8th:ヤケ酒におぼれるゆうしゃさま B
こっちの世界に移送される数日前の出来事。学園祭で会いたかった名前も知らない女性のこと。
どんな姿や声をしているのかすら知らないのに、一方的に惚れてしまった哀れな恋路をつらつら話すと、真剣に聞き入っていると思いきや、ルカは机を叩きながら笑いだした。
「会ったことも話したこともないくせに惚れちゃった?ねえそれほんとに惚れちゃった?そのくせフラれた?ピュアね?ピュアね?ピュアピュアじゃーん。あー、よだれ出そう」
「気持ち悪い表現をするな。あと、俺の過去にけちをつけるな」
「つけたくもなるわよ、そんな寒い話。一生やってれば」
「うるさいな。ルカだってその類の話はあるだろ」
認めたくはないが目の前の泥酔女、性格はさておき、笑うと確かにかわいいし、うっとりした表情や真剣な眼差しを向けた時は美人という言葉があてはまる。ひとえに素直じゃない性格がすべてを台無しにしていると言っていい。焼き殺されるから言わないけど。
「ルカさんはね、ほっといてもモテるの」
「はいはいそいつはよかった。指輪渡す相手が待ってるんだろ?早く戻ってやれよ」
「うるさいうるさいうるさい!君に何がわかるっていうの!」
譲り合いの精神を尊重した結果、身に覚えのない説教が誕生した。こういう流れが非常によろしくないときは話題を転化するに限る。
「そういやツミタとかいうおっさん、妙なこと口走ってたよな」
「は?どんなよ」
「勇者が勇者を呼ぶとか。あれってどういう意味だったんだろって」
「ああー」と人差し指を唇にあてたルカは、心当たりのある顔つきだ。思案顔になって上げていた
目線を俺へと戻すと、あらたまってグラスを両手で握る。
「宝玉が言ってたこと、サナに聞いてみたの。どうも心のよりどころを失って助けてほしいって思ったとき、一度だけ願った人をこっちの世界に呼ぶことができるらしいのよ。サナの場合は親友だった私ってわけ」
「じゃあ、戦闘まっただ中の君の前に飛ばされた俺は?」
「あんたとは顔見知りですらなかったんだから呼びようがないわよ。世界のどっかにいる自称勇者のしわざじゃない?ま、君の命の恩人が他ならぬ私だってことは事実だけど」
「よく言うよ。ぽかんと口開けて呆然としてたくせに。かばってコボルドの一撃を喰らったのは俺の方だぞ」
「うるさいわね。私だって戦い慣れてなかったのよ。あんなタイミングでいきなり人間がポンッと現れたらそりゃ呆気にとられるわよ」
「ごもっともごもっとも。顔見知りなら、俺なんか呼ぶわけないだろうしな」
多少の皮肉と慰めてほしさを込めたメッセージを送ったのに明後日の方角に顔向けてカクテル飲んでやがるぞ畜生め。
「ねえ、宝玉ぅ」
-何用だ。
「平行世界っていうのかな?違う世界でもさあ、願いって叶うの?」
-無論だ。我に不可能はない。
「ふうん。すごいんだね」
興味なさげに相槌を打つルカの言葉が愚問過ぎて、思わず俺は眉間を寄せる。
「そもそも違う世界に行った時点で願いは叶ってるだろ。何言ってんだよ」
「ああ、それもそうね」
「お互い飲み過ぎたな。ちょっと失礼」
立ち上がった俺に「どこ行くのよ」とルカが袖を引っ張ってくる。「トイレ」とだけ告げるとあっさり引き下がった彼女は「いってらっしゃい」と言うなり、机に突っ伏した。
ちゃりんと何かが床を叩いて、思わず俺は音の主に目をやる。ホックの外れたペンダントがルカの足元に落ちていて、拾ってルカの肩をゆすってみるもののまったく応じる気配はない。
仕方なくポケットに突っ込むと、重い足取りで俺はトイレへと向かった。