【レイフの恋心】
【レイフの恋心】
『君はアクマの存在について、どう思う?』
レイフは青年の言った言葉を思い出す。
誰からも訊かれたことがない言葉にギョッとして、上手く答えられなかった。
そもそもアクマについて、深く考えたことがない。ガリーナは持論があるようだが、レイフには全くない。ガリーナのようにアクマは非科学的な存在だと、レイフは思っている訳でもない。
『どう思うか?なんて···難しいなぁ。オレ、アクマがいる時に生まれてもねぇし···もちろん、ひどい奴だとは聞いてるけどよ』
テゾーロに牙を剥けた、未知の異星人。
彼女のせいで被害を受けた人々のことを思えば、擁護する気にはなれない。
『君の意見は?』
何故かは知らないが、レイフ自身の意見を尋ねているようだった。
『オレは···アクマは、ひでぇことしたやつだと思うし、味方する奴の気がしれねぇと思うよ』
味方したツークンフトも存在したというが、まるで信じられない。悪逆非道の限りを尽くしたアクマの味方など、どういう神経をしていたらできるのだろうか。
青年は同意するように頷く。
(···何で、あんな質問されたんだろ)
レイフは青年と別れた後、考えた。青年は結局名前も名乗らず、大勢のツークンフトが歩く中に消えていってしまった。
「あら、大量ねぇ!」
レイフは、サクラの前にペスジェーナの肝を出した。嬉しそうにサクラが顔をほころばせるのを見ると、レイフの中の疑念はたちまち消えた。
「だろ!?15匹も狩ったんだぜ!?あ、一応5匹くらい予備として捕まえて、家の前に置いてあるかんな」
ラルによって電子で構築した檻にペスジェーナを10匹ほど捕獲しておいたのだ。
たまたまペスジェーナの巣を見つけ、生け捕りにできて良かった。ガリーナにたくさんのペスジェーナの肝を食べさせることができる。
「まずはぁ、ソテーでしょ?肝のお吸い物も作れるわねぇ。ガリーナが好きだから、助かるわねぇ」
サクラは大量の肝を手に取り、鼻歌交じりにキッチンに持っていく。その途中、ちらりとレイフ達を振り返る。
「あんた達がそうしてると、子供の時と変わんないわねぇ」
リビングに、レイフとユキが残される。
先程レイフが家に帰ってきてからというもの、ユキがどこにいるかというとーーー。
「レイフきゅーん!」
レイフの背中に、ずっとユキは貼り付いていた。柔らかな体がレイフの背中に押し付けられているのだが···レイフは失笑するだけで、何も感じない。
何故なら、いつもの姉の姿だからだ。
「ユキさぁ···変わんないよなぁ」
「レイフきゅんが大好きなのは、お姉ちゃん変わらないよ〜!」
「ああ···」
昔からユキはこれだ。銃を持っている時とえらいギャップであるし、小隊長を任されているとは全く思えない。
レイフはべったりとくっつくユキの姿を見て、やれやれと思うだけで無理に引き剥がそうとは思わない。「えへへ」と嬉しそうにしている姉を見て、やぶさかではない気持ちになる。
(軍でストレス溜まってるんだろうし···好きにさせてやろう)
若いユキが軍の小隊長を務めるなど、気苦労も多いはずだ。そのユキが家で弟に甘えたところで、バチは当たらない。レイフはずりずりと背中のユキを引きずり、電子で構築されたソファーに座る。するとユキはべったりと自分の上に絡みついてくる。
「そうそう!レイフきゅんは軍学校生活どうなの〜?」
レイフはピクリと反応する。
軍学校の生活ーー日々ユキと比べられることや、なかなか伸びない成績の話を、優秀なユキの前ですることははばかられた。ユキのことは姉として好きだが、気軽に訊かれればちくりと黒い感情が渦巻く。
(かっこわりぃ···)
その黒い感情ですら、レイフは自らの劣等感を煽る。決してユキは悪くない。
自らの、心の余裕の問題だ。
「···まぁ、ぼちぼち。教官が厳しいから、きついけど」
「あ〜!そうだよねぇ!テコサ教官とかまだいるかな?私もあの人にはしごかれてしごかれてさぁ!」
いつもの調子でユキが喋ることにすら、レイフは内心で苛ついていた。
(ユキは悪くない。何も、悪いことは言っていない)
レイフはユキの昔話を聞きながら、自らに言い聞かせた。
「ただいま」
玄関から聞こえてきた声に、レイフとユキは、同時に目を丸めた。
静謐な声音は、聞き逃しようがない。キッチンからも、サクラが顔を覗かせる。
「あ、揃ったわねぇ」
レイフとユキがすくりと立ち上がったのは、ほぼ一緒だった。
「ガリーナちゃん!おかえり!」
「ガリちゃん!おかえりー!」
レイフとガリーナは声を上げながら、玄関に立つガリーナに駆け寄った。
ガリーナは微笑を浮かべる。
「ムットゥル賞、おめでとう!」
これも、レイフとユキは声を重ねて言い放った。
「ありがとう···。でも、受賞した時も、2人とも言ってくれたね」
「直接言うのと、ラル越しに言うのは違うよ〜!」
レイフもユキの意見に完全同意だった。
「そうだよ!ガリーナちゃん、すげえことしたんだよ!直接言うよ!直接祝いたいよ!」
「そうそう〜!ガリちゃんのためにね、レイフきゅんがペスジェーナたくさん狩ったんだよ!」
「あっ、ちょ、ユキ!それオレが言いたかった!」
きゃんきゃんと2人は声を張り上げて会話をするーーそんな様を、ガリーナは無表情に見つめた。少し困った風でもある。
「おかえり、ガリーナ」
サクラが玄関に顔を出す。3人の子供達を見て、改めてサクラは優しそうに微笑む。
「ただいま、お母さん」
「あたしもレイフとユキの意見に賛同するわぁ。ムットゥル賞の受賞、おめでとう」
「···ありがとう」
ガリーナは少し照れくさそうだった。
「さぁ、もうレイフが狩ってくれたペスジェーナの料理もできたわ。良かったわねぇ、ガリーナ。レイフがペスジェーナを狩ってくれて」
「うん···追加もあるんでしょ?外に、たくさんいた。けど、あれってラルで構成した檻だよね?大丈夫?」
ガリーナは首を傾げる。大丈夫か心配されているのは、ペスジェーナが逃げやしないか、電子で構成した檻が壊れないかを気にしているのだろう。
「だいじょーぶ!オレのラルで制御してるから!」
「なら良いけど···一応、ペスジェーナを見えないようにしておいた方がいいよ。近所の人、驚くから」
「あー、それもそうだな」
ガリーナの言う通りである。レイフはラルを操作し、檻を透明な状態ではなく、暗く変化させておいた。ペスジェーナがいるかどうか、外側からはこれでわからない。
「レイフ、私のために狩ってくれて、ありがとう」
ガリーナのふんわりとした御礼の言葉を聞き、レイフはーー慌てて目線をそらした。どきりとしたのを、悟られたくなかったからだ。
「良いよ···ガリーナちゃんのためだもん!」
ガリーナは玄関からリビングに歩いていく。彼女の金髪からは、良い香りがしたように思えた。
(ガリーナちゃん···)
どきどきと弾む心を、抑えようとも思わない。長年感じ続けた気持ちを、今更否定することはできない。
レイフがずっとガリーナに感じているのは、家族としては許されない気持ちだった。
家族として育ちながら、レイフにとってガリーナは間違いなく魅力的な異性である。生物学が好きで、ひたむきに勉強だけをしてきた彼女の姿勢に、レイフは心奪われていた。
その気持ちを、サクラも、ユキも、父親ですら知っている。知らないのは本人だけだ。
ガリーナへの気持ちを意識した時、何度想いを告げようとしたかわからない。しかし、そのたびに父とのきつい約束を思い出す。
『おめぇは、その時がくるまでは絶対にガリーナに自分の気持ちを言うなよ』
父は険しい顔をしていた。ぎらりとした黄金の瞳は、まさに獰猛な獣を思い立たせる。必要があれば、首根っこに噛み付くと言われているようだった。
『残酷だが、ガリーナはおめぇのこと本当の弟だと思ってるよ。今告白しても付き合うとかいかねぇ。例え付き合えても、それはガリーナの弟への同情心で、おめぇのことを男として好きな訳じゃねぇ』
淡い恋心を抱くレイフに対し、きびしい口調だった。
『おめぇはその時まで、待て。好きを伝えたいだなんて、押しつけでしかねぇんだよ。ガリーナを苦しませることを、家族であるおめぇが絶対にするんじゃない。もしそんなことしたら、俺はおめぇを家から追い出すからな』
『なんだよ···ガリーナちゃんのこと、好きになっちゃいけないみたいじゃないか』
さすがにレイフだって言われっぱなしになっていた訳ではない。
自分の気持ちは本物だ。ガリーナを幸せにしたいと心から考えている。
『そうは言ってねぇよ。ただ、好きだの愛してるだのの押しつけは···俺は、はた迷惑な行為だと考えているだけだ』
はた迷惑な行為?とレイフは首を傾げた。好きと相手に伝えることは、美徳ではないのだろうか。まだ幼いレイフには、わからなかった。
父のぎらぎらとした黄金の瞳には、怒りすらも込められているように見えた。父の暗い怒りの感情を前にして、レイフはそれ以上の反論はできず、ただ約束をさせられるしかなかったのだ。
「レイフ?」
ガリーナは不思議そうに、玄関で立ち尽くすレイフを振り返った。レイフは曖昧な笑みを浮かべる。
(今は、全然、その時じゃない)
その時、というのがいつなのかはわからない。
今だと思うときが来ると父が言っていたがーーー本当にくるのだろうか。