る。